東京大学総合研究博物館 The University Museum, The University of Tokyo
東京大学 The University of Tokyo


私は先史考古学を専門としています。先史考古学というのは文字が使われるようになる前の時代の人類の文化や歴史を調べる研究分野です。数千年、数万年あるいはそれ以上も前の人々がどのように行動し、どんな技術を生み出し、いかなる社会を発展させてきたのか。発掘などフィールドワークで得られる遺跡証拠と、そこで得られた遺物の多面的分析、それらを組み合わせて研究をすすめています。

 私の分野を一例とさせていただきましたが、対象や目的が違えども、同じようにモノにかかわる証拠の研究をもって、世界の成り立ちを解き明かそうとする分野は多々あります。惑星科学や鉱物、岩石など地学系、動植物を代表とする生物系、美術史や建築史、文化人類などの文化史系等々。それら諸分野あるいは関連、横断分野においてモノ研究をきわめようとする研究者、大学院生らが集っているのが総合研究博物館です。近年では、モノの展示技術の研究も加わっています。細かく見れば分野はさまざまにわかたれますが、モノ研究というキーワードを共有する研究教育施設です。

 より整理して言いますと、東京大学が1877年の創設以来、研究教育のために収集し、そして現在も収集しているモノ資料を整理、保管、研究、公開し、そうした博物館活動をもって本学の研究教育や社会発信に貢献することを目指している組織と言うことになります。
 総合研究博物館では研究材料となるモノ資料のことを標本と呼んでいます。”標本”というと、理科の学習に使われる模型、あるいは商品の複製のような印象を持つ方がいらっしゃるかも知れませんが、総合研究博物館の所蔵物のほとんどは実資料です。それを標本と呼ぶのは、それらが、個々の研究対象の種類や性質を代表する資料だからです。自然史資料はもちろん、絵画や工芸品など文化史資料であっても同じです。後者は、その時々の文化や人々の行動を代表するモノ資料だからです。

 現在、総合研究博物館が保有する標本の数は350万点を超えており、毎年、万単位で増加しています。標本は、それらが自然界や人の社会の歩みを語るだけでなく、学術活動の歴史を示すものでもあります。同時に、東京大学は日本最古の大学でありますから、日本の高等教育の歴史を示しているとも言えます。したがって、近年では、時々の研究教育に用いられた機器類も標本として収集、研究、利活用するようつとめています。

 総合研究博物館の研究教育活動について知りたいと思われる方は、ぜひ、展示公開施設を訪れてみてください。第一は本郷キャンパス懐徳門脇にある本館、第二が大学院理学系研究科附属植物園の一角にある小石川分館。そして、寄付研究部門が運営する東京丸の内のインターメディアテク(JPタワー学術文化総合ミュージアム)。その他、日本各地の自治体や機関とのコラボレーション展示室や、モバイルミュージアムとよばれる国内外の移動展示場も数多く開設してきました。

 これら多面的な展示を魅力あるものにするのは本学ならではの研究力であると考えています。本郷キャンパス本館では、常設展示『UMUTオープンラボ —太陽系から人類、そして文明まで』として、総合研究博物館の研究現場の一部を公開しています。年代測定の現場をリアルタイムで見学することもできます。

 さて、現在ある総合研究博物館の姿は、1965年の総合研究資料館設置、1997年になされた総合研究博物館への改組、そして以降の歴代館長を初めとする関係各位の営為のたまものです。今般、東京大学センター群改組、再編にともない、総合研究博物館は2020年4月から学際融合研究施設の一つとして新たに歩むこととなりました。つまり、幅広い学問領域を横断する学際的な研究を恒常的に推進する組織として活動します。これは学内での位置づけの変更であって、部局の名称は従前どおりの総合研究博物館ですが、資料館時代から半世紀以上かかげてきた総合研究の方針を改めて確認し、さらに発展させていくよい機会だととらえています。

 学内で生み出される最先端の研究成果を魅力的な展示技術でもって公開し、研究教育、社会発信にいっそう貢献できますよう一同、努力を続けていきます。運営委員、資料部門主任等として積極的に当館運営に関わってきてくださっている学内関連諸部局の先生方、またボランティアのみなさまなど関係各位には、引きつづきのご理解、ご支援をお願いする次第です。


2020年4月
東京大学総合研究博物館長
西秋 良宏