東京大学総合研究博物館 The University Museum, The University of Tokyo
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Sergio Calatroni, IDEAL MUSEUM, UMUT OPENLAB Lecture 01, Aug.1, 2008


アボカドの皮 (撮影:セルジオ・カラトローニ、以下すべて)

石ころ

テープ



ラバー

MONOMUSEUMのスタディ模型とスケッチ












UMUTオープンラボ・レクチャ 第1回  2008年8月1日(金)
"IDEAL MUSEUM"
ミュージアムの役割は「イデア」の保存である

講師: セルジオ・カラトローニ氏 (建築家・プロダクトデザイナ、本館客員教授)


建築のイデア
今日は多くの建築模型に囲まれて幸せな気持ちです。
この光景は「夢」の集積といってよいでしょう。建築とは誰かの夢の結果であり、その夢は終わることのないものです。ギリシャ、ローマから現代に至るまで、ヨーロッパ、アラブから日本に至るまで、そのうような夢が存在してきたのです。ル・コルビュジェがインドで、ルイス・カーンがバングラデッシュで行ったように、建築の完成に至るまでには多大な時間と労力が費やされます。夢の実現とは多くの場合、そのような時間をかけたプロセスです。
夢を思い描くときには、何かからエモーションを得ることが大事だと思っています。したがって、私はデザインをするときは、自分のスタイルを持たないことにしています。自然との応答からデザインは生まれてきます。日本の建築を見て感心するのは、自然と人工の関係のとり方が巧みであること、そして、技術を最小限にかつ力強く使っていることです。建築の夢とは「イデア」(本質、真実)であり、それは時間超えて存在するものです。このレクチャでは、様々な自然物や人工物の実例を通してイデアを考えみたいと思います。

観察と啓示
今日、私はいくつかの標本や模型をもって来ました。建築にエモーションを与えてくれるモノたちです。まず、これはアボカドの皮、半分に切断して皮だけを乾燥させたものです。実と種を覆う外皮の形態と構造は極めて興味深いものです。こちらは石ころです。石は不変の形態に見えますが、実際には長年にわたる水流や摩擦の影響によって変化しています。(標本を聴衆に手渡す)
「建築とはボディ(身体)である」と考えています。建築には固有の形態、組織、色彩、感情がありますが、何よりも建築の内側には「生」があります。建築家はそのことを忘れてはいけません。石ころの場合、そのボディは石ころ固有の組織で構成されます。鉱物であれば結晶構造が内在します。このテープのオブジェを見てください。黒いガムテープをちぎって重ねてみたものです。素材の弾力性や伸縮性といった性質が、このオブジェの形態をつくっています。見方によっては、フランク・ゲーリーのグッゲンハイム美術館のように見えるでしょう。次に、この縞状のオブジェを見てください。白と黒の素材を螺旋形のタワーに組み立てたものです。ここでは、ギリシャ的な対称性ではなく、非対称性を追求しました。螺旋という構造には動きや変化が内在しています。「空間の動き」は、建築の変化の可能性を感じさせてくれます。たとえば次の黒いオブジェ、これは薄い金属板をラバーで被覆したものですが、これは手で握れば容易に変形します。コンピュータのシミュレーションよりも簡単かつ直感的にイマジネーションの具現化が可能になるのです。次の小さな標本、アボカドのヘタの部分にも「建築」を発見することができます。ここには空間、構造、機能、色彩、時間が見出せます。この小さな標本を見て、そこから社会性や私性のイメージを膨らませることすら可能なのです。次にこのメビウスの輪のようなオブジェを見てください。これはシェル構造の検討模型です。このように、私はデザインをするときはまず小さな模型を作って検討します。今ご紹介したような標本や模型は、私に様々なエモーションを与えくれます。
「好奇心は建築の母であり、科学の母である」といえるでしょう。自然界の存在物を興味をもって観察することが大事です。私は特に「原点」に注目しています。存在物には原点といえる場所があります。それはエネルギーが発生するポイントであり、形態が成長展開する要となる場所です。そのような場所を見つければ、モノへの理解は深まります。自然界に対する深い観察は、やがて人工物の創造へと展開します。何かを創るときに、自然界は重要なリソースとなるのです。

デザインの進行
ここで私のデザインのやり方の一部をお見せしたいと思います。MONOMUSEUMというプロジェクトの模型写真がたくさんあります。私はデザインをするときに、まず手で持てるような小さな模型を作ります。この模型を様々な角度から眺め、光にかざすことによって建築の基本構成を理解します。次にそれを写真に撮ります。写真の段階で建築のプロポーションや見え方を最終的に確認していくのです。ここまでくれば、もうゴールは近いといえます。最後にコンピュータによるレンダリングを制作します。もう一つのプロジェクトは、「鉱物的」形態の可能性を追求したものです。ブロックの組合せは自由に変えることができます。遊んでいるように見えるかもしれませんが、この過程から最終的な構成が決まるのです。今お話した方法は、私流のやり方に過ぎません。ル・コルビュジェや安藤忠雄氏は別の方法や着眼点を持っているでしょう。デザインのやり方は人それぞれなのです。
私はデザインをするときに、強い「単純性」を意識します。時間がたっても変わらない基本的な性質を見出すことを目指します。そのときに形態だけを操作しているわけではなく、空間と身体の関係を常に重視しています。先ほど述べたように、建築の内部には「生」があります。生を尊重しなければ建築のデザインはできません。
さて、ここまで私からお話をしてきましたが、ここからはコメントや質問をいただいて、皆さんの考えに応答しながら話を展開していきたいと思います。

機能と形態
Q:コンサートホールや劇場のように、そこで行われる行為や音響条件などによって決まる建築についてはどのようにお考えですか。
A:古代ギリシャの劇場を考えてみると、そこには2つの重要なポイントがあります。一つは建築の形態であり、もう一つは建築の機能性です。形態に関していえば、劇場に適した「すり鉢」状の地形を探して、そこに半円形の美しい劇場を構築しています。機能性に関しては、演劇や演奏に適した音響条件や、観客のための視認性の確保といった要素が重要になります。これは「サウンド・アーキテクチャ」と呼べるような建築です。建築はこのように、用途や立地に応じた複合的な豊かさをもっています。建築の利用者、この場合はミュージシャンや俳優について考えますが、彼らはその空間でパフォーマンスを行うときに、「空間を翻訳する」すなわち空間からインスピレーションを受けて空間の性質に対応しながら演じることになります。ギリシャ劇場では、地形を利用して山肌の岩石から建築がつくられますが、そこでは「自然との一体化」と「新しい形態の創造」という興味深い二重性が存在します。空間の翻訳とはこの二重性にまたがる行動です。

立地と素材
Q:MONOMUSEUMはどのような立地条件を考えていますか。自然環境の中か、都市の中でしょうか。また、場所によって素材や形態は変わるのでしょうか。
A:このミュージアムはモロッコにつくる予定です。やや郊外の敷地につくることを考えていますが、都市部に建設することも可能です。記念碑的な建造物のすぐ隣りには適してませんが、仮に東京のようなカオスであれば、比較的どこにでも置くことが可能でしょう。素材としては、モロッコの現地でとれる石を使うことを想定しています。もし東京につくるならば、コールテン鋼のような存在感のある素材を使うでしょう。モロッコで地場素材でつくる場合の建設費は50ユーロ/u程度、これをヨーロッパでつくれば6000ユーロ/uくらいかかります。同じアイディアを実現するにしても、それが置かれる場所によって選択される素材や構法は異なり、建設費も変わってくるのです。

模型による検討
Q:小さなスタディ模型をつくって、それを写真に撮ってデザインを考えるとおっしゃいましたが、内部空間についてはどのように決めているのでしょうか。
A:イタリアでは、建築設計とインテリアデザインは日本ほど明確に分かれていません。建築家は、外部空間も内部空間も家具もグラフィックもデザインします。それが我々のDNAといっていいでしょう。スカルパやソットサスやムナーリといったデザイナーも、建築だけでなく優れたインテリアの仕事を残しています。建築の外部/内部を通して考えるために、私たちは実に様々な模型をつくります。デザインの進行によって大きな模型や部分模型などもつくります。最初の小さなスタディ模型は、その出発点となるものです。模型をつくることの利点はいくつもあります。実物と同じ構成を確認できるため、建築のもつ問題点を把握しやすいこと。コンピュータによるスタディに比べて、介在する情報が少なく想像力の余裕をもちやすいこと。iPodで音楽を聞きながら模型をつくることは可能ですが、コンピュータ・グラフィクスの場合はたぶん情報過多になってしまうでしょう。コンピュータはツールとして非常に有用で私の事務所でも活用していますが、それによって模型をつくることの必要性が減じることはありません。建築のデザイン過程では、手で模型をつくる、敷地を見る、素材を確認する、施工現場を見るといった、リアリティに即した行動が常に求められています。

イデアの保存
そろそろ私の話をまとめたいと思います。
ミュージアムの役割はイデアを保存することにあると考えています。ミュージアムは、事物の本質や真実を情報化・標本化して残していく場所です。オープンラボ展はまさにその例になっています。パラディオの模型を見れば、対称性や古典再興の意図を読み取ることができます。モダニズム以降の建築の模型を見れば、機械の時代における多様な機能性を見ることができます。実物の建築は、場合によっては滅びてなくなってしまいますが、建築の考え方は模型や図面として残すことができます。イデアを残し、後世の人々に伝えることがミュージアムの役割であると考えています。                       

(記録・翻訳: 松本文夫)




セルジオ・カラトローニ
1975年セルジオ・カラトローニ・デザイン・スタジオをミラノに設立。建築家、インテリアデザイナー、クリエイテイヴディレクター、アーティスト、ジャーナリスト、写真家、コピーライター、グラフィックデザイナー、ウェブデザイナー、パッケージングデザイナー、家具/照明具デザイナー、大学教授、展覧会の企画監修者。 現在、ミラノを中心にベイルート(レバノン)、ダマスカス(シリア)、マラケシュ(モロッコ)、 サンパオロ(ブラジル)、北京(中国)、東京(日本)を行き来しつつ、活動を続けている。 2007年より東京大学総合研究博物館客員教授。
業績リスト   Sergio Calatroni Art Room


MONOMUSEUMの内観

MONOMUSEUMの外観

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