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    上腕骨の比較(いずれも右の上腕骨)。左:ヒト(縄文人女性、保美貝塚出土UMUT 130195)、長さ約265 mm。中央:シロテテナガザル(おそらく雌、人類先史Hy1)。右:ニホンザル(雌、千葉県高宕山T-1群、M-7)

B43
テナガザルの上腕骨
ヒト、ニホンザルとの比較

類人猿とは何か。尻尾がなく、直立姿勢をとり、腕が長い。枝や幹から上肢でぶら下がり、種によってはアクロバティックに樹上空間を移動する。あるいは、下肢と長い腕を組み合わせ、枝から枝へと四肢で掴み進む。「腕わたり」適応、あるいは「懸垂型」適応などと呼ぶ。伝統的な、しかも有力な進化仮説では、人類は「腕わたり」型の類人猿から進化したとされる。ところが、筋骨格構造を精査すると、現生の類人猿は長いフック状の手など、多くの体部位で特殊化が進み過ぎているとも指摘されてきた。果たして現生型の類人猿の一群の中から人類は出現したのか。それとも「腕わたり」適応を経ず、より四足歩行的な祖先から直接進化したのか。比較解剖学の大家たちは「人類の出自の謎」と言及してきた。

20世紀の後半以来、中新世の類人猿化石の発見が進むと、頭骨や歯から類人猿と思われ、しかも尻尾が消失しているが、上肢はそう長くなく他の特徴でも「懸垂型」適応を示さない化石が次々と知られるようになった。類人猿の進化史全体からみると、現生型の類人猿はむしろ例外的なようである。「懸垂型」適応は、テナガザル、オランウータン、そしてアフリカの類人猿の各系統で独自に進化したとする仮説が優勢になりつつある。

腕の長さを相対的に評価するための簡単かつ有用な指標がある。上腕骨と前腕骨(橈骨)の長さの和、それと大腿骨と下腿骨(脛骨)の長さ和の比をとり、肢間示数(intermembral index)と呼ぶ。四足歩行の多くの哺乳動物は、下肢が上肢よりやや長く、霊長類もそうである。四足歩行のサル類は、肢間示数が概ね80から95程度、ニホンザルを含むマカックは90ぐらいである。一方、現生の類人猿では、「懸垂型」適応が際立つテナガザルとオランウータンの肢間示数は140以上になる。ゴリラは115程度、チンパンジーとボノボは100から110の間の値を示す。肢間示数は、現生の類人猿の上肢が長いことを良く表わしている。

逆に、跳躍型の霊長類では下肢が特に長く、肢間示数が70以下の種が多い。人類では、ホモ属になると下肢が伸長し、並行して前腕がやや短縮するため、肢間示数は70程度になる。しかし、直立2足歩行を行っていた初期の人類は、ラミダスもアウストラロピテクスも、肢間示数は90ぐらいと推定されている。この値は、特殊化の少ない中新世の化石類人猿と同程度であり、人類の系統が本格的な「懸垂型」適応を経なかった証しと思われる。

展示では、そうした違いを、上腕骨を並べて視覚化してみた。ニホンザル(小柄な雌)とテナガザルは、体重が同じ6キロ程度である。骨の大きさは、機能的に同等ならば、体重の3乗根に比例した設計をおおよそは保つ。その現れとして、荷重と関わる関節幅は、テナガザルとニホンザルでほぼ同じである。しかし、テナガザルの上腕骨は倍近く長い。また、テナガザルの骨頭は、より球形で上方に突き出ている。これは肩関節の可動性と対応している。

ヒトは体サイズが大きいので、テナガザルとニホンザルよりも関節が遥かに大きい。相似形をおおよそ保つならば、体重差が8倍ならば関節幅はざっくり2倍程度、そうした予想の範囲内にある。一方、テナガザルの上腕骨の長さはヒトとのそう変わらず、際立って長い。肘関節とその周辺の骨形態を詳細に見ると、ヒトとテナガサルは類似し、ニホンザルのほうが異なっている。その違いは、肘関節を屈曲した状態で荷重することに適した構造か、それとも伸展と回旋能力を重視した構造なのか、そうした設計の違いである。 (諏訪 元)