B45
ラミダスのタイプ標本
種命名の時の化石
ラミダス猿人(440万年前)の最初の化石は、T. ホワイト(米国)とブルハニ・アスファオ(エチオピア)率いる調査チームのもと、1992年12月17日に筆者が発見した上顎大臼歯であった。その3日後に、展示の乳児の下顎片が発見された。この化石は特徴的で、新属新種の命名に大きく貢献した。
この下顎片には、驚くほど華奢な(頬舌径が小さい)乳臼歯が備わっていた。第一発見者のアレマイユ・アスファオ氏は、1970年代以来 「ルーシー」(アファール猿人の部分骨格化石)や旧人段階の頭骨化石の「ボド人」の調査で、人類化石発見の第一人者として名を挙げた人物である。本調査にも補助者として参加していた。様々な人類化石、特に顎骨と歯の形を知り尽くしているアレマイユ氏。しかし、ラミダスの乳臼歯は余りに見慣れない形だったのか、人類化石ではなくサルの化石と彼は主張して止まなかった。その主張を退け、発見地点の篩調査を実施したが、追加の化石は得られなかった。
翌年の調査で(筆者は現地調査に参加しなかった)、1993年の暮れから年明けにかけて、待望の上顎犬歯ほか10数点の歯の化石、さらには側頭骨と後頭骨の破片、上腕と前腕骨の一部などが発見された。中でも、犬歯と臼歯を含む若年個体の歯のセットは重要で、この標本をタイプ標本(冠模式標本)として新種命名の論文を草稿した。1994年の6月に投稿し、9月に論文が発表された。この論文ではラミダスをAustralopithecus属に含め、最も原始的なアウストラロピテクスの種として命名した。その判断に大いに貢献したのが先述の乳臼歯と、永久歯では犬歯とそれと噛み合う小臼歯であった。
新しい種名の「ラミダス」は、アファール民族の語で「ルーツ」を意味する。属はアウストラロピテクスと異なる可能性を指摘しながらも、証拠不十分として、当座はアウストラロピテクス属のままとした。ところが、論文発表の直後の冬の調査で、後に「アルディ」と名づけられる部分骨格化石が発見される。この化石の発見により、ラミダスを新たな属として特徴づけする見通しが立った。そこで、新しい属名Ardipithecusを提案することとなった。「Ardi」はアファール語で「地上」もしくは「地面」を意味する。属名と種名を合わせると、Ardipithecus ramidus「地上のサルのルーツ」となる。学名は命名者が自由に語幹を選ぶことができ、進化的意義や解釈と関係するものではない。しかし、命名する側はそれなりの気持ちを込めるものである。アルディピテクス・ラミダス、共著者と慎重に選んだ学名で、大変に気に入っている。
ラミダスを命名した1990年代前半の時代は、人類学分野全般として、種系統の過度な細分には慎重な姿勢が保たれていた。そのため、アファレンシスが命名された1978年以来、16年ぶりの新たな人類祖先種として迎えられた。 (諏訪 元)
参考文献 References
諏訪 元・洪 恒夫(2006)『アフリカの骨、縄文の骨―遥かラミダスを望む』東京大学総合研究博物館。
White, T. D., Suwa, G. & Asfaw, B. (1994) Australopithecus ramidus, a new species of early hominid from Aramis, Ethiopia. Nature 371: 306-312.
White, T. D., Suwa, G. & Asfaw, B. (1995) Australopithecus ramidus, a new species of early hominid from Aramis, Ethiopia. Nature 375: 88.