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ラミダスの頭骨
2009年サイエンス誌発表の復原
既存最古の人類祖先としてラミダスを発表したのが1994年の秋、その直後にもT. ホワイトとブルハニ・アスファオ率いる研究チームが現地調査を続行した。当時、ほぼ毎年11月ごろから1月までフィールド調査が実施されていた。ラミダス関連の調査には、筆者は1992年に参加した他は、全身骨の「アルディ」の発掘が一段落した後、1999年に短期訪問しただけである。
ホワイトらの1994/95年調査で、全身に渡る化石が堆積層中に埋もれていることが判明した。そこで、数年かけて、彼らはこの部分骨格化石を発掘した。この化石は、触ると直ぐにでも崩れるほど保存状態が悪かったため、部分的に埋まったままの状態で補強し、エチオピア国立博物館に持ち帰った。化石の抽出は博物館で継続し、ホワイト氏が自らこれを担当した。そして数年後には、大小100数十点の化石骨を一つ一つ手に取って観察できるようになった。重要な部位では特にわずかな骨の消失も、その後の理解に影響したかもしれない。頭骨復原においても、複数の箇所でミリ単位の小さな接合がカギとなった。
この全身骨「アルディ」の標本番号はARA-VP-6/500である。この頭骨はなかなか発見されず、調査チームがやきもきしたと言う。ようやくにして頭骨の部位が出土すると、欠損、破損、さらには歪みがひどい。各破片から、部位ごとの特徴をそれなりに読み取ることはできるものの、限られた比較解析しかできそうになかった。
そうした中、2003年の暮れに、ラミダス化石を一時借用し、マイクロCT撮影を行った。このCTデータを基に、主として2006年から2009年にかけて、デジタル復原を段階的に進めた。先ずは、2007年中に、歪みを校正しながら顔面骨と脳頭骨を組立て、次に双方の連結の試行錯誤を重ねていった。デジタル復原といっても、各破片、各部位の位置調整は、解剖学的判断の試行錯誤による。そのため、アウストラロピテクスや現生類人猿の頭骨との比較を様々に行い、判断の参考とした。データ上分離した部位ごとに、ピクセル単位、度単位で移動回転し、合わせ込んでいった。復原に要した実働時間を見積もるのは難しいが、延べ1000時間以上と推計したことがある。復原は2009年まで続いた。そして、急ぎ比較解析を最終化し、他の9編と共に5月に論文投稿することができた。
ラミダスの頭骨の研究と復元を通じ、アウストラロピテクスの各種、そして現生の類人猿の頭骨形態を改めて詳細に比較観察することとなった。その過程で、新しい知見を多く学んだ。例えば、チンパンジーでもゴリラでも、眼窩上隆起の形状や顔面部の突出度などの形態には大きな個体差がある。より重要なのは、種ごとの頭骨の基本設計である。チンパンジーの頭骨は、それまでは指摘されていなかった独自性を持つことに気付かされた。また、ラミダスの頭骨は、人類の系統固有の基本設計をアウストラロピテクスと共有するものの、咀嚼機能の発達と関わる諸側面ではアウストラロピテクスと異なっていた。ラミダスのこうした頭骨の知見は、他の比較解析から導かれた進化的解釈と、同一方向を向くものであった。 (諏訪 元)
参考文献 References
Suwa, G. et al. (2009) The Ardipithecus ramidus skull and its implications for hominid origins. Science 326: 68e1-e7.