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    ラミダスの寛骨と骨盤の復原

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    ラミダスの寛骨(外側観)。アウストラロピテクス(中央)とチンパンジー(右)との比較。矢印は下前腸骨棘を指している

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    ラミダスの寛骨(斜め前面観)。アウストラロピテクス(中央)とチンパンジー(右)との比較。仙腸関節の位置と、寛骨臼の上縁(横線)を示している

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B47
ラミダスの骨盤
ヒトと類人猿の特徴を合わせ持つ寛骨

骨盤は左右の寛骨(もしくは腰骨)と仙椎で構成され、寛骨は腸骨、坐骨、恥骨の三つの骨が癒合してできている。初期人類の寛骨化石は、ほとんど知られていない。何故ならば、複雑な形をしている上に骨質が薄く、そもそも化石になる前に破損が進みがちだからである。動物化石でも多く見つかるのは、比較的骨密度の高い寛骨臼(股関節部)周辺である。全体像が分かるアウストラロピテクスの寛骨化石は、有名な「ルーシー」他、数点だけである。

ラミダスの部分骨格ARA-VP-6/500番化石は、幸いにして腸骨、坐骨、恥骨ともに主要部が保存されている。この寛骨は、最初期の人類の歩行適応について重要な知見を与えてくれる、極めて貴重な化石である。まずは、この化石の問題点について述べる。第一に、腸骨の上部と坐骨の下端が欠失している。ただし、坐骨と腸骨のおおよその長さとプロポーションについては、一定の推測が可能であろう。次に、腸骨の可塑的変形が激しく、比較研究を難しくしている。この変形は、デジタルデータを用いても、客観的な補正がおそらく不可能であろう。

そこで、ラミダスの寛骨の形態評価では、二つのアプローチを採ることとなった。一つは、変形が激しいままの状態で正当に評価できる特徴に頼ることである。次に、可塑的変形については比較解剖学的知識を駆使し、目視と手作業によって、三次元補正モデルを作成することとした。後者は客観性に欠けるとの問題を伴うものの、部位ごとの寸法精度を大よそ保つことはできる。そのため、全体像を近似的に復原することは可能と思われた。今回の展示では、出土した状態のラミダスの寛骨と、ラブジョイ氏による近似復原の双方のモデルを並べてみた。後者は、筆者とホワイト氏による「第3者評価」を10回繰り返した末、2008年にようやく到達した「最終バージョン」である。この左右の寛骨モデルから、それらと整合的な骨盤を可視化してみた。

さて、2009年10月にラミダス化石の全貌を論文発表すると、欧米の専門家から、幾つかの予想外の反応があった。その一つは、果たしてラミダスを人類祖先と見なして良いのか、それとも謎の類人猿と考えるべきか?そういった疑問が発せられた。頭骨と歯から、ラミダスが人類の系統に属することは間違いないと思われる。寛骨もまた、特に腸骨の主要構造がアウストラロピテクスと良く類似し、派生的な人類型の形態を持つことが明らかである。

アウストラロピテクスとの類似は、一言でいうと、股関節よりも上の骨盤の部分が上下に短く、腸骨が横方向を向く点にある。これにより、股関節を進展した直立2足歩行時にバランスがとり易くなる。一方、坐骨は類人猿や四足型霊長類と同様に長かった。長い坐骨は、股関節を屈曲したまま強く蹴り出すための構造である。ラミダスは、アウストラロピテクス以上に木登り機能を保持し、地上では直立2足歩行を行いながら、樹上空間をも常習的に利用していたのであろう。ラミダスの骨盤化石の奇跡的とも言える発見と回収により、それまで未知だった、アウストラロピテクス以前の人類の進化段階の重要な側面を垣間見ることができた。 (諏訪 元)

参考文献 References

Lovejoy, C. O., Suwa, G. et al. (2009) The pelvis and femur of Ardipithecus ramidus: the emergence of upright walking. Science 326: 71e1-e6.