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地球温暖化と人為的撹乱による昆虫への影響
近年、地球温暖化が急速に進んだことで分布が北上した昆虫や、これにガーデニングや農業、街路樹などの移植も伴って分布を広げた昆虫など、人間活動の活発化により本来生息していない地域に進入、拡大する種が増えている。このような事例は新たに進入した昆虫と同じ生態的地位にある別種の衰退、あるいは近縁種との交雑による遺伝子撹乱や繁殖干渉、食餌植物への影響、農業被害など、様々な生態系の破壊に加えて、時に人間生活の弊害にも繋がることがある。
今回の常設展では、このような地球温暖化や人為的撹乱により、ここ数十年で南方から東京に進出、あるいは東京を越えて北進する以下の代表的な昆虫を展示した:ナガサキアゲハ、ムラサキツバメ、クロマダラソテツシジミ、ヤクシマルリシジミ、ツマグロヒョウモン(以上、蝶類)、クロメンガタスズメ(蛾類)、アオドウガネ、ダンダラテントウ(以上、甲虫類)、クマゼミ、シロヘリクチブトカメムシ(以上、半翅類)。これらの種の多くは東京大学構内またはその近辺で記録されている。
このうち、シジミチョウ科のヤクシマルリシジミは、国内では西日本にのみ生息していたが、最近では地球温暖化のためか徐々に分布が北上し、東海地方の静岡県西部まで分布が拡大している。ところが、2008年夏に関東では初記録となる本種が東京大学本郷キャンパス構内で発見された。Yago et al.(2009)は進入経路を明らかにするため、分子系統解析や生態・形態学的研究、植栽の調査などを行った。その結果、近年の温暖化等により拡大してきた本種の分布が、食樹ツツジの大産地である三重県鈴鹿市近辺に到達し、このツツジの流通ルートに乗って、当時、大規模整備を行っていた東大本郷に卵や幼虫などが入り込んだ可能性が高いことが判明した。
分布拡大種の中でも、今回のような経緯で進入した昆虫の認識やその進入経路の把握、防止対策などは、生物多様性保全の観点からも極めて重要と言える。 (矢後勝也)
参考文献 References
蓑原 茂・矢後勝也・田中和夫・森地重博・平井規央 (2013) 「関東地方におけるクロマダラソテツシジミの一時発生と分布拡大について」Butterflies (Teinopalpus) (62): 40–56。
Yago, M. et al. (2009) A discovery of Acytolepis puspa (Lepidoptera, Lycaenidae) in the Kanto district, Japan: a geographic range extension, dispersal pathway inferred from ecology, morphology and molecular analyses. Transactions of the Lepidopterological Society of Japan 60(1): 9-24.