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    東京から絶滅した蝶類。左上:ギフチョウ♂、高尾山、右上:オオウラギンヒョウモン♂、井の頭、左下:ミヤマシジミ♂、日野市、同♀、日野市、右下:クロシジミ♂、多摩湖、同♀、東大和市

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    戦前の東京郊外(武蔵野台地)の風景。1936年8月、石神井周辺

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東京から絶滅した蝶

蝶類は最も身近な生物の一つで、飛んでいる姿がよく目立ち、しかも各種で特定の環境に生息する傾向があることから、環境指標として非常に優れている。また、蝶類は多くのアマチュア研究者や愛好家による分布情報の蓄積があるため、過去から現在までの分布の変遷がよく読み取れる。このため、蝶類は絶滅過程を詳しく追求できる数少ない生物群の一つにも数えられる。

東京都は本土部だけを見ると狭いが、島嶼部を含めると南北1,000km、標高差2,000mに及ぶ。気候区分では雲取山山頂付近の亜寒帯から小笠原の亜熱帯までを占める。そのために気候や森林帯の幅が広く、意外にも多様な蝶類が生息する。ところが、戦後の東京では、都市化や開発、河川改修、農業の集約化、林業の衰退、里山の荒廃など、高度経済成長を発端とする環境への悪影響がいち早く生じ、蝶類を始めとする多くの昆虫が絶滅した。これまで東京からは140種の蝶類が記録されており、偶産種を除くと127種が生息するが、このうち13種が絶滅している。これは全47都道府県の中で最多の絶滅種数となっている。

ここでは東京から消滅した代表的な蝶類4種(ギフチョウ、クロシジミ、ミヤマシジミ、オオウラギンヒョウモン)を取り上げた。その多くは1970年代までに絶滅している。里山を好むギフチョウやクロシジミでは、環境開発の他、薪炭材の激減、雑木林の荒廃化、林業の衰退が大きく関係している。河川性のミヤマシジミでは、護岸改修および堤防外側の宅地化による生息環境の変化が打撃を与えた。草原性のオオウラギンヒョウモンでは、農地利用の変化により採草地や放牧地等が失われたことに加えて、当時は規制が緩かった強い農薬の使用が影響したと考えられる。全国的に最も生息面積が激減した種でもあり、現在では本州の山口県に1ヶ所、九州に数ヶ所の産地が残るのみである。

このように絶滅産地の蝶類標本は、当時の環境を復元できる貴重な情報源となると同時に、過去に起こった環境問題を浮き彫りにする何よりの証拠にも成り得るのである。  (矢後勝也)

参考文献 References

矢後勝也・平井規央・神保宇嗣(編)(2016)『日本産チョウ類の衰亡と保護 第7集』日本鱗翅学会。

西多摩昆虫同好会(編)(2012)『新版東京都の蝶』けやき出版。