環境と生物
21世紀は環境の世紀である。人類の歴史を通じて、現在ほど環境の重要性が認識されるようになってきた時代はなかった。その理由は環境の激変により人類に好ましくない影響が危惧されるようになってきたことが背景にある。
20世紀までの急速な開発により、公害や環境問題が引き起こされ、自然環境が脅かされてきた。例えば、環境破壊により生物が絶滅したり、絶滅が危惧される種の種数が増大している。生物が絶滅すれば生態系が単純化し、自然の復元能力が損なわれ、自然のバランスが崩壊する危険性が増す。
一方、人為的にもたらされる外来種も生物環境に負の影響を及ぼしている。外来種には永続的に生息できないものも多いが、種によっては爆発的に増殖するものもあり、その影響は予測不能である。在来種が競争によって排除されたり、一方的に捕食されることが起こりうる。実際に稀少な在来種が外来種に駆逐され、絶滅の危機に追いやられている例が散見される。
人間の生産活動が引き起こす様々な問題も自然環境に深刻な影響を与えている。化石燃料の消費は二酸化炭素の濃度を上昇させ、地球温暖化を起こす。海洋では海水に溶け込む二酸化炭素が増え、海洋酸性化の問題を生じている。海洋が酸性化すればサンゴや貝類などの石灰化を行う生物が骨格を形成し維持できなくなる恐れがある。
環境は長い地質時代を通じて激変してきた。例えば、中生代の白亜紀は現在よりも激しく温暖化した気候であると推定されており、温暖化が起きても生命が全て滅ぶわけではない。しかし、現在の環境問題は、変化があまりにも急激に起きている点にある。多くの生物は環境変動に順応する能力があるが、急激な変化に適応できるかどうか分からないことが多い。
博物館に収蔵された大量の標本は、過去を記録する環境資料としての意味を持っている。個々の標本には何らかの環境情報が記録されており、詳細な分析を通じて環境を明らかにすることができる。その研究対象は植物、サンゴ、貝類、昆虫等全ての生物標本に当てはまる。さらには、考古遺物にも過去の環境が記録されており、過去の人類を取り巻く環境条件、過去の人類が環境に対応してきた技術の歴史を知ることができる。例えば、遺跡から出土する生物の遺体や痕跡は、過去の環境を推定する手がかりになる。
全ての時代における全地球上の環境を記録するには、可能な限り多くの産地から多数の標本を網羅的に集めることが重要になる。従って、収蔵標本数は多ければ多い程良い。過去から現在への環境の変化は博物館に収集された標本を分析することにより明らかとなる。そして、最近収集されたばかりの新しい標本も21世紀を記録する貴重な資料として将来の研究に貢献する。
佐々木 猛智