D4
二枚貝類の進化古生物学・機能形態学
東大では1970年代に地質学的古生物学から生物学的古生物学への転換期をむかえた。その第一世代は、アメリカへの留学経験のある花井哲郎博士である。また、その後この路線を決定づけたのは速水格博士である。
地質学的古生物学の時代、化石は地層を研究するための材料でしかなく、類型的な記載分類が行われていた。これに対して個体群(集団)の単位で形態変異の時代的な変化に注目し、より進化的、生物学的な視点から化石種を研究する古生物学が発展した。
速水格博士は学生時代は小林貞一博士の指導の下、生層序学のための化石の分類学的記載をされていた。展示標本のIsognomonはその時に記載されたものである。
一方、後に生物学的な視点からの研究に転換された。そのきっかけとなったのはヒヨクガイの研究である。ヒヨクガイには肋には高い型(野性型:Q型)と低い型(突然変異型:R型)があり、鮮新世のヒヨクガイはQ型のみであるが、更新世中期にR型が出現し、時代が若くなるにつれてR型の頻度が増加することを報告された(Hayami 1984)。
さらに、速水博士を惹きつけたのはイタヤガイ科の遊泳行動の進化である。ホタテガイなどのイタヤガイ科は捕食者に襲われた時に捕食から逃れるために、水を勢い良く噴射し遊泳する能力を持つ。一方、遊泳する能力を持たない種もあり、そのような種では足糸と呼ばれる有機質の糸を出して、岩礁に固着して生活している。遊泳種と固着種は殻の形態(殻頂角、足糸を固定する櫛歯の有無)で区別される。
化石種には、遊泳型と固着型のどちらでも無い生活様式がある。タカハシホタテはその典型例であり、成長の途中から殻を厚くして捕食を逃れる戦略を採用しており、成体は自由生活型であるが遊泳能力はない。膨らみの強い方の殻を下にして軟らかい海底上に横たわって暮らしており、このような生活様式は氷山戦略と呼ばれる。
1950年代から1980年代にかけて登録された速水博士の化石標本は、地質学的古生物学から生物学的古生物学への変化を記録する貴重なコレクションとなっている。 (佐々木猛智・伊藤泰弘)
参考文献 References
Hayami, I. (1984) Natural history and evolution of Cryptopecten (a Cenozoic–Recent pectinid genus). The University Museum, The University of Tokyo, Bulletin, no. 24, pp. i–ix + 1–149, pls. 1–13.
Hayami, I. & Hosoda, I. (1988) Fortipectenn takahashii, a reclining pectinid from the Pliocene of north Japan. Palaeontology 31(2): 419–444, pls. 39–40. (Reference No. 0649)