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ドンタオ剥製
ベトナム農民の心をとらえて
家禽ニワトリは、ウシ、ブタ、ウマ、ヤギ、ヒツジなどと比較して、ペットとして育種された集団が多彩に発展してきた。たとえば観賞用の品種が世界各地で生まれている。日本の矮鶏や小国、長尾鶏などが実例である。また声を楽しむためのニワトリも複数品種化されてきた。日本では東天紅、声良などが良い例である。また遊興目的に闘鶏が行われ、世界各地で闘鶏品種が生み出されている。いずれも第一産業の生産物という位置づけに収まらず、人と家禽の深い精神的結びつきを証明する、命ある文化の証しだと考えることができよう。
ドンタオ(Dong Tao)は、ベトナム北部ドンタオ地方に古くから伝わる地方品種である。標本が示す通り、何より太い脚部が印象的である。全体には背の高い立派な体格の鶏であるが、太い足をぶら下げるように歩く姿がユーモラスで、人々に愛されてきた。またこの鳥の肉が健康によいと信じられ、薬膳としても大切にされている。ドンタオの歴史は古く、起源は詳細には分かっていないが、ベトナムに王室が残っていた時代には、農民からの貢物としてこの鳥が珍重されたらしい。かつての戦乱のときも、ベトナム戦争当時も、農民は村を捨てて逃げるときにもドンタオ鶏を連れて逃げたというエピソードを残している。
生産性の高い品種が国外から持ち込まれるとともにドンタオの生産は減り、いまでも品種としての絶滅が危惧されている。他方で、経済の解放とともに、このニワトリの姿を北ベトナム訪問者に楽しんでもらい、また肉を味わってもらおうという村おこしの機運も高まっているようだ。
標本は日本大学の恒川直樹博士によって現地で処理された皮をもとに作られた貴重な剥製である。総合研究博物館では骨格のほか、ドンタオの骨格や筋肉の研究が進捗している。謎の多い品種の特質が解明される日は近いだろう。 (遠藤秀紀・楠見 繭)