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    高電圧を発生させる加速器本体は中央の耐圧タンク内に納められている。通常、空気は約3万ボルトで絶縁が破れて放電する。50万ボルトの電圧を安定して保持するために、絶縁ガスである六フッ化硫黄を充填したタンクに納められている。(撮影:大森貴之)

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    タンク内部の加速器はメンテナンスの際に引き出されるので、運が良ければ見ることができる(撮影:尾嵜大真)

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    AMSによって選別された放射性炭素の数を数える固体半導体検出器(撮影:山田昭順)

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加速器をめぐる物理と化学

物質を構成する究極的な最小単位は何なのか、加速器はそのような知的探求の道具として生まれた。電荷をもった粒子(イオン)を加速し、高いエネルギーを持たせて、物質と衝突させることで、原子やそれを構成する原子核、陽子や中性子、さらには素粒子などを作り出すことができる。また、より大きな粒子も作ることができ、超重元素の探索にも利用されている。その過程で様々な原理に基づいて加速器が開発され、ここに展示するコンパクト型加速器質量分析計(Accelerator Mass Spectrometer、AMS)に用いられているヴァン・デ・グラーフ型静電加速器もその一つである。電荷を、絶縁ベルトを介して運び、蓄電し、高い電位差(電圧)を作り出すこの装置は1931年に開発され、本学でも1964年に核物理学実験のために日本製の加速器(加速電圧500万ボルト)が設置された。本来はイオンを加速させ、物質に衝突させることを目的とした加速器であったが、極微量の長寿命放射性同位体を分析するための分析装置としての応用が1970年代に始まり、安定して高電圧を制御できる特性を生かして再び脚光を浴びるようになった。

加速器で粒子を加速するには、まず粒子に電荷を持たせなければならない。これをイオン化という。加熱によって正イオン化したセシウムを分析試料に当てることで試料を粒子化し、さらにセシウムから電子を供給して負イオンを発生させる。分析対象元素を負イオンとすることは、多くの場合、妨害となりうる他元素が負イオン化されづらく、この時点で除去することができる利点となる。例えば、放射性炭素(炭素14)の分析においては、大気に含まれる窒素14が妨害となるが、窒素は負イオンになりづらく、この大きな妨害を防ぐことができるのである。

負イオンとして取り出されたイオンを加速器によって加速するには、イオンが飛行するビームラインから妨害を取り除く必要がある。そのために、ビームラインは高真空に保たねばならない。ただし、加速器内のもっとも電圧の高い中央部には気体のアルゴンを循環させる装置が設置されており、正の高電圧に引き付けられて飛行してきた負イオンを正イオンに変換している。この仕組みを荷電変換という。正の電荷をもった正イオンは負イオンを引き付けた高電圧と反発して、負イオンとして入ってきた方向とは反対方向に加速されていく。このように一つの電場で二回加速できるので、縦に二頭の馬を並べた馬車になぞらえて、タンデム型加速器と呼ばれる。この荷電変換には、効率よい加速と同時に、分子を破壊する役割もある。炭素14の分析では炭素13と水素Hが結合した重さ14の分子が妨害となるが、アルゴンとの相互作用で分子イオンを破壊することができる。

加速されたイオンには分析対象となる同位体だけではなく、その他の同位体も含まれるので、それぞれの同位体を分けなければならない。それが質量分析と呼ばれる仕組みである。加速されたイオンの流れは電流と捉えられるので、フレミングの左手の法則を利用して、イオンを磁場に入射して曲げる。このとき、重さが違う同位体ごとに曲げられた後の軌道が異なるのだ。あとはそれぞれの同位体がとる軌道上に計測器を設置しておけばよい。

AMSでは分析対象がイオンの束になっているので電流として計測できると思われるかもしれない。炭素14の分析では、炭素の同位体である炭素12、炭素13も同時に計測する必要があり、それらはファラデーカップという電流計測器で計測される。しかし、炭素12に対して1兆分の1以下の数しか存在しない炭素14は電流として計測できない。そこで、放射線計測に用いられる固体半導体検出器(Solid State Detector、SSD)を用いてイオンの数をひとつひとつ数えるのだ。このとき、イオンの持つエネルギーが低いとSSDはイオンを感知できないため、加速器を用いて分析対象となる同位体に高エネルギーを与えるのである。

加速器はイオンを加速して、高エネルギーにするので、放射線発生装置と捉えられ、放射線管理区域内に設置することが求められる。ただし、このコンパクトAMSに用いられている加速器は加速電圧が50万ボルトと加速器としてはかなり小型なものであり、法律的には放射線発生装置には該当しない。そのため、展示室に設置できたのである。通常、大型である加速器は放射線管理区域内にあり、容易に見ることはできないが、コンパクトAMSで最先端の物理学の雰囲気は感じられるだろう。

AMSは加速器を用い、極めて少ない量しか存在しない同位体を分析可能にした超高感度分析装置である。従来の物理学研究では高エネルギービームは、何らかの物質に衝突させて新しい物質を発生させる「道具」として用いられてきたが、AMSでは高エネルギーのビームそのものを分析する「対象」とした新しい発想に基づく分析装置、あるいは手法といえる。 (米田 穣・尾嵜大真)