東京大学総合研究博物館 The University Museum, The University of Tokyo
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ウロボロス開館10周年記念号

ミュージアム・テクノロジー寄付研究部門

洪 恒夫 (本館客員教授/展示デザイン)

2002 年10 月、ミュージアム・テクノロジー(博物館工学)寄付研究部門が発足した。当部門は、展示の見せ方やミュージアムのあり方など、これからのミュージアムのモデルとなるような活動や例示を行なうことを目的に設立された。2005年9月に第1期を終え、メンバーの一部が替わり、現在第2 期へと移行したところである。現在、大学には産学連携による寄付研究部門(講座)が多数設立されているが、大学博物館に寄付研究部門が設立されることは画期的な出来事であったと言えよう。
当部門は、産学連携時代の「博物館デザイン工房」と銘打ち、株式会社丹青社の寄付により誕生した。民間企業と博物館がジョイントすることで、双方に蓄積されているノウハウを一つに結集させ、大学博物館としての新たな研究教育体制を探るというものである。筆者自身は展示施設の企画・デザインを専門に仕事に携わってきたが、これまで博物館に籍をおいたことはなく、当部門設立に際してはじめて大学博物館の研究業務に携わることとなった。
総合研究博物館では、既存の3系(キュラトリアル・ワーク研究系、博物資源開発研究系、博物情報メディア研究系)の時代から展示は行なわれていた。また、「実験展示」と称して、大学の研究博物館として、学術研究の成果を通常の論文形式とは違う「展示」という形式で公開することを活動のひとつとしていた。展示に対する自負を持つ大学博物館に、一人の展示デザイナーが加わることでいったい何が起こるのであろうか。これまでの展示とは何か違うと思わせるものが起こせるかどうか。それ自体が実験だったと言える。
当館は、今日までの活動の成果である多岐にわたる資料が収蔵され、分野を異にする研究者が所属する大学博物館である。筆者はこれまで8 本の展覧会の企画とデザインに関わったが、扱ったテーマも担当する教員も多様であった。初めて携わった展覧会は、小柴昌俊先生のノーベル賞受賞を記念して開かれた「ニュートリノ」展だった。ミュージアム・テクノロジー研究部門発足の同月、小柴先生がノーベル賞を受賞され、急遽開催が決定した展覧会である。着任早々、開催日まで時間のないなかで、素粒子というそもそも目に見えないものを扱い、ニュートリノ研究やスーパーカミオカンデなどの最先端の実験を伝える難しい展示に挑んだ。スタッフと協力し、手探りで製作、そして完成した展示を見た小柴先生が「自分はこんなにすごいことをしてきたかと感心するよ」と微笑まれたのを横で拝見し、「展示で学術を表現することの効果」の一端を掴んだことを覚えている。
展示には資料やコレクション、テーマと核となるものが存在する。それを一番ふさわしい「見せるかたち」に仕立てていくのがデザイナーの仕事である。本館の展示には、担当者や資料ととことん向き合い、その答えをみつけることができることにデザイナーとしてのおもしろみがある。その成果か、部門設立2 年目には「シーボルトの21世紀」展(2003年)、「石の記憶―ヒロシマ・ナガサキ」展(2004 年)が、ディスプレイデザイン優秀賞と大賞を受賞するに至った。東京大学がデザイン賞を受賞するとは、当部門の貢献が大であったと言えるであろう。「展示によって、科学が文化に翻訳されている」という授賞評価コメントをいただき、博物館で展示を行なうことの本質とも言えるこの言葉は素直に嬉しく、大きな励ましとなった。来館者の方々のアンケートのコメントにも同様のものを多数いただいている。これらは以後、次々与えられる展覧会の課題に取り組む上で、また、博物館の展示を考える上で、自分たちの軸足となっている。(その後も「Systema Naturae――標本は語る」展がディスプレイデザイン産業賞奨励賞を、「プロパガンダ1904-45――新聞紙・新聞誌・新聞史」展、「アフリカの骨、縄文の骨――遥かラミダスを望む」展がディスプレイデザイン奨励賞を受賞している。)
先ごろ、総合研究博物館10周年記念展示として「アフリカの骨、縄文の骨――遥かラミダスを望む」展が開催された。同展は、第2 期ミュージアム・テクノロジー研究部門が関わる最初の特別展示であり、人類学研究部門とのコラボレーションとして企画され、博物館の展示に必要なキュラトリアル・ワーク、博物資源調査、データベースをはじめとした情報メディアの整備、そしてミュージアム・テクノロジーという各要素が組み合わさったものとして具現化した展覧会である。当館の規模は小さい。しかしここから発せられるものが展示のあり方・作り方に小さいながらも一石を投じ、貢献できることを希望している。
当館の展示とは別に、2003年8月から3 年間にわたり、長野市立博物館から施設のリニューアル計画のための調査業務を研究受託した。既存博物館のリニューアルについての基本方針の策定を各種調査とともに推進し、ここでは「ミドルヤード(ミュージアムのバックヤードとフロントヤードの中間領域にあたる場・活動)」という新しい概念を打ち出し、次世代型のミュージアムとしての魅力づくりに向けた考察を行なっている。全国の博物館の多くが施設の魅力づくりの方策を見出すのに苦慮している中、その突破口として「ミドルヤード」という新しい概念を具体的なモデルとして提示できることは、博物館に関わる者として、また、大学の研究博物館としての重要な役割と考えている。その経過の中で持ち上がった長野市自然史分館構想では、市町村合併によるミュージアムの統合と、少子化による小学校廃校校舎をリノベーションし再活用するという課題が与えられた。これもまた、時代の流れを反映したものである。当研究は、2008年夏の開館を目途として更なる具体化が期待されているところであり、「ミドルヤード」を施設のコンセプトとするオリジナルの改装計画が進んでいく予定である。
ミュージアム・テクノロジー研究部門は、ミュージアムの持つ意味や資源、世界観などをハード、ソフトを問わず、何らかのわかりやすいかたちに置き換えて表現し、伝達するためのテクニックを追求している。現在、当部門では第1 期の成果を基盤に、更なる発展を目指している。従来的な数量によるミュージアムの客観的評価とは別の質的な評価の可能性を検討することや、既成の概念を打ち破る博物館コンテンツを提供するミニマルタイプのミュージアム形態としてモバイル・ミュージアムを構想することなどがその例である。大学博物館だからこそしかけられる実験・研究は多様であり、多岐にわたる。当部門では今後も可能な限りそれらに取り組んでいく。

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「石の記憶−ヒロシマ・ナガサキ」展 現場でのデザイン検討



「Systema Naturae−標本は語る」展 デザインスケッチ


「アフリカの骨、縄文の骨−遥かラミダスを望む」展
図録のための対談風景



「アフリカの骨、縄文の骨−遥かラミダスを望む」展
標本の配置検討