東京大学総合研究博物館 The University Museum, The University of Tokyo
東京大学 The University of Tokyo
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ウロボロス開館10周年記念号

教育プログラムの展開

湯浅 万紀子 (本館リサーチフェロー/文化資源学)

総合研究博物館では、収集され整理された学術標本を用いて、専任及び他部局教官により、大学院生への教育プログラムが数多く実施されてきた。修士研究あるいは博士研究として行なわれるこれらの研究は当館の学術活動の基礎となっている。教育プログラムは学部生を対象にも実施されており、1997年度より当館の教官が交代で担当している「全学自由ゼミナール」と「全学体験ゼミナール」は、専門教育課程に進学する前の駒場の学部生に、可能な限り多くの専門研究者の研究の実態の一端を披瀝して個人の適性に適った進路選択を行なわせること、学術標本を扱う実体験を提供して博物館活動に関する実践的知識を習得させることを目指している。テーマは学術標本に関するものから、21世紀博物館学、ミュージアム建築、展示デザイン、博物館ヴォランティアと多岐にわたる。受講者には学芸員志望者や、動物学、鉱物学、植物学、考古学、人類学、美術史学など、実際に学術資料を研究対象とする研究職への志望者が増加している。2000年度より西野嘉章教授が担当している「博物館工学ゼミ」は、主として文学部と大学院人文社会系研究科の学生を対象とした学芸員実習の代替科目として位置付けられている。当館における企画展の企画から展示評価までを担うグループや、ミュージアム建築のアイディアを形にするグループ、文化財を調査するグループなどに分かれての実践的なプログラムを展開しており、受講者には博物館他文化施設に就職する学生も多い。この他、国内他大学からの博物館実習生や米国の大学からのインターンを受け入れるなど、学内外に係わりなく学生の研修を実施してきた。
また、資料館時代の1993年度より、全国の博物館に勤務する現職学芸員を対象としたリカレント教育プログラム「学芸員専修コース」を実施しており、その後に他の機関でも始まった取り組みの先駆けとなった。自然史・文化史の枠を超えた博物学的な博物館学を、資料の収集と管理、活用、実験的な展示設計に関わる実践的な知と併せて習得できるように意図したプログラムは、リピーターとなる受講者も現れ、好評である。美術館、歴史系博物館、民俗系博物館、科学館などに勤務する受講者が集まることから、通常の業務では出会うことのない分野の学芸員同士で議論できる点もまた、貴重な機会であると評価が高い。
このように学内外の学生や学芸員を対象とする教育プログラムを実施する当館は、東京大学を広く社会に開く役割を担った機関でもある。本学における研究の成果やプロセスを市民に伝える取り組みは展覧会にとどまらない。市民や学生を対象とした「公開講座」や「公開セミナー」、「講演会」、「シンポジウム」は、展覧会との連動を図りながら、大学に相応しい水準を維持しつつ、受講者の学習意欲を高める配慮がなされている。受講者にリピーターが多く、公開講座の内容をまとめた単行本が出版されるなど、着実に成果を上げている。
教官や学生が展示室で解説する「ミュージアム・トーク」は、多彩な人材を有する大学博物館の特色を生かした取り組みであり、来館者から好評を博している。筆者が対応して来館者調査を実施してきたいくつかの展覧会では、特に小中高校生から質問や意見が積極的に寄せられ、大学での研究の営みを垣間見る貴重な機会として受け止められ、彼らの知的好奇心を刺激していることが検証できている。一方、展示解説する側にとっても、自身の研究について来館者に分かり易く伝えてコミュニケーションする意義は明らかである。特に学生が展示解説するという取り組みは、学生と来館者双方にとって教育的な意味を持つ複合教育プログラムと意味付けることができる。
当館の教官が博物館の外に出て講義する「出張講義」も実施されている。これは、様々な制約のために博物館を訪れることが困難な人々にも、他の人と同じように博物館を訪れる機会を提供しようという考えから発生したアウトリーチ活動の考えに基づくものである。本学医学部附属病院内の罹病学童に標本を紹介して解説する「ホスピタル・リーチ」はその一つである。また全国各地で実施している巡回展示の際に行なう講演もこの活動の一つと言える。但し、現在は試行錯誤の段階であり、今後は出張先と綿密な打合せを重ねてプログラムを検討し、出張講義の後も継続的な関係を結べるような体制を整備することなどが課題となろう。
当館ではまた、資料館時代の1994年度から「ヴォランティア活動」を支援している。国立大学が市民にヴォランティアを呼びかけた事例としては、本学医学部附属病院と北海道大学病院が患者の院内案内役に導入した先例があったものの、全国的に見てもかなり早いケースであったと言える。本郷の本館では公開講座のリピーター参加者を中心にヴォランティア・グループが結成され、常時約30名のメンバーに、展覧会の受付や展示解説、標本整理などを担当いただいている。2006 年度からは学生ヴォランティア募集が開始された。ヴォランティアは展覧会を企画した担当教官から講義を受け、参考文献を読み、繰り返し会場を訪れて展示解説の準備を重ねて臨み、展示内容を分かり易く伝えるインタープリターとして、また来館者を快く迎えるレセプショニストとしてもかけがえのない役割を果たしている。本郷の本館のヴォランティアが50 代以上の年齢の方々が多いのに対し、小石川分館では2004年度より学内外の学生ヴォランティアを募り、常時約20名の学生が受付や展示解説、資料整理などに従事している。小石川分館の場と学術標本の放つ力から刺激を受けた学生ヴォランティアは、今後、自主的な企画に取り組む予定である。ヴォランティア活動を支援することは、当館にとっては市民の社会参加意欲や知的好奇心に応じる取り組みとして位置付けられる。今後もヴォランティアに活動の意義を理解した上で活躍いただくように、支援を続けていく必要がある。
以上のように展示以外にも様々な教育プログラムを実施している当館では、電話のフリーダイヤル他、様々なチャンネルを通して活動について情報提供してきた。出版物やマスメディアを通じての情報提供も盛んである。筆者が実施してきた当館のいくつかの来館者調査では、他の文化施設で当館のチラシやポスターを見て来館する人や、友人や知人からの紹介、いわゆる「口コミ」で来館する人が一定して多い一方で、当館のホームページを見て来館する人が漸増していることが確認された。2006年7月にリニューアルされたホームページでは、展示を担当した教官からのメッセージや展示室の様子が掲載された他、教官のプロフィールが詳細に掲載され、研究の営みがより鮮明に見える構成になった。ホームページを見て実際に訪れてみたいと思わせる情報発信方法を、今後も検討していく必要がある。
近年、費用対効果を求める社会情勢の中で生涯学習の受け皿としての博物館の存在意義を社会に広くアピールするため、博物館の教育機能の充実が館の内外から強く求められるようになった。当館においても、これに応えて、これまでの教育プログラムを更に充実させる必要があるが、「大学博物館」としての使命を常に意識しながら、大学博物館である当館でしかできないこと、当館だからこそできることに取り組んでいくべきである。社会からの要請、来館者からの声に耳を傾けながら、東京大学が130 年近い歴史において蓄積してきた貴重で豊富な学術標本と、多彩な人材をいかに活用するかを検討することで、今後進むべき道すじは見えてくるに違いない。
これまでに在籍されたヴォランティアの方々の氏名、当館の標本・設備を利用した修士論文・博士論文、公開講座、学芸員専修コースの一覧は巻末補遺をご覧いただきたい。

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学部学生を対象にした2006年度全学体験ゼミナール
「建築デザイン実習」



大学院生による展示解説
(2006年度「アフリカの骨、縄文の骨
−遥かラミダスを望む」展)