東京大学総合研究博物館 The University Museum, The University of Tokyo
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ウロボロス開館10周年記念号

モバイルミュージアム 逆転の発想が生んだミュージアム

洪 恒夫 (本館客員教授)


 モバイルミュージアムは本館の所有する学術標本から選ばれたものをコンパクトなパッケージに仕立てて館外に持ち出し、遊動させることでミュージアム空間に変容させる実験的なプロジェクトである。
 ミュージアムといえば、標本や珍しい資料が収集保管され、列品展示するためのスペース−すなわち建物が設えられていることが常識とされており、観覧したければ、その建物に行かなければならないと考えるのが一般的であろう。その結果、来場動機を持ってもらえなければミュージアムは人を呼び込むことができず、存在意義、価値の高い資料や標本がありながらもそれらを目にする機会は限られてしまうという現実がある。つまり、ハコありきで導入設置され、モノが詰め込まれ、観覧する人を待っているのが今までのミュージアムの一般的なスタイルであるといえる。
 もし、ミュージアムが保管している学術標本が日常生活している場にやってきたら何がおこるか。つまり、普段見ることもなく特別に興味のない標本であっても、それらが期せずして突然目の前に現れる。それが今までに見たことがなく気を引くものであったら、瞬間的に何だろう?見てみたいという興味に駆られるのではないだろうか。
 モバイルミュージアムとは、このような逆転の発想によって本館西野教授が考案した次世代型のミュージアムのスタイルである。  「モバイルフォン−携帯電話」を思い浮かべていただきたい。以前は据え置き式の固定電話しかなかったが、今では殆んど場所を選ぶことなく携帯して通話という目的、機能を果たすことができるようになった。持ち出すことが不可能と思われていたものが持ち出され、その機能を果たす、ミュージアム施設というハコの中に縛られていた標本、資料が自ら外に出て、人々の観覧に供されるのであ る。そうするとミュージアムに行ってまで資料、標本を見ようとしない人に対しても、ミュージアムにふれる機会が提供されるのである。

モバイルミュージアム001「赤坂インターシティ」
 2007年1月、構想段階にあったモバイミュージアムがカタチとなった記念すべき第一号がお目見えした。東京のビジネスシーンの中心にあるオフィスビル赤坂インターシティ内のロビーに、本館が収蔵する標本が展示されたのである。これは本研究に賛同いただき、実行する上での研究費用の寄付、ならびに展示のための新規什器を提供くださった興和不動産の協力により実現したものである。外資企業が多く入居するビルのロビーに突然東大の学術標本が置かれたことであたりの空気は一変した。オフィス空間に学術の香りが漂い、ミュージアム的な雰囲気が生まれたといってよいだろう。人々の反応は想像していたもの、あるいはそれ以上であった。まずは予期せぬ学術標本との遭遇により、近づき興味深そうに眺め、施された解説を読む人々の光景があった。ビル内にオフィスを構える外資企業社員の外国人も一様に興味を示し、評判は上々であった。興和不動産名倉社長のお話では、最近はビル内に勤務する企業の社員の方が、お客さんに説明をしてあげる光景もみられるとのことである。まさにミュージアムらしいやり取りがミュージアムとは無縁の場所で繰り広げられたのである。
 モバイルミュージアム001の展開コンセプトは、ひとえにミュージアムの空間を切り取り、コンパクトなユニットによって持ち出し、他の場所にその切り取られた空間を持ち込むことであった。そのために2パターンの方法と展示ケースを構想・デザインした。ひとつは標本単体をミニマムなサイズのケースで展示し、標本単体そのものを異空間に持ち込み、その標本が支配する空気によって、ミュージアムの雰囲気を漂わせることをねらったものである。そしてもうひとつは博物館で展示に使っていたケースを中の標本ごと持ち出し、ケース展示のユニットそのままをケースに入れて展示するものである。今回は小石川分館展示に使用していた鉄製の什器ごと持ち込んだ。これは単体よりも一層ミュージアムの雰囲気を醸し出す効果があった。

これからの展望
 ミュージアムと無縁なところにミュージアム活動を展開させる「モバイルミュージアム」。特徴は、第一に場所を選ばないことである。通常では考えに及ばないようなところ、意外なところをミュージアムに変容させることができる。廃校となった学校教室、図書館のロビー、広場などである。更には、ミスマッチともいえる場に標本が持ち込まれることで新たな資源創出にもつながるだろう。例えば一流のワインを供するレストランのワインセラーの傍らに葡萄の植物標本がおかれたり宝石店の売り場の傍らに鉱物標本があるなど、テーマ性を高め、学術的な要素が加味されることで商品価値があがったり楽しみ方が増えることも考えられる。このように文化空間のみならず、商業空間における価値創出の効果も期待できよう。第二にモバイルミュージアムの存在価値がそのシステムにあることである。単発的な持ち出しにとどまらず、同じケースユニットを別の場所に複数存在させれば、標本等の資料、ミュージアムコンテンツをローテーションとして回すことにより、正に遊動するミュージアムが実現するのである。つまり、互換性を持った展示装置を受け皿にソフトたる展示物をシステマティックに落とし込んでいくことで極めて効率的なミュージアムの展示活動が実現できるのである。これが従来の巡回展示や博物館の出張展示等とはまったく異なる部分であり、こうしたシステム構築ができてこそ飛躍的な効果が期待される。
 一方で、モバイルミュージアムはある一定の形態に縛られないよさもある。その時々のニーズに応じた可能性を追求し、試行させていくことで斬新なミュージアム活動を生み出していけるものと考えている。例えば何もないところに遊牧民のパオのように建て込まれた仮設のミュージアムを出現させること、街区に大規模にテーマ展開させることでミュージアムの機能を持った街づくりも可能であろう。このようにアイディア次第で大いなる可能性を秘めたモバイルミュージアムをこれからも試行していきたい。

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大きな展示ケースには、実際に分館で使用されている展示ケースが置かれ、その中に貝、ウニ、蟹、トカゲなどの標本資料が展示された。



自立ケースには機構モデル(左)と
マゼランペンギンの骨格標本(右)を展示。
曲線を描く展示脚は、今回専用にデザインされた。



モバイルミュージアムのロゴマーク。街中で遭遇した時の目印


同じフォーマットの展示什器を用意し、
ローテーションでまわす




モバイルミュージアムの展開イメージ