東京大学総合研究博物館 The University Museum, The University of Tokyo
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ウロボロス開館10周年記念号

ある調査隊の一日

須藤 寛史 (岡山市立オリエント美術館/西アジア考古学)


 大学の講義や私が勤めている美術館での講座の話題で聴講者の関心が高いのは、遺跡の発掘調査がどのように行われているか、調査団は異国の地、それもあまり馴染みの無い中東の地でどのような日々を送っているのかということのようだ。ここでは調査隊の一日を描きながら、フィールドワークの雰囲気を紹介してみよう。
  起床は朝5時。あたりはまだ暗い。毎朝隊員が交代で、お茶、ビスケット、果物など軽い朝食の準備をする。この時間、会話はほとんどない。まだ半分寝ているのとその日の作業の段取りをそれぞれ考え、緊張を高めているからだろう。5時半、車に乗り込み遺跡へ向かう。15 分ほどで遺跡のある村へ到着。作業員が集合場所へ歩いてくる。作業員は村の男たちだ。15、6 歳の少年から60 歳くらいの初老の男性まで、大体30人くらいを雇っている(写真1)。発掘調査を行うのは8月から9月、シリアの農村では農閑期で学校も長い夏休み中なので、こうした男性が集まる。作業員が大体そろうと、「ソバーァッ・ヘール・シャバーブ!(おはよう、みなさん!)」と一声を発して点呼。このあたりから徐々に活気を帯びてくる。作業員は発掘に必要な道具を取り合い、それぞれ担当する発掘区に向かう。
  日も昇り始め、ここからは怒涛のごとく時間が過ぎていく(写真2)。隊員はあわただしく作業を指示する。遺物が出たら番号をつけ、メモをする。うしろでなにやら騒がしいので振り向くと作業員同士でケンカだ。ひどいときはその仲裁も仕事のひとつ。作業が停滞すると飽きて遊びだしたりする者が出てくる。歌を歌うものもいる。なかなかうまい。しかしこれを一喝し、再び作業を進めようと考える。すると今度は疲れただの、腕が痛いだの終業時間を早めろだのと不平不満を訴えてくる。それを聞こえないフリをしたりなだめすかしたりしながら何とか動かす。時にはなんでもない世間話などをしながらアラビア語を教えてもらう。そのうち遺構が明らかになると隊員は図面や写真などの記録を取る。そうしながら次の作業の段取りを忙しく考えている。現場ではいかによどみなく作業をし続けられるかということが頭の8割方を占めているかもしれない。出土品を見て太古の昔に思いをはせている間はあまり無い。間に2回の休憩を挟み、午後1時まで発掘作業は続く。酷暑と喧騒の中の作業は消耗が激しい。帰りの車では皆ぐったりして声も出ない。
  宿舎に戻り、午後1時半ごろから昼食をとる。食事は宿舎のオーナーの奥さんが準備してくれる。各調査区での成果や面白い出来事などを話し合い、少しほっとするひと時である。この後、4時まで昼寝の時間をとる。のんきに思われるかもしれないがこの時間は気温が高く能率は上がらない。2ヶ月の調査を乗り切るためには休息も重要な仕事なのだ。
  昼寝から覚めるとまず、その日出土した遺物を水洗いし、整理する。調査日誌を書いたり図面の整理をしたりする。週一のミーティングの日にはその発表の準備がある。また、現場に再び戻り図面や写真撮影などの作業をする者もある。夕方の村は昼間の喧騒と打って変わってとてものどかで美しい。心静かに作業をすることが出来る。村人でもある作業員がくつろいだ風情で我々の作業を眺めにくる。発掘の仕事のあと、川で釣り上げた大きな魚や散弾銃で撃ち落してきたという鳥を見せに来たりもする。日が暮れて作業を切り上げ迎えの車を待っていると、お茶やカホアを供してくれる。ゆっくりとした農村の時間の流れを感じ、人の本来の暮らしというものを考えてみたりもする(写真3)。
  我々の宿舎は町中のアパートを借りているので、夕食までに近所の商店街へ散歩がてら買い物に出ることもある。気分転換にもなるし、シリアの人々の日常生活を垣間見ることが出来る。夕食後は各自思い思いに過ごす。シャワーを浴びたり、テレビを見たり、最近はインターネットにつなぐことも出来るので日本の情報も得ている。そして身の回りのことが済むとまた仕事をする。その日の調査を検討したり翌日の作業を考えたり、出土遺物のデータや実測図を作成する。夜11 時には翌日に備え眠りにつく。
  調査期間中はほぼこのような日々の繰り返しだ。近年は出土資料の持ち出しが厳しく制限されているので、滞在中の限られた時間の中でのちの研究に必要な情報を全て記録しなければならない。2ヶ月という調査期間は長いようであっという間だ。さもなければ次に遺物を手に取れるのは1年後である。海外のフィールドワークの難しさのひとつである。一方この期間は普段の雑事を逃れ、集中して遺跡や出土資料に取り組むことが出来る。全てのことを忘れ、目の前の遺跡、遺物に没頭する。新たな発見や研究課題が生まれる。このような時間を作れるのは海外調査の利点といえよう。
  濃密な2ヶ月が過ぎ、資材の撤収を終えガランとした宿舎をみて、ようやく全身の力が抜ける。無事に乗り切ったという安堵感と、もっと出来なかったかという心残りを胸に帰国の途につく。

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写真1. テル・セクル・アル・アヘイマル村の陽気な作業員たち


写真2. トレンチA。このまま深さ7m まで掘り進めた


写真3. テル・セクル・アル・アヘイマルから北を望む