地球以外の天体に探査機を送り、遠隔
操作で探査を行う「惑星探査」によって、人類が持つ太陽系に関する知識は大幅に更新されている。惑星探査の技術は目覚ましい進歩を続けており、かつては望遠鏡を用いても点にしか見えなかった天体の上で、無人の探査車を走らせ詳細な調査を行うことが可能となった(図1)。例えば火星に気候変動あることや、温泉水が噴き出す衛星が存在することなど、10年前にいったいどれほどの人が想像しただろうか。
こうした状況は、かつての大航海時代を彷彿させる。船舶の改良と新航路の発見がヨーロッパ諸国に様々な交易品をもたらしたように、惑星探査技術の進歩によって地球外天体に関する膨大なデータが獲得できるようになった。人類はこれまでに100以上の探査機を地球以外の天体へと送り込み、さまざまな天体の素顔を明らかにしている。とはいえども、太陽系には軌道がわかっているものだけでも数十万個の天体が存在することを考えると、太陽系を調査するという作業は、まだ始まったばかりと言える。
惑星や衛星というと異世界という印象をもたれるかもしれない。確かに、地球とは似ても似つかない天体も多い。しかし地球との類似性が指摘されている天体も少なくなく、例えば水が豊富に存在したり、活発な火山活動が生じたりする天体も知られている。かつて新大陸における自然の多様性が博物学の発達を促したように、太陽系内の天体が見せる驚くほどの特殊性と類似性は、太陽系科学に博物学的とも言える新たな幕開けをもたらした。他の天体を地球と多角的に比較することで、結果的に地球を深く理解することが可能となったことは、学術的に大きな意味合いを保持している。
ところで惑星探査というと、NASA の独壇場とする見方がある。確かに月や火星の探査史において、NASA は紛れもなく中心的役割を果たしてきた。しかし近年は様子が多少変わりつつあることをご存じだろうか?ヨーロッパ宇宙機関(ESA)は、マーズエクスプレスと呼ばれる探査機を火星の周回軌道へ投入することに成功し、火星の研究に不可欠と言えるほどの高品質なデータを取得している。
ESAはさらにNASAも含めた国際的な共同体制を敷き、カッシーニ・ホイヘンス探査機を打ち上げている。この探査機は、これまで謎に包まれてきた土星系を始めて詳しく探査することに成功した。
実は日本の宇宙航空研究開発機構(JAXA)も世界に負けないユニークで科学的価値の高いミッションを実施している。たとえば小惑星探査機「はやぶさ」は、世界の宇宙探査史上最も「小さい」天体の観察に成功している。「小さい」ということを重視することが国民性かどうかはさておき、惑星科学的には小さい天体を調べることは必ずしも重要とは考えられていなかった。いやそれどころか、ただ小さいというだけで何の変哲もない小惑星に行って何が面白いのか、という陰口を聞いたことすらあった。ところが驚いた事に、この小さな天体は私たちの想像を超えた多くのユニークな特徴をもっている事が明らかになり、天体表層の進化について人類が如何に偏った知識しか持っていなかったかを、まざまざと見せつけた(図2)。
このように世界中の宇宙機関による惑星探査機と、そこで得られたデータを解析する世界中の研究者によって、「惑星科学」は現在、革命的に進歩している。その最先端の成果を、これが太陽系における新たな博物学の幕開けであるという意味も込め、私たちは特別展示『異星の踏査―「アポロ」から「はやぶさ」へ』展という形で世に示すことにした。急速に進歩している分野の特徴として、科学的重要性や整合性を確認するのは実際のところ困難であった。しかしながら幸運なことに、東京大学の特に理学系研究科地球惑星科学専攻には多くの研究者がこの分野で世界的な研究を行っているため、こうした方々に展示企画の初期の段階から多大な協力を仰ぐことができた。また日本全国及び海外の大学・研究所において第一線で研究を行っている研究者にも協力を仰ぐことで、当初考えていた以上に豊富な内容を持つ企画へと変化し、そこに展示の専門家である本館のミュージアム・テクノロジー部門のスタッフが加わったことで、宇宙の展示企画としてはこれまでになく非常に現実的な形で、しかし先端科学の成果を大迫力で示した魅力的なものとなったと考えている。
展示の目玉は、人類が直接採取に成功した地球外物質である。人類はこれまで、月とビルト第二彗星という2つの天体から標本採取に成功している。この2つの天体の本物の標本が、今回同時に展示される。この展示が行われている期間は、順調にいけばJAXAの月探査機「かぐや」が月の詳細なデータを獲得し始める時期となるため、月の実物標本を展示できる意義は大きい。月の標本はアポロ宇宙飛行士が採取した岩石である、といえばおわかり頂けることと思うが、ビルト第二彗星については多少説明が必要であろう。昨年、NASAはスターダストという探査計画を実行し、ビルト第二彗星という彗星の「尾」の標本採集に成功している。この計画は彗星の「尾」の部分
に無人探査機を突入させて、とりもちのような部品を用いて標本を採取するというものであった。この貴重な標本は、公募の上世界中の専門家達に分配されて分析が行われているが、その中には日本の研究者も含まれている。今回の企画では、その一人である九州大学大学院中村智樹准教授が分析した標本の一部を借り受けて展示している(図3)。
展示のもう一つの目玉は、圧倒的な量の画像データである。人類がこれまでに取得した探査データは、すでに一人の人間がすべてを見ることなど不可能なほどの量へと膨れ上がっている。こうしたデータを直接取り扱い、NASAやJAXAを始めとした各国の宇宙機関と共同で実際に世界的な第一線の研究を行っている研究者らの解説とともに、火星や小惑星の生々しい姿を圧倒的な解像度で公開する。惑星というと、どこか点を追ってロマンを感じるというものだとお考えの方も多いことと思う。実際は探査車が砂に車輪を取られながら、砂だらけになって火星を探査していたり、小惑星上を傷だらけになりながら探査機が足元を見るような解像度で写真を撮っている、非常に現実的な世界であることを感じて頂けるのではないかと期待している。