ユビキタスコンピューティング(Ubiquitous Computing)技術とは、コンピュータやセンサーなどを、身の回りの様々なモノや場所に埋め込み、それらを利用して実環境の状況や情報を自動認識することで、高度な情報サービスや環境制御に役立てる技術である。ユビキタス(ubiquitous)という英語は、日本語では「遍在する」「どこにでもある」という意味である。それに「計算能力」を表すコンピューティング(computing)を続けることで、いつでもどこでも、コンピュータの能力が利用できる技術ということになる。ユビキタスコンピューティングの概念は、1980年代後半から1990年代の前半にかけて、世界各地で同時に提唱されたものである。それが、近年の技術革新により、超小型で低価格のコンピュータ、センサー、通信機器などが開発されるようになり、ようやく実際の応用が可能となってきたわけである。
総合研究博物館では、これまで3回にわたりデジタルミュージアム展を開催し、それぞれ最新のコンピュータ技術を導入して展示を行ってきた。コンピュータを積極的に利用するデジタルミュージアム構想では、博物館が持つ「実物」と、コンピュータによって提供される「情報」を結びつけることで、博物館の機能を強化することを目指している。ユビキタスコンピューティング技術は、まさにこの「『実物』と『情報』を結びつける」という目的に適した技術なのである。
今回はユビキタスコンピューティング技術の中でも特に、ユビキタスIDアーキテクチャ(図1)を利用した技術を中心に展示を行う予定である。ユビキタスコンピューティング技術では、モノや場所や状態など、実環境の様々な情報を自動認識することが非常に重要になるが、ユビキタスIDアーキテクチャでは、識別する必要のあるモノや場所に、唯一無二の識別番号であるucodeを埋め込む。また、ucodeが埋め込まれたモノや場所に関しての情報は、ucode情報サーバと呼ばれるサーバにデータベースとして登録されている。このデータベースは、ucodeと別のucode、あるいはucodeと情報の結びつきを、「主語−述語−目的語」という三つ組みの関係であらわし、ネットワーク状に結びけた、ucode関係グラフと呼ばれる形式で記録されている。そして、ユビキタスコミュニケータ(図2)と呼ばれる携帯端末でモノや場所に埋め込まれたucode を読み込み、ネットワークを利用してucode 情報サーバのデータベースに問い合わせることで、モノや場所に関しての情報を取得して表示するのである。
このような、「ucodeを埋め込み」「情報をucode関係グラフで記述し」「ネットワークを利用して情報を取得する」という枠組みは、非常に汎用的なものである。また、ユビキタスIDアーキテクチャは誰でもが自由に利用できるオープンな仕様となっている。ucodeを埋め込むための手段も、特定の方式に限定せず、非接触読み取りのRFIDタグ、ucodeを自動で発信する赤外線発信機や電波マーカー、印刷された二次元バーコードなど、対象となるモノや場所に応じて適当な物を利用することができる。読み取り装置のほうも、公開された仕様に従ったものであれば、どのような装置でも利用可能である。そのため、ユビキタスIDアーキテクチャは、博物館展示だけではなく、都市での道案内や店舗案内、物流管理、食品や医薬品のトレーサビリティなど、非常に多様な応用に用いることが可能であり、実証実験も多数行われている。
今回の展示では、展示スペースや機器の電源確保などの関係で、多くの技術を展示することは難しいが、ユビキタスIDアーキテクチャで利用される電子タグやユビキタスコミュニケータを展示物の中心とし、その解説を、ユビキタスコミュニケータを実際に操作して閲覧できるような、体験型の展示にする予定である。