東京大学130周年記念事業の一環として、東京大学総合研究博物館と財団法人山階鳥類研究所の共同開催で特別展示「鳥のビオソフィア―山階コレクションへの誘い」が開催されている。この展示はその名前が示すように鳥についてのビオソフィア(生き物文化誌)、すなわち鳥と人との有機的な関わりをもとに、サイエンスの側面そしてアートの側面から鳥を浮き彫りにすることを目的としている。したがって、いわゆる愛鳥家に好まれる展示とは若干趣を異にしているかもしれない。しかし、ふたつの研究機関が協働して、それぞれの利点をいかした展示をすることにより、多面的な鳥の面白さを引き出すことができているのではないかと思っている。
しかし、このたびの展示には山階鳥類研究所所蔵の標本を多数出品しているものの、それのみで完結しているものではない。東京農業大学、財団法人進化生物学研究所、日本農産工業等からの協力によってこの展示が成り立っている。このことは、関係諸機関がそれぞれ重要な学術標本を有していることを意味している。たとえば、東京農業大学「食と農」の博物館は天然記念物を含む鶏の剥製、進化生物学研究所からはかつてマダガスカルに生息していた象鳥(エピオルニス)の完卵、そして日本農産工業和鶏館はニュージーランドにいた絶滅鳥モアの完
卵を供していただいている。さらにいえば、コンスタンティン・ブランクーシの抽象彫刻「空間の鳥」を横浜美術館から出展していただいている。このように、諸機関からの惜しみない協力によって催されている「鳥のビオソフィア」展であるが、ここでは日頃あまり取り上げられることのない鶏の剥製標本について少しばかり思うところを記してみたい。
今回、東京農業大学「食と農」の博物館から多数の鶏剥製標本を展示のために借用した。ふつう、鳥を名称に冠した展示で思い浮かぶのは野鳥であり、鶏などの家禽がそこに加わることはまずない。定かな理由はわからないが、同じ鳥であるにもかかわらず、野禽と家禽は別物として扱う文化が存在するようである。にもかかわらず鶏の剥製を62体ほどならべたのは、今回の展示において人が作ってきた鳥である家禽の保全が危急の問題であることが念頭にあったからである。
私たちが平素ふれているマスメディアでは、数多くの野生生物についての情報を流している。なかでも生物種の保全に関することは、絶滅危惧種や外来生物の移入などと関連してとくに頻繁である。最近では、アホウドリが鳥島から小笠原の聟島へ移住した話題が紙面を賑わしていた。しかしながら、絶滅の危機に瀕した家畜・家禽類については話題にすらならないことが多い。これは野生ではなく、人間が作ったものだからなのだろうか。特別天然記念物である尾長鶏をふくめて国の天然記念物に指定されているものが多々あるというのに。
このように、家畜・家禽は、仮に品種としての絶滅が危ぶまれようとも光があたることがほとんどない。しかし、天然記念物指定品種に代表されるように、これらの動物は「生ける文化財」である。そして作ったのは、疑うことなく私たち人間である。さらにいえば、人間が自分に都合よく作り、品種もしくは系統として維持をしてきたものには、当然のことだがそれを形として残すとともに来歴を把握しておく必要性があると考える。
その意味から、「食と農」の博物館が鶏の剥製標本を多数収蔵し常設展示していることは、現存する品種の基準を提示したり比較検討をしたりする上できわめて大切なことである。また、他品種との交雑や近交劣化などの影響から、経年による品種自体の変化を知るための指標にもなるだろう。そして、何よりも古くから残る文化財を保全・継承する意味で重要な役割を果たしているのである。今後も各地の施設などで飼育されている鶏が不幸にして没してしまった場合には、積極的に形として残していきたいものである。そのことが、家禽研究の発展に資するのみならず、貴重な文化財である鶏品種の保存にもつながっていくことだろう。