東京大学総合研究博物館 The University Museum, The University of Tokyo
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東京大学総合研究博物館ニュース ウロボロスVolime12Number3

展示構成素案から顧みる

西野 嘉章 (本館教授/ 博物館工学)


 ひとつの展覧会を実現するまでには、多くの課題を乗り越えねばならない。それらをひとつずつ解決していった果てに待つ、その逢着点が展覧会である。これを苦役と受け止めるか、挑戦と考えるか、それは担当者しだいである。しかし、いずれであるにせよ、事業を達成するまでには、様々な段階があり、また課題の克服の仕方にしても方法は多様であるに違いない。私個人は、自分の思い描くイメージが少しずつ具体化していくプロセスに楽しみを感じる。たしかに、容易な作業ではない。が、開場にこぎ着け、その達成感を皆で分かち合う喜びは格別である。
 どのような枠組みのものであれ、展覧会の企画は会場の「青写真」を描くことから始まる。展示の「原風景」を大掴みにデッサンする作業がそれである。それは、ひとたびことが成るや、すぐさま水底に葬り去られる類の過程のひとつに過ぎないのかもしれない。もちろん、記録には残らないし、公になることなどない、というのが通例である。しかし、こうも言える。それは会場をつぶさに観察しても、看取できない背景的営為である。であるからこそ、ときに開陳してみせることがあっても良いのではないか、と。
 そのように考え、今回は本誌面を借りて、展示素案を紹介することにした。これを描くにあたっては、建築家セルジオ・カラトローニ、展示デザイナー関岡裕之の両氏の協力を仰いだ。もちろん、以下に記述する内容は、あくまで「青写真」に過ぎず、実際の展示と位相の異なる部分もある。しかし、それでも、展示会場に具現された、企画者の意図を理解する一助にはなろうかと思う。

正面玄関――「序曲」
 展覧会の会場は、正面玄関へのアプローチ部からすでに始まっている。全長三十メートル近い舗廊のほぼ中間地点に、タイのバンコクで制作された鶏像二体を左右対称に配する。高さ三・五メートルのコンクリート製巨像は、重量にして一トンを超える。表面はポップな色調で彩色されており、民衆芸術の極北と言えるものである。全身アジア的色彩一色に塗り上げられた巨像の異貌ぶりは、来館者心理の「掴み」として格好である。その重量を考えると、コンクリート製の堅牢な台座を用意する必要がある。現地タイでは人々の信仰を集めている。像を仰ぎ見るようにさせるため、台座にはある程度の高さが必要となる。もちろん、転倒防止など、安全面での配慮も欠かせない。正面玄関の左右には、タイトルピースをパネル貼りする。できれば建物外壁左側に「鳥のビオソフィア」の大きな垂れ幕を吊したい。これらのグラフィックは、当然、ポスターやチラシと呼応する。会場への誘いの「道」として、玄関周辺の構成に揺るぎがあってはならない。原色で塗られた鶏巨像が、四月から五月にかけての会期中、周辺の樹木や植裁とどのようなコントラストを醸し出すか、これについても慎重に検討を重ねる必要がある。

第一室――「驚異と造形」
 エントランス・ホール入って左側に、主催者からの「挨拶」と「謝辞」のパネルを設置する。これはシンプルなもので良い。脇には受付が設けられ、その背後に展覧会のタイトルピースが掲げられる。中央部には、ブランクーシの『空間の鳥』を設置する。二十世紀抽象彫刻を代表する作品である。これが展覧会を象徴するイコンとなる。彫刻の見事に磨き上げられたテキスチャー、強靱な造形的フォルムは、自然界に生きる鳥の存在を全的に純化したオブジェと位置づけられる。その向かって右側に、「エピオルニス卵殻」(レプリカ)を、台座の上に立たせたかたちで設置する。こちらは自然界から生み出された有機体の見事なフォルムを主張する。ベースは肉厚の真鍮円盤で、表面を研ぎ出す。鏡面化した円盤に、巨大な卵殻が映り込む。円盤をカラーラ産白大理石の円筒台座に乗せ、そのユニットを欅材の角柱の上に設置する(図1)。円盤の床高の割り出しには、周到な計算が必要である。ブランクーシは卵形のフォルムに大きな関心を寄せていた。
展示では巨大な卵殻を、ブランクーシ好みのスタイルで再現して見せることにする。それにより、『空間の鳥』と「エピオルニス卵殻」が、フォルムと素材、出自と本性の両面で一対をなすことが示される。正面壁の造り込み型ショーケースには、エピオルニス、モア、ドードーなど絶滅鳥の遺物を並べる。ホール右奥には、フィゾルニス・ブラジルエンシスを台座に乗せて設置する。自然の驚異を強調するため、設置台を通常より高く設定する。来館者が見上げるよう誘う必要がある。ホール左側の固定式大理石テーブルには、エピオルニス、モアの卵殻五個を、黒御影石製台座に乗せて並べる。展示物保護のため、四周を二メートル高のガラス板で囲う。黒御影石の台座は、そのシルエットが古典的な様式に倣う。ウィトルウィウスの建築図譜から、刳り型の意匠を借りることも考えられる。正面の壁面には、エピオルニス卵殻を撮った古写真(シュルレアリスム作品)、トリスタン・ツァラとハンス・アルプの共作詩集『われらの鳥たちについて』、レオナルド・ダ・ヴィンチの手稿本『鳥の飛翔について』(複製)、ジョヴァンニ・サッキ制作の「レオナルドによる飛行器械」を展示する。壁面の色はピュア・ホワイトを基調とする。向かって左側の壁面には、マダガスカル島の巨木バオバブのモノクロ写真を配する。巨大な怪鳥の故郷には、かくも奇妙な風景が展開している、と云わんがためである。このエントランス・ホールでは、通常の自然誌展示を期待して来る者の、その「期待」を裏切ることが肝要である。鳥のイメージを芸術家たちがどのように造形化したのか、あるいは絶滅した鳥類がいかに驚異的なものであったのか、それを直裁に示す。

第二室――「博物学と工芸」
 工芸的な木製ガラスケースに収められた鳥類剥製十五台を展示する。壁面はピュア・ホワイト。ガラスケースの木部表面は、透き漆、あるいはニスで塗装されており、コントラストが強すぎるようなら、利休鼠の壁色も一考の余地あり。いずれにせよ、ケースの木製フレームとそのなかに収められた剥製が、背景の地色から浮かび上がるようにする。ケースの設置の仕方についても工夫が必要である。大型のものについては、壁と共色の台座を設け、床上に設置する。小型のものについては、壁面から庇状に突起する小型の棚に乗せる。棚の大きさはガラスケースのサイズに準じるものとし、突起部の小口部分はどれも正方形を描くようにする。設置の高さ、場所については、一貫したルールを設けない。鳥はもとより飛翔するものである。そのため、ホワイトの空間をゆったり、贅沢にとる。観る者の目線から見て、心持ち高い位置に配することが必要である。壁面から突き出た棒状の棚を樹枝に見立て、そこにガラスケース入りの鳥がとまっているように見せること。この部屋の展示品の多くは、昭和天皇ゆかりの標本である。長く皇居内生物学御研究所に保存されていたが、一九九四年に現在の山階鳥類研究所に移管された。どれも皇室コレクションならではの、典雅なかおりを醸している。剥製標本の見事さ、それを収めたケースの質の高さ、この部屋ではそれを観る者に印象づける。選りすぐりの自然誌標本は、「工芸と学術」の協働の結晶体であることを、来館者に理解させる。照明は部屋全体に光がまわるよう、フラットなものとする。

第三室――「鳥類学者の小部屋」
 床面全体を深紅のカーペットで覆い、壁色もそれに合わせて、暖色系とする。この空間には博物学に関する様々な資料を高密度に展示し、前二室との雰囲気の違いを際だたせる(図2)。中央部には、帝国大学時代の木製のビューローと椅子を設置する。机上に古いタイプライターやステイショナリーなどの雑物を配し、傍らには小石川分館蔵のウェブスター辞書台を置く。ここでは明治時代の鳥類学者の研究室を仮想的に再現してみせる。デスクの上には、小型の剥製標本、鳥類の古写真類などをセットし、よりヴィヴィッドに臨場感を演出する。片方の壁には山階鳥類研究所の仮剥製保存ケースを、もう片方の壁には博物館の標本収納ケースを設置する。これらの展示ケースには、卵殻コレクション、南米産小型鳥類剥製セット、さらには鳥類図譜の一部などを展示する。各所に他の分野の自然誌標本をさりげなく紛れ込ませ、鳥類学者の「収集」マニア的な性癖が感じられるようにする。壁面には一枚刷りの鳥類図譜を額装して展示する。壁面の最上段には、オーデュボンの石版図譜『アメリカ鳥類図譜』を、フリーズ装飾のごとく、連続的に並べる。これらはレプリカであるため、間近に見せる必要はない。オーデュボンの図譜には東洋趣味を感じさせるものがあり、十八世紀以降のヨーロッパではシノワズリーの壁紙が大いに流行した。そうした歴史を踏まえての構成である。要は、壁といわず、棚といわず、高密度に標本を並べること。博物学の本性を観る者に伝達するには、コレクションの溢れかえる充満空間が是非とも必要である。デザインの基本線は十九世紀スタイル。とはすなわち、博物館黎明期の西欧のそれに近いものとする。照明はフラットな間接光。そのために天井はシャ幕で覆う。床と壁との境には、簡単な刳り型装飾を伴う、丈の高い幅木を充てる。幅木の仕上げは、できれば飴色に変わったニス塗りとしたい。なお、第二室から第三室にかけてのコーナー部の壁面には、理科大学動物学教室旧蔵の古写真を並べる。躯体から庇状に突き出る棚に、ガラス板で挟んだ古写真が列をなす(図3)。これは、前室から第三室へ、視線誘導用の装置である。九十度に折れるコーナー部を効果的に使った展示法はあまり見たことがなく、それを実験的に試みる。併せて、二次元的画像であるところの写真を、空間的なオブジェとして提示してみせるやり方の、方法的な実験としての意味もある。

第四室――「人為と自然」
 ふたたびピュア・ホワイトを基調とする展示スペース。ニワトリの家禽化を、この部屋のメイン・テーマとする。自然界に棲息する生き物が、人の手で飼育され、人為的な文化財に転化したことを示す。周囲の壁面に二十センチメートル厚の棚三段をぐるりと仮設する。上二段の棚は奥行き四十センチメートル程度。最下段は百五十センチメートル程度とし、壁から手前に突き出ているように見せる。この最下段の奥行きはかなり深く、テーブルのような外観を呈する。それは展示台であると同時に、来館者から標本を護る結界の役割を果たす。装飾的なものはいっさい省き、直線のみのモダニズム趣味を貫徹させる。展示の中核は、東京農業大学の「食と農」の博物館から借用する家禽剥製標本五十三台である。総合研究博物館蔵の尾長鶏は、最上段に展示し、長い尾を棚の中間部に切られたスリットを通して、最下段まで垂らす。これにより尾長四・七メートルという、その驚くべき形状の妙を強調して見せる。部屋に入って、右隅のコーナー部分には、山階鳥類研究所から借用するライチョウのつがいの剥製標本二台を並べ、その傍らに毛利元寿の「禽獣図譜」のライチョウ図を併陳する。剥製化された標本と描かれた図譜の、照応と差異を伝えるための仕掛けである。次室では、これと同じ仕掛けを、西洋の鳥類図譜についても試みる。人工的に育種されたニワトリは、どれもカラフルである。そのため、この部屋は全体として多種にして多彩、ことによると鶏の喧しい鳴き声さえ聞こえてきそうな、華やいだ雰囲気になる。なお、ニワトリの配置については、規則的な方法をを採らず、粗密をつける。そのため、ピュア・ホワイトの余白が、視覚的・造形的に重要なファクターとなる。稠密空間であった第三室と対照させるかたちで、「余白の美」を演出して見せる。

第五室――「博物学陳列場」
 新館ホールは「ミュージアム」でなく、「博物学陳列場」とする。十九世紀スタイルの自然誌博物館の展示場に見る、落ち着いた雰囲気を特徴とする。展示物は山階鳥類研究所の本剥製コレクション。標本保護のため、すべてを組み立て式ガラスケースに収める。鳥類の多くは尾が長く、角形ケースは現実的でない。ために、幅六十五センチメートル、高二百二十センチメートル、厚一センチメートルのガラス板六枚で、六角形のケースを仮設する。台数は十台程度。組み立てに要する骨材はスチールとする。表面は塗装でなく、薬品処理で錆色に仕上げる。ケースには六面に切られた三角屋根が載る。この部分には、照明光を押さえるための半透明シールドを貼る。これにより、天井からの光が平準化し、ゆったりと展示物に覆い被さるような、柔らかな雰囲気が醸し出される。展示ケースの下部には、第三室のものと同様のニス塗り幅木を回し、木材と鉄骨からなるオールド・ファッション・スタイルを演出する。こうした展示デザインは、板ガラスと鉄骨の使用が、各所で飛躍的に拡大した十九世紀博物場のそれに倣う。肉厚の板ガラス、なかでもグリーン・ガラス越しに見る、自然界の生き物の姿には、時を超えた不思議な存在感がある。「死物の美学」を観る者の眼に伝えることが肝要である。ために、標本解説などの文字情報は極力抑える。必要最小限の情報を、ガラスケースに直にプリントすることで、できるだけ目立たないものにする。壁面はホワイト、もしくはグレー。照明を落とす。第四室が、明るく、ニワトリの華やいだ雰囲気に包まれるのに対し、本室は古めかしい十九世紀の香りに包まれる。博物学が黄金期にあった時代の、コレクションのあり方、あるいはそれらの醸し出す「アウラ」を観る者に印象づける。自然誌標本特有の「寡黙にして雄々しい世界」の魅力を印象づけることに力点が置かれる。
 展示素案の骨子は以上の通りである。たしかに、展覧会の構成は特定の解釈に偏ることなく、無色透明な性格を保持すべきであるとする考えもあるにはある。主観性を排除することが、実証科学の拠り所であるとする信仰があるからである。しかし、私は、そうは考えない。展覧会は「人の業」であり、ニュートラルな立場の堅持など、「フィクション」に過ぎないと考えるからである。企画者は与えられたテーマを、独自の視点でもって解釈する。その優れて主観的な解釈が、はたして説得的なものであるのかどうか、展覧会を観る楽しさとは、ひとえに、その裁定の如何にかかっているのではないだろうか。

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図1.「エピオルニス卵殻のインスタレーション」案、セルジオ・カラトローニ、ドローイング、2007 年
図1.「エピオルニス卵殻のインスタレーション」案、
セルジオ・カラトローニ、ドローイング、2007 年


第一室―「驚異と造形」、空間の鳥(左)と空間の卵(右)(写真:松本文夫、以下同)
第一室―「驚異と造形」、空間の鳥(左)と空間の卵(右)
(写真:松本文夫、以下同)


第二室―「博物学と工芸」、猛禽類の剥製
第二室―「博物学と工芸」、猛禽類の剥製

図2.「鳥学者の小部屋案」、セルジオ・カラトローニ、ドローイング、2007年
図2.「鳥学者の小部屋案」、
セルジオ・カラトローニ、ドローイング、2007年


第三室―「鳥類学者の小部屋」
第三室―「鳥類学者の小部屋」

図3.「古写真のインスタレーション案」、セルジオ・カラトローニ・ドローイング、2007年
図3.「古写真のインスタレーション案」、
セルジオ・カラトローニ・ドローイング、2007年


動物学教室旧蔵の古写真
動物学教室旧蔵の古写真

図4.奇形鶏( Gallus gallus var.
domesticus)、年代未詳、縦16.5横12.0、ゼラチン・シルヴァー・プリント、硝子板装、本館研究部蔵(東京帝国大学理科大学動物学教室旧蔵)
図4.奇形鶏( Gallus gallus var. domesticus)、
年代未詳、縦16.5横12.0、ゼラチン・シルヴァー・プリント、
硝子板装、本館研究部蔵
(東京帝国大学理科大学動物学教室旧蔵)


図5.「風鳥」(Paradisaea apoda)(Turdus
dauma)(Apus pacificus)、毛利元寿『梅園禽譜』、1829-1845 年、見開紙面縦54.6	横
38.8、和紙に彩色、折帖、本館蔵(理学部動物学教室旧蔵)



図6.	ヤマセミ( Ceryle lugubris)、1926 年、最大体長38.5、仮剥製(タイプ)、山階鳥類研究所蔵
図6. ヤマセミ( Ceryle lugubris)、1926 年、最大体長38.5、
仮剥製(タイプ)、山階鳥類研究所蔵


第五室―「博物学陳列場」、六角ケースに陳列された本剥製
第五室―「博物学陳列場」、六角ケースに陳列された本剥製