洪 恒夫
(本館特任教授/展示デザイン)
7月24日から公開予定の「鉄−137億年の宇宙誌」の展示デザインを担当した。本館准教授の宮本氏が学術企画、図録製作、展示の総指揮を担当された本展示において私は、これまでいくつかの展示にかかわってきたように、学術企画側から示されるコンセプト、情報を展示として企画し、その具現化を行う役割を担った。
「鉄学」と銘打ち、文理を問わずに複眼的かつ総合的な視点で鉄を捉え、鉄の本質に迫る展示を実現しようという宮本氏の構想を、本館の新館展示室フロアにおいてかたちとして現し、メッセージを発信することが私に与えられたミッションと捉えた。
聞けば鉄の起源は宇宙誕生に遡るという。超新星内部の核融合によって鉄が形成され、地球そのものの誕生にも深く関わり、鉄があるが故、生命が生まれ、人類の誕生に至る。そして、鉄により文明を興し、古くより鉄を操り発展してきた我々人類の足跡、さらには今日そして未来に向けてより高度なテクノロジーを生み出し、豊かなくらしを創造していくという、まさに「137億年の鉄の物語」を展示によってかたちづくることを目指したものである。
この壮大でエキサイティングなコンセプトを本館新館展示室の限られたスペースにおいて如何に表現するか。本テーマの最大の売りであると同時に難しさでもあることは、この想像がつきにくい「広がり」をたかだか300u強の展示室の展示にまとめ、効果的に展開するためには展示コンセプトの機軸をどこにおくかということであった。今回のテーマはそのタイトルにもあるようにとてつもない長さの「時間」を一気に眺めるものである。しかし、それは時間のみならず「空間」、すなわち、スケールについても宇宙という広大なものから、生物、人の分子構造のレベル、ひいてはナノレベルというこれまた想像がつきにくい超微小な世界までを扱うことが求められた。そこでは、ストーリーとしては途絶えることがないように連続したものとして概観することが理想なのではないかと考えた。
途方もないスケールを一気に概観する斬り口をどうするか。以前、まさにこれを体現化した映像として私自身が大きな衝撃を受けた作品を思い出した。チャールズ&レイ・イームズが1977年に発表した短編科学映画『POWERS OF TEN パワーズ・オブ・テン』である。これは宇宙から人の細胞までの世界を10の累乗のスケールで移動し、この壮大な空間を一気に移動して表現したものである。本展は鉄を形成させた宇宙から鉄分を持つ生命、人間の細胞レベル、さらには鉄のナノレベルの開発までを扱うものであるので、「10の累乗で移動するスケールの旅」はまさに今回の展示を貫くには格好の斬り口になると考えた。
一方で、展覧会には人の目を引き、興味を喚起させるコンテンツ(俗に目玉展示、キラーコンテンツなどと表現することがある)が重要となる。今回、何がそれになり得るかを問い合わせたところ、本館には世界一を誇る鉄鉱石のコレクションがあり、その数、学術的な意味ともに主役級の価値を持つ展示物であるとの意見を宮本氏からもらった。そして、本展ではこれらをうまく展示したいとの話だった。地球の誕生に鉄が深く関わり、その後の地球上に生まれた生命、人類の文化、文明、人々の暮らしとの多大なる関わりを示唆するものとして、これら標本自体の訴求力、そして博物館展示を底支えする標本の姿の力強さを活かし、収蔵庫の雰囲気も漂わせる。また、多くの学術研究に資する原資となっていることのイメージを演出するものとして、棚に収納した鉄鉱石群を展示室の中心に置いて、そこから各コーナーにつなげるような配置を構想した。
図1は上記の「パワーズ・オブ・テン」というコンセプト、そして収蔵庫のような標本展示をコアに置いた際の構成を自分なりに構想したメモである。この考えで展開することを初回のミーティングで提案し、大きな捉え方として展開の機軸とすることを企画メンバーと確認した。その後、宮本氏より今回の展示は「空間のスケール」ではテーマが扱いきれないという問題が生じるが、「時間のスケール」を10の累乗で捉えると内容がぴたりと当てはまるとのことで、本展は「パワーズ・オブ・テン‐イヤーズ」を展開コンセプトとすることが提案され、方向性が決定した。
大きな骨格は描けた。時計回りに展示室を壮大なタイムテーブルとして展開する。そして鉄鉱石の収蔵展示スペースから各時代の間仕切りを放射状に配置するレイアウトとした。(図2)
さて、入り口はといえば、宇宙から降ってきた鉄、すなわち隕鉄が来館者を出迎え、宇宙に鉄が存在することのメッセージを発し、コア部分の鉄鉱石の収蔵型展示へと観覧者を誘う構成とした。その際、地球から鉄鉱石が出る理由を説明する解説アイテムを挟む。その後は放射状に各時代のコーナーすなわち、宇宙、地球、生命、人類、そして未来のコーナーを時計回りに配し壮大な鉄の時間旅行を堪能してもらう構成を構想し、図3、4の様なラフスケッチを描いた。
時代の扉となる間仕切りスクリーンは鉄展にふさわしく、ステンレスのメッシュを採用した。かなり大胆に膜状のステンレスの間仕切りを吊り下げるデザインとした。また、各時代のサインもステンレスのメッシュを切った文字を貼ることとした。そして、入口アプローチ部分には街中でもよく目にする鉄製のすべり止めを施した床プレートを敷いてその上に宇宙から届いた鉄、隕鉄を象徴的に配置した。今回のデザイン作業では構想はいつもながら手書きのスケッチで行ったが、会場での展示マテリアルのイメージ、金属のイメージをシミュレーションするため、CGパースを起こしてデザイン検証を行った。(図5、6−CG製作 吉田真司 樺O青社)
展示は情報やメッセージを伝達するコミュニケーションメディアの一つである。そのメディアの力を高めるには、発信する側のメッセージを効果的に伝達するための構成や、実際に提供する情報などの編集の工夫が重要となってくる。そして、展示は空間を操るメディアであるため、実空間を体験し展示物や情報と対話するための空間演出、素材や形が醸し出すイメージなどもその効果を大きく左右する。したがって、展示は空間において展開される要素を組み合わせ、雰囲気を漂わすための仕掛けなど、様々な工夫を盛り込みながら構想、デザインしていくことが重要となる。本展は壮大な時間の旅を展示空間の構造によって具現化したことがレイアウト上の特徴といえよう。
本原稿を執筆している現時点はまさに展示製作作業の最中であるため、展示の完成を見ている状況ではない。今回は「鉄」を時空を越えてふれる体験が実現され、鉄という金属をテーマとした展示であるが故、そのマテリアルのイメージ満載の特徴的な空間が創出されることを願っている。
最後になるが、本展のデザイン・製作では、ステンレスのメッシュなどの加工、製作において新日本製鐵株式会社様、小岩金網株式会社様の多大なる協力をいただいた。この場を借りてお礼申し上げる。