東京大学総合研究博物館 The University Museum, The University of Tokyo
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東京大学総合研究博物館ニュース ウロボロスVolime14Number1



特別展
鉄のものさし

橘 省吾 (本学理学系研究科助教/惑星科学)
 皆さんは長さを測るとき、なにを使われるだろうか。数学の宿題で、図形の辺の長さを定規で測ったことだろう。日常生活ではカーテンや家具のサイズを測るのに、巻き尺を使う。土木工事では長さを測るのに測量をおこなう。
 古代ギリシャのエラトステネスは、夏至の日の正午に井戸の底に太陽が映りこむシエラ(まっすぐに太陽光が入射する)と同時刻に地面に垂直に立てた棒に影ができるアレキサンドリア(太陽光が斜めに入射する)の距離を測定し、太陽光の入射角の違いを使って、地球全周の長さを推定した。驚くことに得られた距離は正確な距離に近いものであった。現在は地球の全周の長さは、地球を周回する人工衛星を使って測定されている。
 月と地球の平均距離は約38万キロであるが、現在では数cmの誤差しかないような正確な測定が可能となっている。アポロ計画で宇宙飛行士が月面に置いてきた鏡に地球からレーザー光を発射し、それが戻ってくるまでの時間を使って、距離を決定するのである。距離の測り方もさまざまだ。
 もっとスケールを大きく、宇宙を測ってみることにする。宇宙スケールではご近所といえるような千光年(光の速度で千年かかる距離)程度離れた天体までの距離を測るには、年周視差を使う。これは三角測量と同じ原理で、ある天体が天球上に見える位置(角度)が半年でどの程度変わるかを測定する。地球の位置は半年前の位置に対して、太陽地球間の距離(1億5千万キロ)の二倍離れていることも利用すると、その天体までの距離が求められる。年周視差が測れないようなもっと遠い天体までの距離の測定のために、変光星の明るさを使う方法がある。セファイド変光星とよばれる進化末期の恒星は明るさが周期的に変化するが、変化の周期が長いほど絶対的光度が高いという特徴がある。この特徴を利用すると、セファイド変光星の変光周期(絶対的光度の指標)と地球から見える明るさを観測することで、そのセファイド変光星までの距離が測定できる。セファイド変光星は明るいため、5千万光年先まで測ることができる。
 
 もっと遠くを測るには、「鉄のものさし」を使う。なんのことかと思われるだろうが、これは、セファイド変光星と同じように、宇宙での鉄の供給源となる天体の明るさを使って距離を測るというものだ。
 宇宙では多くの恒星が双子として誕生する(連星とよぶ)。太陽程度の恒星の連星は10〜100億年にわたって、お互いの周りを回りながら仲良く輝き続けるが、やがて、一方の星が老年期を終え、白色矮星という燃えかすになる。すると、もう一方の星からガスが白色矮星を抱きかかえるように流れ込み、白色矮星を包み込む。ふりつもったガスで白色矮星の質量は増加し、ガスの量がある一定(太陽の質量の約1.4倍)を越えると、ガスの重みを支えきれなくなって、中心の白色矮星をつくっていた炭素と酸素の原子核が核融合反応を起こし始める。星が再び燃え始める。一般的な恒星は核融合によって温度が上昇すると、膨張することで温度が下がり、これがサーモスタットになって、元素合成が安定に進行するが、白色矮星の中心核では(ここでは詳細は述べないが)核融合の温度上昇程度では膨張が起こらず、核の温度は一方的に上昇する。結果として、核融合がどんどん進み、大量の鉄族元素がつくられる。鉄に代表される質量数56の原子核は、私たちの宇宙において、最も安定な原子核のひとつであり、星の中では質量数56の原子核がつくられるとそれ以上の核融合が進まない(質量数とは原子核を構成する陽子と中性子の個数の和)。核融合がそれ以上進まなくなると、星は構造を保てなくなってしまい、大爆発を起こす(超新星爆発、図1)。この超新星爆発では、星全体がこっぱみじんとなり、元素が宇宙へとまき散らされる(Ia型超新星爆発)。このとき、白色矮星の半分から三分の一が鉄属元素(特に56Ni)に変わり、大量の鉄族元素が宇宙空間に放出される。56Niは質量数56という点では安定なのだが、原子核を構成する陽子と中性子が28個ずつで、原子核内部に陽子が多いため、陽子同士の電気的反発力が効き始め、不安定となる。そのため、原子核のなかの陽子が陽電子(プラスの電荷をもった電子)を放出して、中性子に変わり、10日ほどで56Coに変化、そして100日ほどで56Feへと変化する。したがって、鉄ばかりが宇宙空間に漂っていく。私たちが日常使っている鉄の半分くらいはこのような超新星爆発でつくられたものである。
 鉄をつくるには、双子星が欠かせないのだ。
「鉄」をつくる超新星爆発は、爆発にいたる条件がほぼ決まっているため、爆発直後の最高光度はどれも同じくらいになるという性質がある。これはセファイド変光星と同じように「ものさし」として使えるということを意味している。さらに都合のよいことに、この超新星は爆発直後、数千億個の星の集団である銀河と同じくらい明るく輝く(図2)。つまり、数十億光年遠くの銀河でも、距離を測ることができる。「鉄のものさし」は長いのだ。

 さて、宇宙では遠くの距離を測ることは、時間を過去にさかのぼることであるというのは聞かれたことがあるだろう。光の速さが有限だからだ。例えば、今、見上げる太陽は8分前の太陽だ。おとめ座の一等星スピカの輝きは産業革命まっただなかの260年前の光。アンドロメダ星雲の輝きは200万年前のもので、その頃、地球の磁場は南北が逆転していた。鉄のものさしはさらにさかのぼって、地球や生命が誕生する以前の数十億年前の宇宙の姿をみせてくれる。この鉄のものさしによって、私たちの宇宙の根源に関わる重要な発見がなされている。遠くの超新星爆発ほど予想より遠いことがわかったのだ。これは宇宙の膨張が加速していることを示唆するもので、この発見は宇宙膨張を加速させる斥力をうみだすダークエネルギーの存在を支持する証拠となっている。ダークエネルギーはアインシュタインが生涯最大の過ちと言った宇宙項に通ずるものであり、実はアインシュタインは間違っていなかった。しかし、宇宙そのもののなりたちを規定するこのダークエネルギーの正体はわかっていない。「鉄のものさし」は、私たちの存在そのものに通ずる最大の問題を我々に突きつけている。

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図1 ケプラーの超新星。双子星の片方が起こした大爆発で
ある。赤外線、可視光、X線での観測の合成画像。
画像提供NASA


図2 遠方銀河で観測された双子星の超新星爆発。
下段が爆発後に撮影されたもの。
ハッブル宇宙望遠鏡による撮影。
画像提供NASA