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東京大学総合研究博物館ニュース ウロボロスVolime15Number1

特別展
MELOS計画とは:その生い立ちと検討状況

佐藤毅彦(宇宙科学研究所、JAXA)
久保田孝(宇宙科学研究所、JAXA)
宮本英昭(本館准教授/惑星科学)


MELOS計画
 金星探査機「あかつき」は2010年5月21日に打ち上げられ、金星へ向けて順調に飛行中である。その打ち上げ成功前から、地球+金星+火星という「惑星気象学」の確立に好適な3サンプルを完結させる「火星気象オービター」を実施したいとの声の高まりがあった。そこに、「のぞみ」(1998年に打ち上げ〜2003年に火星軌道投入断念)が目指しまだ重要性を失わない大気散逸ミッションを実施したいとするグループ、火星面に着陸して行うサイエンスを目指すグループが加わり、MELOSワーキンググループが始動した。MELOS(ミーロスと発音)とは Mars Exploration with Lander-Orbiter Synergy の略で、同名の島、Melos 島は「ミロのヴィーナス」発見の地である。VenusとMarsは神話中で恋人同士であり、火星へ熱い思いを寄せるミッション、または「金星から火星へ」という流れにも合う名前と考えた。
 上記の生い立ちから、現在MELOSワーキンググループでは以下のような科学観測が検討されている。
・火星気象学(それに特化した周回機による)
・火星大気散逸科学2機の周回機で、「その場」観測とグローバル撮像を行うことによる
・火星表層環境科学(着陸機および科学計測ローバーによる)
・火星内部構造科学(複数着陸機のネットワークによる)
・火星サンプルリターン(上層大気をかすめる地球帰還機による)
・火星生命探査(着陸機および科学計測ローバーによる)
 さらに、以上を支え、かつ将来探査につながる工学技術の開発・実証についても検討されている。
 これらの目標となるのは、「火星はなぜ赤いのか?」という、問うは簡単だが、答えるのは非常に難しい根源的問題である。そのためには、惑星固体部分、表層、大気、そして周辺プラズマから太陽風まで、それらがどうからみ合いつつ進化してきたか、その歴史を明らかにしなければならない、いわば「系」としての解明が必要だからである。20世紀には多くの失敗を重ねながら21世紀になり大きな飛躍を見せている火星探査の、これは極めて自然な解決課題といえる。
 このように、MELOSは単なる「のぞみリカバリー」ミッションではない。むしろアグレッシブに、火星科学の今日的課題とは何かを真剣に議論し、また世界の火星探査の中でどうあるべきかをも考慮しつつ、2020年頃の実施を視野にその計画を策定しようとしている段階である。

米欧の火星探査は「火星サンプルリターン」に向かう
 火星物質を地球へ持って帰る「火星サンプルリターン(MSRと略す)」は、米欧を中心に国際協調を通じてそれを行おうという機運が盛り上がっている。火星の表面重力は地球の1/3と弱いが、それでもその重力を脱して地球へ帰還するには大きな推進力が必要である(小惑星イトカワを離れるのとはまったく違う)。火星表面で「興味深い」試料を見分けてコンテナに収める装置も含め、MSRは非常に大規模な計画となる。その大計画を着実に実施するため、次のようなステップが考えられている。
 1.「興味深い」場所を見つける:2016年には火星大気中の微量気体を調べる周回機ミッションが実施される。生命と関連が深いと考えられるメタンなどの分布を調べ、特にその濃度が高い場所があればそこをMSRの着陸地点として有力な候補のである。
 2.「興味深い」試料を集める:2018年には試料を集めるためのローバーMAX-Cが火星へ送られる。MAX-CはNASAのローバーであるが、同時にESAのExoMarsローバーも送られる。2台のローバーは一つの大きなカプセルに格納されてスカイクレーンと呼ばれる機構により火星着陸する予定だ。この着陸機構は2011年打ち上げのMars Science Laboratory (MSL)ミッションで実績を作ることになっている。MAX-Cは移動しながら、さまざまな岩石試料を収集(10グラム程度ずつ、十数種類)して持ち帰り用キャニスタへと収める。キャニスタは安全な場所に置かれ、次の回収部隊の到着を待つ。
 3. キャニスタの回収と打ち上げ:2020年代にはMSR Landerが試料キャニスタの近くへ着陸する。この着陸機は「キャニスタ回収ローバー」と「キャニスタ打ち上げロケットMAV」で構成される。MAVは試料キャニスタを火星周回軌道へと打ち上げる。
 4. キャニスタの捕獲と地球帰還:これを行うのはMSR Orbiterの役目である。MSR LanderとMSR Orbiterの順序はどちらが先でもよく、通信リレーを確保できることなどから、MSR Orbiterが先に火星周回を始める方がよいという考えもある。
 科学目的を別にすれば、2011年打ち上げのMSLが「大きな質量の着陸」実証を行い、2014年打ち上げのMAVENが周回軌道からその後の通信リレーを提供する、というように考えることができる。その見方から、確かにこれからの米欧の火星探査はすべてMSRに向かうと言っても言い過ぎではないのである。

MSR時代の日本の火星探査MELOS
 日本のMELOS計画はまさにこのMSR時代、2020年頃にそれを実施しようと検討を進めている。この世界の動向に対して、また火星科学・惑星科学の中でMELOSはどのように位置づけられるであろうか。MELOSを具体的にどのようなミッションとするかで異なるが、いくつかの例は次のようなものであろう。
 ・例えば「無着陸サンプルリターン」の場合:これは火星からダストや大気を持ち帰るという計画であるから、米欧のMSRとペアのミッションと位置づけることができる。MSRとは異なる高度(40〜45km)のダストや大気成分を得ることができるわけで、両者の試料を分析することで火星物質に関する情報を倍加できると考えられる。
 ・例えば「気象オービター」の場合:気象現象のスケールは全球規模から局所的なもの(局所ダストストームなど)まで大きな広がりをもつ。前者を遠距離からモニター(MELOSのオービター)し、後者を近距離から精密観測(MSR Orbiter)できると理想的である。MSR Orbiterは今のところ試料キャニスタの地球帰還以外の科学目的が定められておらず、日本からの提案の余地もあると聞いている。
 ・例えば「生命探査ローバー」の場合:多様な火星世界であるから、その着陸場所が科学成果をかなり左右する。MAX-Cの着陸場所とはならないが「捨てがたい」場所は無数に残るわけで、それらを一つ一つ踏破するのも国際協調のあり方である。それは生命探査ローバーだけでなく、表層環境を調べるローバーのミッションでも同様だ。
 MELOSは「それ単独で」火星科学・惑星科学として十分に意義のあるミッションを目指しているものの、国際協調の重要性も忘れてはいない。国際協調は、それにより科学成果を倍加できる(かも知れない)チャンスであるし、国の国際的地位を保ったり高めたりする「外交」でもあり得るからである。巨費を投じて行う惑星探査ミッション、特に火星という「特別な対象」については科学者の「科学至上主義」だけで押し通すことはかなり困難なことであると考えられる。MELOSチームは、科学的意義の高さを最優先としつつ、将来探査に着実につなげられる技術開発・展開、国際情勢下での適切な位置づけなどをバランスよく考慮し、国民の期待に応えて夢や希望を与えられるミッションにしたいと考えている。

「火星展」とMELOS
 上で述べた「国民の期待」という視点からは、火星は難しい対象である。「はやぶさ」の帰還とそのドラマは、国民から大きな賞賛を浴びた。しかし「はやぶさ」開始時に、「小惑星の物質を持ち帰る」という国民の要望があったとは考えにくい。ひるがえって火星の場合、「火星で生命を探す」というのは既にかなり大きな、そしてほとんど唯一の期待として存在していると思われる。上において、科学至上主義で押し通すことが難しいと書いたのはまさにそのことを指し、それゆえに探査目的の策定は難しいと感じるのである。
 MELOSワーキンググループは、この「火星展」を通じて一般の方々に我々の考えを伝え、そして意見して頂く道を選んだ。この展示会を経験してもまだ、日本の火星探査に期待されるものは生命探しだけなのか、それとも、火星における多様な科学興味とミッションのあり方も共有してもらえるのか、我々がこれから多方面にミッション内容を説得し続けてゆくための「第一段階試験」と考えられるからである。いままでの宇宙科学ミッションがその提案前の段階で、このような形の意見公募をしたことはなかった。対象が火星であるからこそこれは重要な意味をもつと思われ、展示をご覧になってぜひ率直なご意見を頂ければ、と思う。このユニークな試みを出発点に、これからもグループ内外と議論を深めつつ、実際のミッション提案につなげてゆきたいと考えるものである。

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