東京大学総合研究博物館 The University Museum, The University of Tokyo
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東京大学総合研究博物館ニュース ウロボロスVolime15Number1



特別展
隣の地表は赤く見える

橘 省吾 (東京大学理学系研究科助教/惑星科学)
 探査機「はやぶさ」が小惑星イトカワへの往復に成功したニュースをご覧になった方も多いことだろう。惑星探査に興味を持たれた方もおられるかもしれない。
 筆者は太陽系の成り立ちや進化、惑星の多様性に関する研究をおこなっている。私自身がなぜこのような研究をするに至ったのか、それは惑星探査機が届けてくれた惑星達の写真を見たという原体験にさかのぼる。写真には、真っ暗闇の宇宙空間にポカンと美しい球体達が浮かんでいるのである。しかも、惑星達はカラフルだ。オレンジ色の金星、茶色の木星や土星、そして赤い火星。さらに、これらの惑星の写真が送られてくる地球自身も美しい青い球体なのである。たくさんの色鉛筆を使って、色とりどりの惑星の絵を楽しく描きながら、『どうして惑星たちはそれぞれ色が違うのだろう?』と漠然と考えていた。この疑問そのものへの答えは簡単である。惑星達の目に見える部分(可視光の波長域で観測される部分)を構成している物質や化学組成が違うのだ。水星や月は火成岩で覆われた地表面、金星は硫酸の雲、木星や土星は厚いガス大気の中の有機分子の色が見えている。地球も宇宙から見ると海の青さが際だっているが、隣の火星は地表に存在する酸化鉄の色で赤く見える。地球にも赤茶けた大地は存在するが、火星は全面的に赤みを帯びており、隣の地表はやはり赤い。
 多様なのは表面だけではない。惑星の内部も多様であると考えられている。地球型惑星とよばれる水星、金星、地球、火星(図1)は中心に金属鉄を主成分とする核を持ち、その周りを岩石からなるマントルが取り囲んでいるが、核の大きさや組成、マントルの組成は惑星ごとに異なっていると考えられている。私たちの地球は半径約6400kmで、中心から約3500kmは鉄とニッケルの合金の核が占め、その外側のマントルには鉄が酸化物(FeO)として8質量%程度含まれている。上部マントルの主要鉱物であるかんらん石はFeOを適度に含むため、綺麗なオリーブ色を呈し、ペリドットと呼ばれる宝石ともなる鉱物である。地球の双子星と言われる金星の内部構造は地球とほぼ同じだと考えられている(しかし、地表の環境は90気圧の二酸化炭素大気がもたらす温室効果で450°Cにもなり、地球とは大きく異なる)。水星は巨大な金属核をもち、そのサイズは半径の75%にもおよぶ。しかし、表面鉱物の組成(リモートセンシングによって推定される)から見積もられるマントルのFeO量は3質量%程度で地球や金星に比べて少なく、還元的な内部構造をもつ。一方、火星のコアは他の地球型惑星と違って、鉄ニッケル合金に加えて、硫化鉄成分がかなり含まれていると推定されている。火星から来た隕石から見積もられる火星マントルの元素組成の内、硫化物をつくりやすい元素に欠乏する傾向があるのだ。それらの元素は核に硫化鉄とともに含まれているものと考えられる。また、火星のマントルは、地球や金星に比べて酸化的で、FeO量が15-20質量%ある可能性が指摘されている。内部を見ても、隣の火星は地球とは違うのだ。
 このように表面の環境から内部に至るまで化学組成の多様性がある惑星達。なぜこの多彩な惑星達が生まれたのか。『なぜ惑星の色が違うのか』という問いを、『惑星の表層環境や内部の化学的多様性がどうしてつくられたのか』という問いとして考えると、途端にその答えが得られなくなる。惑星の材料となった物質が初期太陽系において、太陽からの距離に応じた違いがあったことが原因のひとつであろう。地球型惑星の主要元素であるマグネシウム、珪素、鉄の総量はこの材料物質の違いで説明されるだろう。また、巨大衝突や形成直後のマグマの海の段階で、水や大気、揮発性元素が散逸したり、鉄の酸化還元状態が変化したりすることもあったであろう。これらの様々な進化の結果として、現在の多様性があるのだが、個々の惑星に対する私たちの現在の理解は不十分で、この進化の全容を完全に解明することはできない。だからこそ、探査によって、惑星の内部から地表、大気といったすべてをより詳細に調べる必要があるのだ。
 惑星探査という大がかりなプロジェクトをおこなってまで、なぜ惑星の多様性を理解したいのか、それは地球も惑星のひとつだからである。惑星の多様性がわからないということは、惑星のひとつである“地球”がなぜ“地球”であるのか明確な答えが得られていないとも言えるからだ。火星を探査し、なぜ隣の地表が赤いのかを理解すること、それは私たち自身につながる道をたどることに他ならない。

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図1 水星・金星・地球・火星(画像提供NASA)