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東京大学総合研究博物館ニュース ウロボロスVolime17Number2



特別展『東大古生物学』
絶滅生物の形から進化を探る

椎野勇太

 進化を知りたいのであれば、化石ではなく現存する生物を扱うべきだと説いてくる人が多い。確かに現生種を題材にすれば、化石には残らない軟体部分の情報だけでなく、発生や遺伝子まで知ることができるし、今いる生物の特徴や生物同士の血縁関係を正確に把握することが可能である。しかし、生物の進化を考える上で、現代生物学の知見は必ずしも万能ではない。いくら優れた功績であっても、かなり長い時間スケールで認められる形態や適応の変化傾向を説明することができないからだ。より長期的なスケールで起こる進化をどのように理解すれば良いのだろうか。そのような大進化を考えるためには、化石記録を扱わざるを得ず、化石の基本情報である“形態”をうまく利用しなくてはならない。
 化石記録を追ってみると、まず形態の変化傾向が見えてくる。生物にとっての形態とは、体内と体外を隔てる境目と言えるだろう。また、生物の形態は、必要となる生物活動や適応する環境に応じて異なる。例えば、ヒトの手は手の形をしていないと物を掴みにくいだろうし、ヒトの形を保ったまま海の中で生活するには不便である。つまり、形態の変化は、異なる適応状態を導くことがあり、新しい生態的特性を獲得する可能性も秘めている。これらは、進化を促す原動力となりうる。規模に関らず不定期で起こる絶滅イベントは、生物の被った外圧や、生物の備えていた特性を浮き彫りにしてくれる自然淘汰の1つである。このように考えてみると、絶滅生物は、適応状態を秘めた形態的傾向を、誕生から絶滅まで辿ることができる格好の材料なのである。それなりに意味があり、普遍的に当てはまりそうな形態の役割さえ捉えてしまえば、適応を軸とした大進化の実態に迫ることも不可能ではない。
 全ての絶滅生物に言及するときりがないので、ここでは例として腕足動物を挙げてみる。腕足動物とは、およそ5.4億年前〜2.5億年前の古生代と呼ばれる時代に海洋底を占有していた二枚貝様の無脊椎動物である。現存する腕足動物は、どれも同じような丸っこい殻の形をしているが、古生代に大繁栄したグループは、きわめて多様な殻形態の化石が知られている。そこには、現生種にはない生態的な特性や適応能力があったと想像できるだろう。腕足動物にとっての“殻形態”とは何なのか。現生種を調べてみると、殻の生物学的な特性が見えてくる。
 腕足動物は二枚の殻を持っている。腕足“貝”とも言われるため、二枚貝として認識している人も多い。二枚貝と腕足動物について最も直感的な違いの1つは、食用かどうかであろう。殻を剥くと肉質の軟体部が詰まった二枚貝と異なり、腕足動物の殻内の大部分は、触手の配列した触手冠と呼ばれる構造で占められている(図1)。この触手冠は、骨様の構造によって支えられており、毛むくじゃらな軟骨を口に含んでみた感触は、忘れられない気持ち悪さとして筆者の記憶に残っている。
 触手冠は、海水中の微小な有機物を捉えるろ過器官である。殻の内側にある触手冠を用いて摂食するためには、まず、殻を開閉し、二枚の殻の隙間から周辺の水を取り込み、ろ過した水を殻の外側へ排出する必要がある。ところが腕足動物は、二枚貝のように軟体部の力で積極的に水を循環させる能力を持っていない。むしろ、殻を開いた状態で海底の流れに身を任せ、自動的に殻の内側を通り抜ける水流からエサをろ過する生態が知られている。このような殻まわりの水流は、殻の形が持っている流体力学的特性に強く依存して形成される。
 殻の持つ役割が見えてきたところで、もう一度化石記録に目を向けてみよう。絶滅腕足動物の多様な殻形態は、それぞれの殻が固有の流水形成メカニズムを備えていたと考えてよいだろう。各グループでメカニズムが異なれば、効果を十分に発揮する適切な流水条件も違ってくる。時代によって環境条件が異なれば、適者となる殻形態も変わってくる。
 腕足動物について多様性の変動パターンを見ると、まさにそのような栄枯盛衰を表すようだ。例えば、古生代の中期に腕足動物の黄金期を築いた翼形態種スピリファー類について注目してみる(図2)。スピリファー類の殻形態は、湾曲した殻の縁辺部が開口部に圧力差を生み出し、その圧力差を利用して周囲の水を自動的に引き込む形態機能を持っていた(図3)。殻の内側に流入した水は、螺旋状の触手冠を取り巻く渦流となるため、効果的な摂食が可能な適応形態であったと考えられる。まるでサイクロンの様にエサを選り分ける摂食戦略は、多くのエサをろ過する機能形態的な工夫と言えるだろう。
 スピリファー類が劇的に繁栄した古生代中期は、汎世界的に森林が形成され始めた時期とほぼ一致する。陸上に形成された大森林は、河川などを通じて大量の有機物を海洋に供給しただろう。つまり、腕足動物のエサとなる微小有機物が海水中に増え始めたのだ。これに呼応するかのように、ろ過機能の優れた殻形態を持つスピリファー類が爆発的に多様化した。
 当然のことながら、スピリファー類は誕生当初から繁栄していたわけではない。古生代初期に登場したスピリファー類の祖先種は、腕足動物の中でも脇役的存在であった。優れた機能を持つ派生的なスピリファー類と比べて、殻の縁辺部で圧力差を生み出す湾曲があまり発達していないため、水流を形成する機能はまだ確立されていなかったのかもしれない(図4)。螺旋状の触手冠を見ると、螺旋の巻き具合は緩く、巻き数も少ない。後の時代にやってくるエサの豊富な時代を待ちわびるかのように、あらかじめスピリファー類の基本設計を備えていたかのようである。祖先種の湾曲部を徐々に発達させ、少しずつ触手冠の螺旋をきつく巻くようにすれば、いずれはサイクロン様機能が獲得されるだろう。
 スピリファー類の誕生から繁栄までを説明してみたが、古生代中期の繁栄後はどうなったのであろうか。優れた形態機能を持つスピリファー類であったが、現在の海洋には存在しない。絶滅してしまったのである。絶滅した理由は未だ一致する見解は得られていない。機能の点から大胆に考察すると、腕足動物の自動的な流水形成メカニズムでは太刀打ちできない世界になってしまった可能性が挙げられる。その1つの例が二枚貝の台頭である。多くの二枚貝は、軟体部分の力で能動的に強い水流を起こし、腕足動物と同じように海水中のエサをろ過している。我々のライフラインの1つである水道を例にしても、地形的な高低差が生み出す位置エネルギーを利用した受動的な方法よりも、強力なポンプやファンを用いて送水するシステムの方が、より効率的であり進化的でもある。これと同様に、水流を形成する能力に優れた二枚貝は、腕足動物よりも大量の海水をろ過することができる。腕足動物を特徴付ける体制の都合上、スピリファー類は二枚貝のような活発な能動性をどうやっても獲得することができない。同じ方向性を目指した生物同士であれば、より適した生物が後の時代に選ばれ、置き換えられていくことは十分に起こりうる。
 あまり馴染みの無い生物について述べてきたが、腕足動物の研究によって見えてきた形態進化について簡単に説明してみようと思う。まず前提として、生物の進化は、各グループの遺伝的な制約の中で、変異が蓄積してゆくことによって起こる。そして、積み重なった変異によって、何らかの生態的特性を生み出す機能化(functionality)が起き、その機能の効率化もしくは最適化(optimisation)が図られてゆく。既存の機能では太刀打ちできないような革新(innovation)が他で起きた場合、その生物は淘汰され、ひいては絶滅に至るかもしれない。まるで、工業製品の進歩と同じような道筋である。
 生物学的な観点から見た現存する生物の多くは、様々なレベルで見られる生体生理の特性に基づいてデザインされた機能複合体であり、部分的な変化が生命活動に大きく影響を与えることが少ない。一方、スピリファー類のように絶滅した生物の中には、ある特定の機能にのみ特化して進化したとしか考えられない形がしばしば見られる。つまり絶滅生物には、シンプルな「形態―機能」の関係に根ざした進化傾向が秘められている可能性は高い。確かに化石は、遺伝子どころか軟体部の情報でさえ欠落した不完全な生物の痕跡でしかない。しかし、全体論と還元論を橋渡しする化石研究独特の視点は、現代生物学のそれとは比較にならないほど俯瞰的だ。すでに絶滅した生物であっても、化石を生物として捉え、様々なレベルで起こりうる生命現象とその変遷を包括的に考えることで、生物形態の大進化がどのようなメカニズムで起こるのか理解できるのではないだろうか。
(本館特任助教/進化形態学、バイオメカニクス)







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図1 現生種の腕足動物 Laqueus rubellus.殻の内側に多数の触手が配列したろ過器官の触手冠があり(左)、
触手を取り除くと骨様の構造によって
支えられていることがわかる(右).


図2 翼形態種 Paraspirifer bownockeri.殻の正中線上に大きな湾曲部がある(白矢印). 化石標本をCT撮像すると、ろ過
器官を支えていた螺旋状の骨様構造が復元できる(右上)


図3 スピリファー類の殻まわりに生じる流れの
シミュレーション結果.側面から見ると、殻の
内側に渦流が形成されている.右側が下流.


図4 スピリファー類の祖先種 Eospirifer radiatus.殻の縁辺部
がトタン様になっている.スピリファー類の基本設計を備えて
いるが、正中線上の湾曲部はまだ顕著に発達していない.