洪 恒夫 (本館特任教授/展示デザイン)
2012年10月6日から2013年1月11日まで特別展「東大古生物学―130年の歴史」が開催された(その後、常設展として3月末まで延長の予定)。本稿ではこの展覧会のデザインについて、そのプロセスを振り返りながら記していきたい。本展覧会はタイトルにもある通り、従来非公開であった東大の化石コレクションを初公開するかたちで、東京帝国大学地質学教室の初代教授ナウマンが報告したナウマンゾウ化石を始めとした希少標本の数々を展示しながら、130年にわたる東大の古生物学の研究現場を、とりわけ研究者にフォーカスを当てながら紹介することを狙いとして企画、実施したものである。
展示を具現するにあたっては実行委員会が立ち上げられ、私は展示の構成・企画ならびにデザインを担当した。2012年2月初旬からミーティングが開始された。そこでは企画者である本館佐々木准教授より展覧会の趣旨と基本方針と展示物のあらましが示された。それを受けて展示室で展開するための青図ともいえる展示展開のアイディアを描き始めた。図1は、初期段階において、企画内容を展示という来場者とのインターフェイスに変換する上での概要を可視化したものである。具体的には、展示の流れ、構成を整理し、実際の空間を意識しながらゾーンのくくりを書いたものである。本展は古生物を研究するのに使われた標本としての化石や、研究成果の論文、そしてそれらを解説する文章やデータが展示の構成要素となるが、それらをどのように組み合わせ、どのような内容を訴求するのか、といった企図を盛り込みつつ概念を図示し、メンバーとイメージを共有することから始めた。展覧会のタイトルにもあるように基本軸は歴史である。そして東京大学の古生物研究の歴史である。したがって最初に浮かんだキーワードは「HISTORY」、そして長年東大で繰り広げられてきた研究現場の「STORY」であった。どうでもよいことであるが、この2つの言葉は奇しくもアルファベットの綴りを組み合わせたもの(HI-STORY)になるので、企画を行う上での拠り所にすることにした。つまり、130年の歴史を紹介すると共に、東大において行われてきた古生物研究の内容、変遷などをストーリーとして紹介する形を展示展開のコンセプトにしたのである。
次なる検討要素は、数やボリュームが大きく、展示の展開コンセプトにも深く関わる化石標本や論文などの歴史上の実物展示物(図1の概念図のZONE3にあたる部分)をどのような考え方に基づいて区分けて展示するかということであった。想定されるパターンとしては、研究者が成し遂げた成果を「テーマ」でくくるものと、「時間軸」でくくるものの2案(図2、図3−ラフプラン)があるため、これらをもとに協議した。その結果、時間軸でくくる、いわゆる「通史型展示」の方が研究の歴史という趣旨にそぐうものであることからこちらを採用することにした。
展示のゾーニングを確定させた後は、学術企画のメンバーに展示、情報の落とし込みをお願いする一方で、私は空間デザイン、ビジュアルデザインへと作業を進めた。平面図の作成においては、通史の展示に相応しく、観覧者の方に展示の流れをすんなりと感じ取っていただけるようなゾーニングと導線の実現に注力した。つまり、展示室に足を踏み込んでから退出するまでをテーマ・コンセプトに沿って一筆書きができるような平面計画を行った。そしてテーブル型の各時代の展示台を配しながらその背景に標本写真を壁一面に掲げることで、展示室の顔づくりとビジュアル的なインパクトを目論んだ(図4−ラフスケッチ)。こうして会場全体のイメージを完成させた(図5−イメージスケッチ)。
これに続く作業は、グラフィックや展示什器等の色彩・ビジュアル計画である。色彩・ビジュアル計画で留意したのは、化石などの標本を象徴的かつ印象的に見せることである。展示物を浮き立たせる上で必要なことは背景とのコントラストを持たせることである。ご存知の通り化石は黒っぽく暗い色のものが多い。したがって、展示室を落ち着かせながらも、これらを引き立てる上で展示台、壁面などの背景はすべて黒色に徹することでコントラストをつける工夫を行った。もう一つ配慮したのは会場の雰囲気づくりである。兎角暗くなる傾向にある化石の展示であるため、彩りのある色相を導入した。主役はあくまでも標本などの展示物であるが、それらを引き立て、会場に明るさをもたらす脇役として彩度の高い鮮やかな色彩計画を行った。具体的には、壁に貼り込んだ写真と写真の間の目地部分などに彩り豊かな色相の壁紙を選択する他、サイン・グラフィックについても文字色やロゴの形に賑やかさを持たせる演出に心がけた。その結果、暗めの色の化石で埋め尽くされた展示室であるが、華やぎと楽しさを感じる空間が実現できたのではないかと思っている。
最後にもう一つ、今回の空間に個性と表情を与えるために施した仕掛けを紹介する。それは、会場を通して配置した展示台の裏面に設置した照明による間接光の演出である。主役である標本などの展示物のケースを象徴的に浮かび上がらせると共に、緩やかに通史の導線のガイドにも役立てる、そして何よりも空気感ともいえる空間の雰囲気づくり、アクセントをさりげなくつける狙いから各テーブルの真下の床を照らす照明を仕込んだのである(図6−ラフスケッチ)。
本館は大学の「研究」博物館である。学術機関として学術研究の成果を公開するコンテンツが基本である。一方で、私の研究対象である、展示・デザインの研究の実験場として、本展示室は正に実践の舞台となっている。今後も実施される展示のテーマ、コンセプト、内容に合わせた展示・デザインの実験・研究を進めていきたい。
同1月15日(火)より常設展示として延長開催 開館時間:10:00―17:00(ただし入館は16:30まで) 休 館 日:月曜日(ただし10月8日、12月24日は開館)10月9日、 12月25日、12月28日―1月4日。1月15日以降は平日のみの開催 休 館 日:無料 会 場:東京大学総合研究博物館1階展示室 |