東京大学総合研究博物館 The University Museum, The University of Tokyo
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東京大学総合研究博物館ニュース ウロボロスVolime17Number4



海外モバイル展示『白金傳奇−台灣鰻魚展』
ウナギ展の海外モバイル・ミュージアム展開

黒木真理 (本館助教/魚類生態学)

 研究の世界にも流行があるようだ。一時期、あるテーマや分野に人びとの注目が集まり、大いに研究が進展する。近年のウナギの研究もその好例といえよう。太平洋でニホンウナギの卵や親魚が採集され、産卵場の謎が解けた。すると大西洋でもしばらく途絶えていた産卵場調査を再開しようという気運が高まり、久方ぶりに研究航海が組まれた。産卵場問題に限らず、生活史研究、資源問題など、今、ウナギ研究は世界的にちょっとしたブームである。博物館展示の分野も例外ではないらしい。
 2012年11月27日、台湾の宜蘭県立蘭陽博物館で「白金傳奇−台灣鰻魚展」がオープンした(図1)。この特別展示は、2011年の7〜10月の3ヶ月にわたって東京大学総合研究博物館が開催した、世界初のウナギだけ取り上げた特別展「鰻博覧会−この不可思議なるもの」がきっかけとなっている。この台湾のウナギ展のみならず、国内でも名古屋、栃木、和歌山、福井など、ここ1、2年で立て続けにウナギをテーマにした特別展が各地で開催された。また来年はデンマーク・コペンハーゲン、再来年はフランス・パリに於いてウナギ展が開催予定になっている。
 台湾における今回の特別展示は、蘭陽博物館と国立台湾大学および国立台湾海洋大学の共同企画により、開催の運びとなったものである。東京大学総合研究博物館は、海外モバイル展示と位置づけ、魚類標本・写真の貸し出し、展示図録の共同執筆で協力した。因みにこの展示のタイトル「白金傳奇−台灣鰻魚展」の「台灣鰻魚展」の方は読んで字の如しだが、「白金傳奇」の方はちょっと説明がいる。「プラチナのように貴重で幻想的な話」という意味の他に、台湾はウナギ養殖の種苗として使われているシラスウナギの一大産地として有名であるが、その資源が激減した現在、グラムあたりの単価が高価なプラチナとほぼ同じにまで高騰したという背景もある。
 薄暗い展示会場に足を踏み入れると(図2)、まず、東京大学から運び込まれた世界のウナギ属魚類の液浸標本がずらりと並び(図3)、訪れた人びとを圧倒する。しかしよく見ると、ガラスの標本瓶には15種3亜種の計18のウナギが1尾ずつ入っているが、展示台に並べられた標本瓶は19本ある。なぜか1本は空なのである。これには理由がある。世界には16種3亜種が存在するので、当初これら全種全亜種の展示のため標本瓶を19本用意したのだが、ワシントン条約で商取引が禁止されているヨーロッパウナギAnguilla anguilla1種の標本は、日本から台湾に輸送することが困難であった。最終的に、1本の空の標本瓶の展示によって、ウナギの資源問題を来館者に理解してもらいたいということで、19本の標本瓶を展示することになった。
 続いて、世界で初めて採集された天然ウナギ卵、日本が世界に誇る人工種苗生産技術によって生産されたウナギ仔魚の標本など、貴重な学術標本の数々も展示されている。また、今回の台湾ウナギ展の特徴として、台湾の人びとのシラスウナギ漁業や鰻養殖への関心の高さを反映してか、ウナギ漁の伝統漁具や漁法に関する展示も多い。圧巻は会場中央に設置された2棟の伝統的な漁師小屋である(図4)。真冬の夜のシラスウナギ漁で、漁師が冷え切った体をやすめるために用いている実物が海岸から移設されて、薄暗い展示室の中央にデンと据えられている。中に入ってみると、これもやはり実物の、胸まであるゴム長がぶら下げてある。小屋の中は、気のせいかちょっと汗の饐えたような匂いがした。
 この台湾鰻魚展に合わせ、東アジアのウナギ資源と保全を考える東アジア鰻資源協議会(EASEC: East Asia Eel Resource Consortium)も台湾の基隆で開催された。これはウナギ資源を共有する東アジア各国の研究者と業界人が集まって、意見交換するもので、1998年以来15年間にわたり、毎年1回開催されてきた会議である。数十人の参加者は台湾鰻魚展のオープニングに列席した後、EASEC会議とシンポジウムに参加した。ウナギの資源問題、人工種苗生産技術の研究、ウナギの生態について多数の興味深い発表があった。
 台湾鰻魚展が開催された蘭陽博物館は、台湾北東部の宜蘭県頭城に位置し、2010年にオープンしたばかりの新しい博物館である。ここは清代に港として開かれ、物資の運搬・貿易の拠点となった国有財産の烏石港旧水域であったが、近年博物館用地として移管され、自然公園の海岸湿地帯の中にこの博物館が建築された。建物全体が傾いて、あたかも沼地に沈み込んでいるような独特のデザインは、片面が切り立ち、もう片面が緩やかに傾斜したケスタとよばれる丘陵を模して作られ、この地域特有の地理的特性を活かしたものとなっている(図5)。
 私たちが主に蒲焼きにして食すニホンウナギAnguilla japonicaの分布域は、台湾、中国、韓国、日本の東アジア4ヶ国・地域に広がっている。また台湾には、ニホンウナギの他にAnguilla marmorata、Anguilla luzonensis、Anguilla bicolor pacificaの3種の熱帯ウナギが生息しており、温帯のウナギと熱帯のウナギが共存するちょうど境目に当たる。太平洋の黒潮流域に面した台湾・宜蘭県の河口には、台湾の約40%のシラスウナギが接岸し、昔からシラスウナギ漁の盛んな地域として広く知られている。
 そうした地域にできた最新鋭の博物館で、ウナギに関する特別展が開催されたことは大変意義深い。およそ半年間(2012年11月27日〜2013年5月5日)続くこの台灣鰻魚展は、ウナギという生き物に対する一般の人びとの理解を深め、現在資源が激減してしまったニホンウナギの保全に大きく貢献するものと期待される。





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図1 蘭陽博物館の特別展示『白金傳奇−台灣鰻魚展』の
ポスター.


図2 展示会場入り口.


図3 15種3亜種のウナギ標本.


図4 シラスウナギ漁に使われる伝統的な漁師小屋.


図5 蘭陽博物館外観.