東京大学総合研究博物館 The University Museum, The University of Tokyo
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東京大学総合研究博物館ニュース ウロボロスVolime17Number4



特別展示
宇宙資源―Pie in the sky

宮本英昭(本館准教授/惑星科学)
清田 馨(本館キュラトリアル・ワーク推進員/地球惑星物質科学)

 1人当たりの国民所得が世界第一位の富豪国「ナウル共和国」(図1)では、所得税を支払う必要は無い。医療費や光熱費、学校教育もすべて無料だし、住民は食事など全て人任せで寝るか遊んでいれば良い。高級車を何台も所有して、パンクしたら車を買い替える。この世界最小の島国では、そんな生活があたりまえだった――20世紀末までは。
 
この豊かな生活を支えていたのは、世界最高品位の天然資源(リン鉱石)。その枯渇と共に(図2)財政は行き詰まり、いまでは世界最貧国家へと転落した。もはや資源もエネルギーも無く、これらを輸入する資金も無い。川も土壌も観光資源も無いこの国には(図3)、インフラすら維持できない厳しい現実がある。こうなることは40年以上も前から、繰り返し指摘されていたのに。
 さて、地球は46億年前に誕生したが、その歴史は生命との複雑な共進化の歴史でもある。その結果として地球には4000種を超える多種多様な鉱物が作られ、この数は太陽系のどんな天体より多い。地球文明はその多様性を利用して築かれており、数億年かかって生みだされた鉱床という名の貯金を、猛烈な勢いで消費している。このまま完全に資源を消費尽くしたら、どうなるだろう。この構造の縮図を我々はナウルに見たのだろうか?
 
現代文明に欠かせない鉄やハイテク産業の米と呼ばれる白金属、さらにはレアアースなど、多くの有用金属は地球の限られた場所に偏在している。酸化物として存在していることが多く、利用できる形に分離するには膨大なエネルギーが必要となる。これは地球環境にとって大きな問題だ。また悪いことに、こうした有用金属の多くは、あと数十年で枯渇すると言われている。
 ところで白金鉱山の鉱石に含まれる平均的な白金含有率と比べて、十倍以上もの白金含有率を誇る岩石があるのをご存知だろうか?さらに、巨大な金属鉄でつくられた岩石があることも(図4)。それは地球外からもたらされた岩石、つまり隕石だ(図5)。白金族を高濃度に含む岩石質の隕石もあれば、金属鉄でつくられた隕石もある。こうした隕石を大量に手に入れることができたら、資源問題など、たちどころに解決するに違いない。
 近年はやぶさ探査機によって、隕石の源は小惑星であることが明らかになった(図6)。それでは小惑星を地球に持ち帰ったら…?たとえば半径1km程度の金属型の小惑星を手に入れれば、産業革命以降の鉄の総生産量に匹敵する金属鉄が得られることになる。さらに人類の歴史で生産した白金の総量の倍の量も一気に手に入れることになるのだ。もっと言うならば、液体炭化水素や固体アンモニアなど、すぐにでもエネルギーとして利用できる揮発性成分は、土星以遠にほぼ無尽蔵に存在している。これらを持ち帰れば、人類が資源の枯渇を気にする必要は無くなるだろう。
 それならば宇宙開発を加速して、資源獲得を目指すべきではなかろうか?そもそも現在の地球は資源枯渇問題だけでなく、人口増による食糧不足やエネルギー不足、環境問題という難問を抱えているのだし、これらは互いに関連するため、総合的に解決するのは極めて困難なのだから。資源を地球外に求めれば、無尽蔵の金属資源とエネルギーが手に入り、しかもその取得に環境負荷を考慮する必要もないならば、上の問題を一気に解決できるではないか!
 しかし残念ながら、それほど単純な話ではない。本当に資源と呼べるほどまで経済性を高めるには、数々の技術的ブレイクスルーが必要となるからだ。たとえば往還コストを現在の1/100以下に抑えない限り、経済的には割が合わない。さらに失敗時のリスクやロケット打ち上げ等の環境負荷も格段に下げる必要がある。きっと100年後や200年後には実現できて、産業革命に匹敵するような大変革をもたらすに違いない。しかし現段階では、こうしたブレイクスルーが容易に生まれる保障は無い。端的にいえば、 いまのところ「宇宙資源」なる考え方は絵に描いた餅だ。英語で言うならば pie in the sky か。
 それでは逆に、地球が抱える困難な状況を引き起こした科学技術など葬り去り、太古の暮らしに戻ればよいのだろうか?残念ながらこのロマンティックなアイディアも、実は絵に描いた餅だ。これまでに与えた環境負荷は大きすぎて、単に生活を変えるだけでは簡単には以前に戻れない。そうするには、既に遅すぎたのだ。また太古の生活様式で地球が支えられる人口は1億人程度。現在の地球人口70億人から、いかにしてその1億人を選ぶのか?
 つまり人類文明は、もはや後戻りできないのだ。人類は英知を結集して地球文明の前に立ちはだかる数々の障壁を乗り越えていくしかない。明るい兆しはある。現実的な新資源の存在(図7)は、人類が技術的成熟度を高めるまでの延命に朗報だ。高効率社会を目指して進む数々の技術革新、新しいエネルギー生産法や循環法、相互に複雑に系が絡み合うシステム科学に関する理解の増進は、持続的な人類文明の構築を加速するだろう。こうした科学技術を適切に使いこなすための社会基盤の整備と充実、教育も含めた知の共有を進める研究も進んでいる。芸術や哲学も含め、総合的に文明を発展させその成熟度を高めていくことこそ、地球文明がナウルと同じ轍を踏まないための鍵なのだろう。

東京大学総合研究博物館特別展示
「宇宙資源―Pie in the sky」
会  期:2013年7月20日(土)〜9月29日(日)
休 館 日:7/22、29、8/5、12、15、16、17、18、19、26、
      9/2、8、9、17、24
開館時間:10:00−17:00(入館は16:30まで)
トークイベント:7/27(土)、8/24(土)、9/14(土)
        各回14:00−(事前申し込み不要)
http://www.um.u-tokyo.ac.jp/exhibition/2013SpaceResources.html






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図1 ナウル共和国は南太平洋のほぼ赤道直下にある
世界最小の島国で、国土面積はたったの約20万平方
キロメートルと港区程度の大きさしかない.



図2 リン鉱石を採掘し尽くしてしまったため、国土
の8割は石灰岩が墓標のように立ち並ぶ不毛な土地
になってしまった.



図3 周囲の海岸はどこもゴツゴツとした石灰岩が
針のように並び、リゾート地として開発するのに 適
した場所ではない.



図4 パラサイトと呼ばれる白金や鉄を多く含む隕石.


図5 ロシア・チェリャビンスクに今年落下が目撃された隕石.


図6 はやぶさ探査機が調査した小惑星「イトカワ」.


図7 太平洋の海底に見つかったレアアース泥
(写真:工学系研究科・加藤泰浩教授提供)..







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