池田 博(本館准教授/植物分類学)
17世紀後半から20世紀初頭にかけて、イギリスを中心としたヨーロッパでは、香辛料や薬用あるいは珍しい観賞用植物など、有用植物を求めて職業的植物採集人が世界中に派遣された。スポンサーになるのは国家の場合もあるし、民間企業やお金持ちの貴族などの場合もあった。彼ら職業的植物採集人は「プラント・ハンター」と呼ばれ、熱帯のジャングル、灼熱の砂漠、あるいは極寒の地に赴き、植物を採集して回った。
日本は中緯度地方に位置し、ヨーロッパと気候が似ていることから、ヨーロッパの庭でも生育可能な日本産の観賞用植物が積極的に導入された。江戸時代にも、ケンペル(Engelbert Kaempfer, 1651−1716)、ツュンベルク (Carl Peter Thunberg, 1743−1828)、シーボルト (Philipp Franz von Siebold, 1796−1866)、フォーチュン (Robert Fortune, 1812−1880)など、鎖国下にもかかわらず、熱心なプラント・ハンターが来日し、数多くの植物がヨーロッパにもたらされた。
「プラント・ハンティング」の気概は現在も残されているようで、イギリス・スコットランドにある王立エジンバラ植物園 (Royal Botanic Garden Edinburgh) では現在、日本産の植物を移入し、「日本の谷 (Japan Valley)」を整備する計画が進められている。エジンバラ植物園には3つの分園があるが、そのうちのひとつ、ベンモア植物園 (Benmore Botanic Garden) の一角にそれはあり、約10年前より少しずつ日本産植物を導入し、整備を進めている。彼らは "Japan Valley" に植えるすべての植物について、安易に業者から入手したり日本の知人を頼って送ってもらったりせず、スタッフを日本に派遣し、野生のものから種子を採集して持ち帰り、播種して育て上げている。筆者も2006年に彼らを案内して西日本の山に採集ツアーに出かけた。
ところで、植物を採集するには、いくつかの方法がある。もっとも単純なものは手で引き抜くことである。地面が固い場合には根掘りを使うし、木の一部を採取する場合には剪定ばさみを使う。ちょっと手の届かない高い枝の採集には、長い柄のついた「高枝切りばさみ」を使うが、それ以上高いところに花や実がついている場合は、指をくわえて眺めるしかないのが通常である。そのような高い木についた花や実を採集するには、1)石や小枝を投げて命中させて落とす、2)木を切り倒す、3)猿を登らせて枝を落とさせる(実際、E. J. H. Corner 博士はシンガポールで猿を使って植物を採集したと伝えられる)、などが考えられるが、もっとも簡単で確実なのは人間が登って採取することである。
今回の採集ツアーの主な目的は、針葉樹の種子を採集することであった。針葉樹は生長すると高さ30 mから40 mに達するものも多く、種子を含む球果(松ぼっくり)は通常は高い枝の先につくことが多い。したがって、良い状態の球果を採集することはなかなか難しく、球果をつけた状態の標本というものはあちこちの標本庫を見ても案外少ない。種子を集めるのであれば、熟して地面に落下した球果を採集すればいいように思うが、球果の種子はネズミやリスの食料でもあることから、採集は早いもの勝ちの競争となり、通常は彼らに敗れることになる。今回来日したイギリス人メンバー4人のうち、2名は木登りを専門とする庭師 (gardener) であった。彼らは木登りのためのロープと専用の道具を準備し、高い木に登り球果を採集した。
来日したのは、エジンバラ植物園から3人 (Peter Baxter, Thomas Christian, William Hinchliffe)、キュー植物園から1人 (Kevin Martin) である(図1)。Peter Baxter さんはベンモア植物園の園長であり、2006年の採集行にも参加している。日程は2013年9月21日から10月6日までの16日間、採集した場所は、大台ヶ原(奈良県)、極楽寺山(広島県)、剣山(徳島県)、および八ヶ岳周辺(山梨県、長野県)であった。それぞれの場所で目的の樹種があれば、球果をつけているかを双眼鏡で確認し、良い状態の球果があった場合、おもむろに道具を取り出して木登りにかかる。まず、やや細いロープの先に小さな鉛製の玉を詰めた袋をつけたものを放り投げ、枝にひっかける。次に細いロープの端に太いロープをつなげ、細いロープを引き寄せて太いロープが枝の基部にかかるようにする。手で投げて届く範囲に適当な枝がない場合は、巨大なパチンコを使い、高くまで袋を飛ばす(図2)。その後ロープと道具を使い、器用に木を登っていく(図3)。簡単そうに見えるが、パチンコで飛ばすにもロープで登るにもかなりの腕力を必要とし、日頃から鍛えていないと難しい。筆者も戯れにパチンコを引っ張ってみたが、十分に引き伸ばすことはできなかった。
木に登った彼らは目的の枝に到達すると、球果の採集と証拠となる標本作りのために球果をつけた枝を採集し、降りてくる。木の梢は枝も細くなり、風が吹くとかなり揺れる。やや高所恐怖症気味の筆者などは見ているだけで血の気が引く思いがするのだが、彼らに聞くと、大変気持ちいいとのこと。木のてっぺんで周りを見回すのは爽快だと言っていた(図4)。さすがプロフェッショナルと頭の下がる思いであった。
ほぼ2週間の調査行で採集したものは、コウヤマキ [Sciadopitys verticillata (Thunb.) Siebold et Zucc.]、モミ [Abies firma Siebold et Zucc.]、ウラジロモミ [A. homolepis Siebold et Zucc.]、シラベ [A. veitchii Lindl. var. veitchii]、シコクシラベ [A. veitchii var. reflexa (Nakai) Kusaka]、ツガ [Tsuga sieboldii Carrire]、コメツガ [T. diversifolia (Maxim.) Masters]、トガサワラ [Pseudotsuga japonica (Shirasawa) Beissner]、ハリモミ [Picea polita (Siebold et Zucc.) Carrire]、トウヒ [P. jezoensis (Siebold et Zucc.) Carrire var. hondoensis (Meyr) Rehder]、ヤツガタケトウヒ [P. koyamae Shirasawa]、ヒメバラモミ [P. maximowiczii Regel]、ゴヨウマツ [Pinus parviflora Siebold et Zucc.]、カラマツ [Larix kaempferi (Lamb.) Carrire]、ネズミサシ [Juniperus rigida Siebold et Zucc.]、ヒノキ [Chamaecyparis obtusa (Siebold et Zucc.) Endl.]、サワラ [C. pisifera (Siebold et Zucc.) Endl. ] と多岐にわたり、同所的に生えていた他の木本植物についても数多くのサンプルが収集された。採集した球果や果実は紙や布の袋に入れ、実をつけた枝は証 拠標本として新聞紙にはさみ、乾燥させた。我々も千載一遇のチャンスと、球果をつけた枝を「お裾分け」してもらい、乾燥標本を作ると同時に、せっかくの標本なのでアルコールの液浸標本とした(図5)。それら標本は学術的研究のみならず、モバイルミュージアムなどの展示にも活用できると考えている。
このようにして採集された球果はイギリスに持ち帰られ、中から取り出された種子は植物園に播かれ、うまく発芽したものは“Japan Valley” で育ち、異国の地で大きくなっていくことになる。筆者は2010年にベンモア植物園を訪れ、造成中の “Japan Valley”を歩いた。植えられた木々はまだ背丈は低く、まばらに生育している状態であったが、30年後、50年後には立派な日本の森林ができあがっていることと思う。それを思うと、遠き慮りをもって計画・実行できる彼の地の懐の深さを感じるところである。50年後は無理だが、30年後くらいに日本発の種子から大きく育った森を見に再訪したいと思っている。
今回の調査に際しては、多くの方にご協力いただきました。茨木靖(徳島県立博物館)、内田慎治(広島大学)、勝木俊雄(森林総合研究所)、高橋晃(兵庫県立人と自然の博物館)、高山浩司(東京大学)、永益英敏(京都大学)、藤井伸二(人間環境大学)、山本伸子(岡山理科大学)の各位には採集許可、現地調査の案内等ご協力をいただきました。また、各採集地での採取に関しては、関係機関のご協力と許可をいただきました。ここに記して感謝いたします。この研究の一部は、JSPS科研費 25440203の助成を受けたものである。