洪 恒夫(本館特任教授/展示デザイン)
黒木真理(本館特任研究員/魚類生態学)
本館ではミュージアムの実践的研究の一環として、標本、展覧会コンテンツ、ミュージアム整備・運営の経験・スキル等のリソースを館外に持ち出すモバイルミュージアム活動を推進している。
モバイルミュージアムとしては、新日鉄興和不動産の支援・協力によって実現したオフィスフロアに小型の展示ケースを設えて本館が収蔵する学術標本を提供する小規模のもの、また、本館で開催した展覧会を小学校の一教室の規模に加工して学校に提供する「スクールモバイルミュージアム」、さらには、今春、東京駅前にオープンした「JPタワー学術文化総合ミュージアム―インターメディアテク」のように、ビル内の床を預かり、本格的なミュージアム事業を繰り広げるもの等、多様な規模・タイプのものを展開している。
ここで紹介するのは、宮崎県美郷町において廃校になった小学校に設置される鰻の研究施設に付帯する展示として、2011年に本館で開催した特別展「鰻博覧会」(図1)のコンテンツの一部を常設展示に仕立てて設置する実験的プロジェクトである。
鰻の養殖が盛んな宮崎に河川環境の保全に取り組むNPO法人が、国際的なウナギ研究所を設置するという発案が発端となりプロジェクトが始動。そこから学術研究施設にとどまらず、地域の子どもたちに、学術に接し、学習する機会を提供するための鰻の展示室を導入、さらには、大学博物館のアウトリーチ活動として、前述の「スクールモバイルミュージアム」として、すでに小学校3校の教室での実施実績を持つ「火星展」も設置するという運びとなり、博物館併設へと繋がった。
「ウナギ展」は2つの教室に設えた(図2)。ひとつめの教室は、ウナギの生活史、回遊生態、起源と進化を学ぶコンテンツである。その中には、東京大学で行われているウナギ産卵場調査の歴史、2009年世界で初めて発見されたウナギ卵の標本、パラオの海底洞窟で見つかったウナギの祖先、ムカシウナギの動画など、ウナギのフィールド科学研究のフロンティアが随所に組み込まれている(図3)。豊富な標本を通じて、海と川をダイナミックに回遊するメカニズムや最近の分子系統解析から明らかになったウナギ深海起源説について理解できるようになっている。
続く教室には、中央の床に世界のウナギの地理分布が美しいグラフィックで描かれており、その地図の周囲を16個の大型水槽がぐるりと囲んでいる。世界地図と対応しながらさまざまな種類のウナギが泳ぐ姿を観察することができる仕組みとなっている。そして、この教室の黒板と壁には、ウナギの資源と宮崎県の人々との関わりが説明されている。養鰻業の盛んな宮崎ではウナギの保全活動も積極的に行われているが、このモバイルミュージアムを通じて、地元の方々がさらにウナギとその生息場所である河川環境の保全と向き合っていただければ、と考えている。
本プロジェクトが特徴的なのは、美郷町、宮崎県(行政)と、東京大学、東京大学総合研究博物館(学術研究機関)、さらには、鰻の養殖・流通・加工・販売を行う企業がサポートするNPO法人が関わる、という産官学協働で展開する地域連携型の博物館事業であることである。本館は、企画の支援、具現化の牽引、コンテンツの提供を行った。
本施設は2013年10月21日に開館を迎えた。モバイルミュージアムの舞台となっている旧渡川小学校の講堂において開館式典が執り行われ、事業スキムを象徴する形で宮崎県知事をはじめとした県、市、美郷町の関係の方々が参列した盛況なものとなった。美郷町長に続き、連携事業の一角を担うNPO法人の理事長、本館西野嘉章館長の挨拶が行われ、国際ウナギLABOの所長に就任した塚本勝巳日大教授、本館洪恒夫特任教授の特別講義が行われた。
また、併設されたスクールモバイルミュージアム「火星展」の内容に関連し、本館宮本英昭准教授による地元小中学生へのレクチャーも開催され(図4)、その後参加した地元学生たちの、ミュージアムに姿を変えた教室での展示見学では、標本や剥製などの展示物を食い入るように観賞していた(図5)。
東京大学モバイルミュージアムinみやざきは、土・日・祝日に無料で一般に向けた公開が始まっており、新しいモバイルミュージアムとしての効果が期待される。