東京大学総合研究博物館 The University Museum, The University of Tokyo
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東京大学総合研究博物館ニュース ウロボロスVolime19Number1



研究部紹介
東京大学総合研究博物館タンデム加速器分析室

松崎浩之(本館タンデム加速器分析室教授/ 加速器質量分析・同位体地球化学)

Introduction
 平成26(2014)年4月1日、総合研究博物館研究部に、新たに「タンデム加速器分析室」が発足しました。タンデム加速器分析室は、研究の世界では、MALT(Micro Analysis Laboratory, Tandem accelerator)の名前で知られている研究施設(図1)であり、最大発生電圧5MV(メガボルト)のタンデム型静電加速器を利用した各種微量分析システムが開発・整備されています。MALTではこの加速器設備を、「共同利用」に供し、東京大学のみならず、全国の大学・研究機関に開放しています。
 
 これまで大学院工学系研究科に属していましたが、今年度より総合研究博物館に移管されました。ここでは、MALTがどのような施設かを紹介し、今後の発展の方向を展望してみたいと思います。

History
 MALTの沿革について紹介します。平成3年から5年(1991年から1993年)にかけて、旧東芝製タンデム加速器(4MV)を更新し、米国NEC社ペレトロン5UDタンデム加速器が導入されました。施設更新に伴い、原子力研究総合センターに「タンデム加速器研究部門」を新設したのがMALTの始まりです。1年の整備期間をおいて、平成7(1995)年より学内共同利用を開始しました。このときは、学内共同利用施設として、原則的には東京大学内でのみの共同利用を行っていました。平成17(2005)年、原子力研究総合センターを改組し、工学系研究科原子力国際専攻を新設したことに伴い、タンデム加速器の運営が原子力国際専攻に引き継がれました。そして今年平成26(2014)年に総合研究博物館に移管されました。設立よりの加速器運転時間は90,000時間を越え、行われた共同利用研究課題は300を越えています。現在では、東大以外の利用者にも広く門戸を開いています。国内だけでなく、海外からの利用もあります。

Spec
 装置の概要について簡単に説明します(図2)。設備の中心をなすのは、タンデム型静電加速器(略してタンデム加速器)です。静電加速器は、20世紀半ばまでは、第一線の原子核物理学のための実験装置として用いられてきましたが、物理学の発展とともに、より高エネルギーへの加速が求められ、利用は限定的になってきました。一方で、その安定した発生電圧や、大電流の直流イオンビームを発生する事ができるなどの性質を生かし、高感度な分析装置としての利用が盛んになってきました。MALT加速器も高感度な分析システム、特に加速器質量分析(Accelerator Mass Spectrometry = AMS)に有利な設計が多く取り込まれています。同位体比を測定するための、マルチファラデーカップ(Multi Faraday Cups)や、異なる質量数のイオンを交互に加速器に入射することのできる、逐次入射装置(Sequential injection system)などです。また、加速器の昇圧方式は、ペレットチェーンシステムを採用し、GVMフィードバック制御等により、発生電圧が極めて安定しているのも特徴です。これらの利点を生かし、10Be、14C、26Al、36Cl、129I などの複数の極微量核種のためのAMSをはじめとして、材料表面近傍の水素濃度を高感度に測定できる核反応分析システム(Nuclear Reaction Analysis)や、材料中に存在する他元素を一度に測定する事のできる粒子線誘起X線分析(Particle Induced X-ray Emission = PIXE)法などが開発・整備されています。5つもの複数核種を行うことのできるAMS施設は、国内では唯一、また世界でも希有な存在です。さらに、MALTのNRAシステムは世界でも最も優れた性能を持つものとなっており、半導体メーカーからの利用なども多いです。

Application
 MALTを利用して行われた研究プロジェクトをいくつかご紹介しましょう。AMSの応用研究としては、何と言っても放射性炭素(14C)を利用した研究が多いです。放射性炭素年代測定の世界では、AMSは、その感度・精度の高さから放射線計測法に取って代わり、現在では標準的な測定方法になったといって良いでしょう。MALTでも、東京大学放射性炭素年代測定装置委員会(現在の総合研究博物館研究年代測定室)の試料の年代測定に貢献してきました。また、平成15(2003)年から数年にわたって、国立歴史民俗博物館の、日本の縄文時代-弥生時代の移り変わりの年代を見直すプロジェクトに参加し、1000試料以上の土器の年代測定を行い、大きく貢献しました。
 また、別の大型研究プロジェクトとして、平成16(2004)年から平成24(2012)年まで続いた、南極氷床コア中の宇宙線生成核種(10Be、26Al、36Cl)の分析が挙げられます。これは、東大MALTを中心とした、国立極地研究所、筑波大学、弘前大学、学習院大学などが参加した大学・研究機関間の共同プロジェクトとして進められました。国立極地研究所は平成18(2006)年に、南極ドームふじという場所で、長さ3,033 mにわたる氷床コアの掘削に成功しました。このコアは、年代にして72万年という長期間をカバーする事が分かっています。大気中で生成した宇宙線生成核種は、雪とともに、年々氷床中に降り積もって行くので、氷床コアを分析する事によって、過去の宇宙線生成核種の生成量の変動を調べる事ができます。宇宙線生成核種の生成量は、太陽活動や、地磁気の活動など、気候や環境に大きな影響を与える要因によって変動しますので、その記録を読み解く事によって、過去の気候や環境変動を調べました。
 近年では、129Iの分析により大きな成果が上がっています。地下空間にはメタンハイドレートや天然ガスなどの巨大な炭素リザーバーがあることが分かっています。最近では日本近海でもメタンハイドレートが発見され、次世代エネルギー源となり得る可能性もあることから話題となっています。しかしメタンハイドレートや天然ガス(もっというと石油も含めて)の成因はよく分かっていません。面白い事に、このような巨大な炭素リザーバー近辺にはヨウ素が濃縮している事が知られています。このことから、ハイドレートや天然ガスの生成とヨウ素の濃縮過程には何らかの関係があることが予想されます。ヨウ素は安定同位体127Iの他に長半減期同位体129I(半減期1570万年)があり、この同位体システムを年代測定に応用できないか、と考えたのがこの研究を始めたもともとのきっかけでした。この研究では、129I/127I 比が10-13乗台になるため、加速器質量分析でないと測定できません。年代測定の可能性を探るために、天然の平衡同位体比がどうなっているか、などの研究を行いました。
 2011年3月に起こった東日本大震災では、福島第一原子力発電所事故が引き起こされ、大量の放射性核種が環境中に漏洩しました。その中で、事故当時は放射能が高いけれど、半減期が短いため、現在では測定する事のできない131I(半減期8.02日)という核種があります。ヨウ素は体内に取り込まれると、甲状腺に濃縮するため、事故直後に高い放射能を持っていた131Iを取り込むと、甲状腺が被ばくし、甲状腺がんを引き起こす可能性があります。このことは、チェルノブイリ原発事故後の調査で強く認識されたことです。福島原発事故の場合も、今後の疫学的研究のためにも、事故当時の131Iによる汚染状況を詳しく調べる必要があります。そこで、私たちは、同位体であり、かつ原発炉内で131Iとともに生成する129Iを分析しました。129Iは化学的性質が同じである131Iと同じ分布を示し、かつ、半減期が長いため、環境中にとどまり続けます。したがって129Iの分析を通して、131Iの汚染状況マップを復元することに成功しました。
 ここに挙げた研究例は、MALTで行われている研究のほんの一部です。実際には、様々な分野での研究が行われています(図3)。

Future
 総合研究博物館では、来年早々に、年代測定室に、放射性炭素(14C)専用のAMS装置が導入される事が決まっています。サイズは小さい(発生電圧は500kV)ですが、装置の構成は、MALTと相似形ですし、要素技術は共通のものが多いです。今後は、2台の加速器を効率的に利用し、ますますAMSを利用した研究各分野が発展するよう、協力体制を築いていくことになります。
 
 最後に、MALTが総合研究博物館に配された意味を考えてみます。博物学という分野は、私自身は正直いって不案内ですが、きっと万物に学ぶ、という姿勢が根底にあると思います。自然博物学では、自然界の様々な事物の有り様を素直に観察し、そこから多くの知恵を学ぶのでしょう。これは、自然科学の原型であるといえます。一方でMALTは、究極のハイテクで物質中の極微量の元素や同位体を検出します。分析感度を極限まで上げて行くと、どんな物質の中にも、あらゆる元素・同位体が存在していると考えられます。それらの微量成分は、その物質が経験した様々な地球化学的プロセスの記録です。MALTの研究の根幹は、このような痕跡的な記録を素直に分析する事によって、自然界の歴史を読み解き、学ぶことだと思っています。そこには博物学と通底する原理があると思います。








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図1 MALT外観.


図2 MALT施設概要.

図3 MALTを利用した研究分野の拡がり.