研究紹介
先史時代の狩猟具研究
佐野勝宏(本館特任助教/先史考古学)
近年、考古学における先史時代の狩猟具研究が盛んである。狩猟具先端部に利用される石製の尖頭器は、その時々のスタイルを強く反映するため、考古文化の編年・分布論研究の素材として、旧石器考古学研究の分析対象の中心であり続けた。しかし、編年・分布論研究中心の時代から、先史時代狩猟採集民の生業復元へと関心が移行し、更に研究の多様化が進むと、狩猟具研究は旧石器考古学における多様な分析対象の1つに過ぎなくなる。ところが、この数年程で狩猟具研究は再び注目を集め始め、国際誌でも頻繁に議論されるに至った。
現代人的行動研究の流行
きっかけは、2006〜2011年の間に発表されたジョン・シェイの一連の研究成果に端を発するが、その背景はもう少し遡る。
先行人類には見られず、ホモ・サピエンスにのみ観察される行動を、考古・人類学の分野では、現代人的行動と呼ぶ。2000年、サリー・マクブレアティとアリソン・ブルックスは、アフリカ全土の考古記録を精査し、ホモ・サピエンス出現と共に現れる考古文化をリスト化した。その結果、現代人的行動は、従来指摘されていた5万年前よりも遙か以前から段階的に現れることを指摘した。
この研究に触発され、抽象的思考を示唆する装飾品やシンボル表現(線刻等)、計画能力の高さを示唆する石材の長距離移動、創造性や技術力の高さをうかがわせる新しい考古遺物の開発(磨製骨角器、細石器、押圧剥離による精巧な尖頭器等)が、いつどこで出現し、どのように拡散していくのかに関する研究が、これまでより一層盛んに行われるようになった。
現代人的行動の出現は、ネアンデルタールとの相違を明らかにする上で、特に盛んに議論された。まだ、ゲノム研究でネアンデルタールとホモ・サピエンスの交雑が否定されていた2010年以前、両者の生得的な認知能力差が強調されることが多かった。出アフリカを果たしたホモ・サピエンスは、およそ4.5〜4.0万年前に、ネアンデルタールのいるヨーロッパに拡散してきたと考えられており、多くの学者は、現代人的行動の有無がネアンデルタールとホモ・サピエンスの命運を分け、前者は絶滅し、後者は世界中への拡散を果たしたと考えていた。
複合的投射技術の出現
そんな中、ニューヨーク州立大学ストーニーブルック校のジョン・シェイは、遠隔射撃を可能にした投槍器や弓矢技術の出現に注目した。
彼は、投槍器や弓を用いた投射技術を複合的投射技術(complex projectile technology)と呼び、安全な距離から速い投射速度で獲物に致命的な傷を負わすことの出来る画期的な狩猟技術と考えた。そして、複合的投射技術の導入により、大型動物狩猟時おける失敗や負傷のリスクが軽減され、更には大型から小型獣、陸上から水生動物や鳥類の狩猟も可能になったと、そのメリットを挙げている。
投槍器や弓の考古学的証拠は、前者は後期旧石器時代中葉のフランス・コンブ=サニエール遺跡から出土した2.35〜2.1万年前の投槍器断片が最古で、後者は中石器時代のデンマーク・ホルメガード遺跡から出土した9千年前の弓が現存する最古の資料となる。しかし、有機質資料は埋没過程で消失しやすいため、実際の起源が更に遡る可能性は多分にある。
シェイは、埋没過程で消失しにくい石器を対象とし、投槍器で投射されたダートや弓で投射された鏃を形態測定学的分析によって同定する研究を行った。ダートや弓を識別する指標として、北米民族資料のダートや鏃の横断面面積(tip cross-sectional area: TCSA)と横断面外周(tip cross-sectional perimeter: TCSP)を使用した。これは、TCSAやTCSPはダートや鏃との相関が強く、突き槍や投げ槍の槍先から識別する指標として有効であるという先行研究を受けてのことである。
シェイは、槍先として使用されたと考えられる尖頭器を対象とし、アフリカ、レヴァント、ヨーロッパで出土した尖頭器のTCSA・TCSP分析を同僚と共に進め、その結果を2006年から2011年にかけて立て続けに発表した。
分析の結果、アフリカではホモ・サピエンスが出アフリカを果たす直前の7〜6万年前の尖頭器の一部に北米民族ダートのTCSP値と有意差の無い資料が現れ、レヴァントやヨーロッパでは、ホモ・サピエンスが拡散してくる5〜4万年前以降に北米民族資料ダートのTCSA値やTCSP値と有意差の無い尖頭器が出現することが確認された。
この結果は、ホモ・サピエンスは、世界各地に拡散する直前にアフリカで投槍器を開発し、投槍器を携えてレヴァントやヨーロッパに拡散したとことを示唆している。シェイ等はこの結果を受け、投槍器猟を身につけたホモ・サピエンスは、ネアンデルタールを初めとする拡散先の先行人類との生存競争に勝利し、世界各地への拡散に成功したと結論づけた。
狩猟具研究への再注目
シェイの研究成果は、白熱した議論がなされてきた人類の交替劇のシナリオに新しい仮説を投じた点で大きな注目を集めた。また、彼が採用したTCSA・TCSP分析は簡易であるため、他の遺跡で直ぐに実践でき、そのため各地で同様の手法による分析が試みられた。そして、先に触れたここ数年の狩猟具研究の再注目へと至ったのである。かつての狩猟具分析が、編年・分布論研究の素材として行われていたのに対し、近年の狩猟具分析は、人類の進化研究に関連づけられる点に特徴がある。
多くの研究は、ネアンデルタールを初めとする先行人類が残した尖頭器やアフリカの古い段階のホモ・サピエンスが残した尖頭器が、手突き槍や手投げ槍用であったのか、投槍器や弓で投射されていたのかを検討するものである。今のところ、ネアンデルタールの槍は、手突きや手投げ用であったとする報告が多い。
ただし、TCSA・TCSP分析には、幾つかの点で問題がある。特に注意しなくてはいけないのは、この手法はあくまで狩猟具先端部として使われた場合の形態的特性を示すものであり、実際に狩猟具として使われたことは保証しない点である。TCSA・TCSP分析には、槍先としての機能が想定される尖頭器が主な対象となる。しかし、尖頭器の使用痕分析を行うと、実際にはナイフとして使用されたことを示す痕跡が観察されることが少なからずある。すなわち、考古学者が形態的特徴から類推した機能は必ずしも当たらないため、TCSA・TCSP分析に選出した資料の多くが、実際には加工具である可能性を排除できないのである。
一方、投射実験によって観察された衝撃痕跡のパターンと投射方法との相関から、過去の狩猟具の投射方法を復元しようとする試みが、私を含めた一部の研究者で行われている(図1)。狩猟具先端部の石器には、マクロレベルで観察される衝撃剥離(図2)やミクロレベルの微細な線状痕が獲物との衝撃によって形成される。これらの衝撃痕跡の発生頻度や大きさは、衝撃エネルギーと相関があるであろうという仮定から開始された実験である。投槍器や弓を用いた狩猟は、手突きや手投げよりも投射速度が速いため、当然より多くの、より大きな衝撃痕跡が形成されるはずである。
ドイツで学位論文を提出した後、ポスドク研究として本投射実験を着想したため、当初はネアンデルタールとホモ・サピエンスの石器の比較研究を構想していた。しかし、急遽日本に帰国することとなったため、対象資料を東アジアに変更した。帰国した2010年以降投射実験を開始し、衝撃痕跡パターンと衝撃速度の良好な相関を確認することが出来た。
しかし、実際に考古資料から投槍器や弓で投射された石器を同定するとなると、事はそう単純ではない。投射実験では、多様な衝撃剥離が形成されるが、その中には石器製作時の偶発的な割れ、他の使用行為で形成される剥離、埋没過程での欠損等と識別できない非指標的な衝撃剥離が含まれる。更に、認識可能な痕跡を全く残さない場合もある。考古資料の中で狩猟具先端部として使われた石器を同定する場合は、狩猟時にのみ排他的に発生する指標的衝撃剥離があることを条件とするため、実際には狩猟具として使われた可能性のある多くの資料が分析対象から外れてしまう。
衝撃痕跡のパターンによって投射方法を同定する試みは、指標的な衝撃痕跡の同定により、実際に狩猟具として使用された可能性が高い資料のみを対象とするメリットがある。一方、分析に時間がかかる上、多くの潜在的狩猟具が分析対象から外れるため、統計的解析をするだけの数量を確保することが難しい。その点、TCSA・TCSP分析は、時間がかからない分、統計的に評価するのに必要な数を容易に分析できる。使用痕分析によって、一定数の資料が狩猟具先端部として使われていることが確認できた石器タイプに関しては、TCSA・TCSP分析で投射方法に関する潜在的可能性を把握しておくことが有効だろうと考えている。
このように、最近の狩猟具研究への再注目を見てくると、私も流行に乗った1人であるかのように写ってしまうかもしれない。狩猟具研究の流行が来る前、狩猟時にのみ排他的に発生する指標的衝撃剥離を把握するため、地味な石器製作実験や踏み付け実験を、当時通っていたドイツの研究所がある山中で行っていたことを一応追記しておきたい。
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図1 速度をコントロールできるドイツ製の
改良ボウガン.
図2 投射実験直後の衝撃剥離で欠損した尖頭器.