東京大学総合研究博物館 The University Museum, The University of Tokyo
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東京大学総合研究博物館ニュース ウロボロスVolime21Number1



本館常設展
「UMUTオープンラボ」、研究現場展示の新たな挑戦

諏訪 元(本館教授/自然人類学・古人類学)

 この度、本館の展示場を大幅に改装し、展示リニューアルすることとなった。通常の博物館展示と異なり、我々の研究の現場そのものの一部を展示場に実際に移設してしまう。そうした上で、しかも全体としての展覧機能は向上してみせる。一方、研究の現場を観覧の場に移しながらも、研究機能は劣化することなく、国内外最高水準の研究を維持する。果たしてそんな虫のいいことが可能なのか? 「UMUTオープンラボ」はそうした挑戦なのかもしれない。
 博物館研究というと「古い」研究、懐古的な研究を連想することが多いかもしれない。しかし、我々は分野ごとに最先端の研究と、それに基づいた博物館活動を目指している。「モノ」を扱う研究は、テクノロジーの進展と共に方法論的更新を重ね、様々に躍進してきた。今も今後もそうである。一方、学術標本といった「モノ」が中核となる研究領域の場合は、過去の膨大な研究成果の蓄積と、現在の最先端の研究が、綿密に絡み合っている。そうした継承と継続を日常的に確認しながら、新たな仮説構築と仮説検証にチャレンジしている。また、博物館研究の最大の醍醐味は、新たな標本体、もしくは標本コレクション群との出会いである。なぜならば、自然界(文化現象をも含む広い意味で)に存在する、マクロレベルで認知できる様々な「学術標本」には、未知なる事象が未だ多く内在する。それに如何に気づき、その面白さを如何に引き出すのか、それが我々研究者の腕の見せどころである。
 今回の展示場リニューアルでは、そうした学術標本の世界を「macrosphere」と呼ぶこととした。学術標本から得られる様々なインスピレーションを、回廊状に展覧してみた。先ずは、入口部に巨大なガラス箱の「コレクションボックス」を置き、学術標本の多様性と歴史性を感じ取っていただく。そして、展覧のバックボーン、30メーター一直線の「標本回廊、太陽系から人類、そして文明へ」へと続く。この回廊展示は、地球史から人類の起源と文明の出現までをつづり、他の展示室へと枝分かれし、2階展示場まで続く(図1)。
 こうした回廊状の展示構成の中に、標本活動の根幹を担う研究現場を部屋単位で展覧する。先ずは「学問の継承」、過去から未来への連綿の継承行為として、国内外でもユニークな研究現場を見せる。ここではタイプ標本など出版物に掲載された標本体が、論文ごとに整然と整理登録されている。この登録システムはユニークであり、研究検証を効率化している。次には、標本収集と活動の現場を見せる、「モノの文化史」、「エクスペディション」、そして「無限の遺体」である。「モノの文化史」と「エクスペディション」では、先史考古と人類学、地理学関連の調査と標本収集を垣間見ることができる。「無限の遺体」では、大型動物標本の収集と研究の現場をまさにリアルタイムで観覧できる。
 展示場をさらに奥に進むと、標本分析の研究現場に到る。放射性炭素年代測定室は長年独立した全学組織であったが、2010年に当館配属となった。それを受け、新たにAMS装置を導入し、2015年度から稼働し始めた。学術標本のこの分析研究の現場を「chronosphere」と呼ぶこととした。標本に内在する様々な情報を、分析技術を駆使して抽出するには、日進月歩の進展がある。AMS装置の導入は、共同利用研究のニーズに答えることを先ずは優先し、その上で展示デザインとの調和をも含めて購入と設置を進めた。ここでは、リアルタイムで、年代測定のみならず、各資料体の同位体組成分析が実施されている。放射性炭素年代測定の歴史は1950年代まで遡るが、その精度向上及びデータ処理と解釈の緻密化には目覚ましい進展が今まさに進行中である。
 博物館は様々な機能を有するが、中でも最大の魅力は、集まってくる学術標本を媒体とした知の体験の場としての機能だろう。学術標本を扱った研究現場では、新たな知の体験は、実は日常的に起こっているのである。通常はそうした事象を蓄積し、整理整頓して展示する。しかし、知の体験の醍醐味は、リアルタイムでこそ味わえる側面がある。本展示は、連綿と継続してきたそうした「知の探究」の一端を、過去から未来をつなぐ形で示す試みである。

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図1 「標本回廊―太陽系から人類,そして文明へ」
を構成する標本の一部.