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東京大学総合研究博物館ニュース ウロボロスVolime21Number2



記録映画上映
蘇る戦後風景― 記録映画上映「日本再発見」を振り返る

大澤 啓(本館インターメディアテク寄付研究 部門特任研究員/美学・美術史学)

 2013年11月からインターメディアテクの階段教室にて定期的に開催された記録映画上映シリーズ「日本再発見」は、昨年11月18日、75人の来場者を迎えた最終回をもって、終了した。
 34回に亘った本上映シリーズでは、半世紀以上前の記録映画を通して、戦後日本社会の実像を再検証してきた。そのなかで、もっとも相応しいリソースとして、1961年から日本教育テレビで放送された、各都道府県を紹介する教育番組「日本発見」を選び、同時代の記録映画と組み合わせて各回のプログラムを構成した。
 岩波映画製作所の制作による本番組は、53作品を含む。高度成長期の最中に制作されたため、シリーズ全体を構成するメインテーマは日本社会を激変させた近代化であり、その動きが各地の自然風景に及ぼす影響も細かく記録されている。富士製鐵株式會社が提供元であったことから、語り口は肯定的であり、各都道府県の資源に注目し、工業の発展、農業の機械化、そして埋め立て地を中心とする大規模都市計画が次々と紹介される。
 ところが、シリーズ中のどの映画を観ても、「発展と成長」という紋切り型のストーリーラインの背景に、日本人が当時抱えていた問題が明確に現れる。その点では、この記録映画シリーズは教育番組としての役割を十分に果たしている。人間の水や山に対する立場が本質的に問われ、未だに日本社会を分断する米の政策もすでに論じられている。その根底には、「本土/周辺」「都市/郊外」という対立や、文化及び観光政策をめぐる新旧論争など、コミュニティの形成を決定づける文明的次元がある。
 近代化という名目で再構築された社会は、多くの伝統的な芸能や生活様式を失った。それらを映像に留めることが記録映画の最も重要な役割である。「日本発見」シリーズの各作品と併せて上映した映画の中で、民俗学的資料を再発見した。民俗学者の池田彌三郎がナレーションを担当した長野重一監督の「津軽のいたこ」(1959年)、昭和30年代の工芸のあり方を網羅した藤江孝監督の「伝統に生きる町―金沢」(1959年)、伝統工芸の制作過程を記録した土本典昭監督の「博多人形」(1959年)はそれぞれ貴重な民俗学的資料として見直すべきである。同時に、農民や漁民の副業として普及した、無名の生産者による手仕事が生んだ見事な工芸品が多くの記録映画で紹介され、歴史学のみならず現代デザインにおいても重要な情報源となる。
 注目すべきことは、この記録映画の多くを撮っていたのが、後にインディペンデント映画の巨人となる、岩波映画製作所の若手スタッフであったことである。羽仁進が制作に関わり、吉原順平が脚本を担当し、土本典昭、黒木和雄、長野重一らが監督を務めた映画では、各都道府県の特徴を単純に紹介しているのにも関わらず、大胆なカメラワークや新しい編集方法が目立つ。音楽はもっぱら最新のジャズ、もしくは実験的な効果音である。ここまで内容と様式のズレが生じたのも、時代の象徴であろう。
 47都道府県を紹介するために、53もの映画が制作されているのは、行政区分を越境して「東京湾」「淀川」「瀬戸内海」を個別に紹介しているだけではなく、「東京都」「群馬県」「神奈川県」各編を巡って政策方針に関する問題が発生し、それぞれに対し二つのヴァージョンが存在するからである。特に、オリンピック直前の1963年に撮影された土本典昭監督の「東京都(1)」編は、首都が急成長する中、都市空間の整備を促す公式な報道に対し、消費社会の熱狂を支えている舞台裏の人物に注目し、大都会における人間の暮らしを主張したため、お蔵入りとなった。この作品を巡る、「満員都市・東京」の描き方、そして自己検閲の問題は極めて今日的である。
 なお、技術的な側面においても、本上映シリーズに興味深い成果があった。「日本発見」シリーズの「奈良県」編と組み合わせて上映した羽仁進監督の「法隆寺」(1958年)は、35ミリフィルムで撮影された。今回、フィルムを2K及び4K高解像度デジタル化することによって、撮影当時からフィルムには収められていたのにも関わらず、フィルムと映写機の技術的限界により、これまで上映画面に映らなかったディテールが、初めて可視化された。美術史学者ダニエル・アラスが名著『ディテール―近寄ってみる絵画史のために』(フラマリオン出版、パリ、1992年)で、西洋絵画史におけるディテールの重要性を主張したように、記録映画においても、最新技術によって初めて現れた古いフィルムの可能性が、映画史の方法論自体を変えることに違いない。
 この上映シリーズは、学内外からの協力を得て実現した。フィルムの保存と再活用に専念し、共催者として本企画の構想段階から映画のデジタル化を含む技術的な側面までご支援いただいた一般社団法人記録映画保存センター、とりわけ山内隆治氏、そしてご協力いただいた東京大学大学院情報学環吉見研究室に御礼申し上げたい。
 「日本再発見」は終了したが、インターメディアテクの記録映画上映シリーズ「映像の考古学」は今後も続く。今年も博物館のイベント・スケジュールをご確認いただきたい。

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「東京」(1)タイトルシーン
1962年/29分/16mmをデジタル化/白黒/
岩波映画製作所/
制作:高村 武次/監督:土本 典昭/
脚本:吉原 順平/撮影:奥村 祐治
提供:一般社団法人記録映画保存センター