小石川分館特別展示
『工学主義‐田中林太郎・不二・儀一の仕事』ができるまで
―2016年度小石川分館学生ヴォランティア活動報告―
垣中健志(小石川分館学生ヴォランティア/
人文社会系研究科日本文化研究専攻博士課程)
永井慧彦(小石川分館特任研究員)
東京大学総合研究博物館小石川分館がリニューアルオープンして4年目となる2016年、学生ヴォランティア活動の幅を広げてはどうかという提案が、4月のヴォランティアオリエンテーションにて教員側から示された。これまで学生ヴォランティアは、展示解説や夏休みの小学生親子を対象としたワークショップ(Ouroboros Vol.19 No.2、Vol.20 No.2参照)などを重ねてきたが、提案を受けて今年度は企画展示に挑戦しようという声が上がった。展示品は小石川分館が所蔵する田中儀一旧蔵品である。それらを現在管理・担当し、インターメディアテクでの展示にも関わってきた寺田鮎美先生に監修していただけることとなり、学生ヴォランティアは企画段階から特別展示に参加することになった。本展示の限られた制作時間の中で学生ヴォランティアの果たした役割は大きかったと自負している。本稿では学生ヴォランティアと、それを直接サポートした小石川分館スタッフの視点から、小石川分館特別展示『工学主義‐田中林太郎・不二・儀一の仕事』(以下『工学主義』展と記す)が完成するまでの様子を振り返りたい。
田中儀一旧蔵品の資料整理
特別展示の公開に向けて、小石川分館に収蔵されている田中儀一旧蔵品の再確認と、企画の立案が並行して進められた。学生ヴォランティアは、資料全体の確認・撮影・複写・目録整理・展示設営作業に関わった。最初の仕事は、寺田先生の指導の下、2016年5月から田中儀一旧蔵品の資料整理を開始し、それらの写真撮影・採寸を行い、目録を作成することであった。
さて田中儀一旧蔵品は、林太郎・不二・儀一の3代にわたる資料群であり、各人の仕事や日常生活の一端を垣間見ることができる資料が含まれている。林太郎や不二の辞令や勲記といった史料からは、彼らの経歴を知ることができる。不二の著書に使用された自筆の図版や、儀一の議事堂装飾のデザイン画や図面からは、彼らの仕事ぶりの一端が伺われる。林太郎や不二の日記、メモ帳、田中家3代にわたる手紙の数々からは、林太郎・不二・儀一をとりまく家族や友人関係が色濃く浮かび上がる。他にも鉱物や植物標本、陶磁器、記念品、田中家の祖先や親戚に関わる資料、彼らが収集した書籍など、多種多様な資料が残されている。
このように、田中儀一旧蔵品は非常に魅力的な内容の資料群であるが、裏を返せば資料の形態が複雑で多岐にわたるものであることを意味する。この資料形態の豊富さが、資料整理の際に最も我々を悩ませた点であった。日記、メモ帳や図面といった紙の史料は、状態が悪いものもあり、取り扱いに細心の注意を払った。陶磁器やガラス製品といった壊れやすい資料や、油絵などの絵画についても、資料整理を進めるとともに、保管についても最良の方法を探っていった(図1)。点数が膨大で種類も豊富な資料群全体を一通り確認する作業が終わったのは、夏の暑さも厳しくなってきていた7月末のことであった。
展示コンセプトの決定
こうした資料整理を重ねながら、展示コンセプトを決めるために、ヴォランティアそれぞれが関心を持った資料について考察を深めていった。そして毎回の資料整理の終了後に寺田先生を交えて、展示のコンセプトを考えながら、気になった資料について意見を交換した。毎回の議事録を見てみると、資料整理の間に出された展示プランとして、田中不二の欧州留学時代のことをテーマにする案、東京帝国大学教授としての田中不二に焦点をあてる案、明治時代の技術と工学教育について林太郎と不二の業績から迫る案などが学生より出されていたことがわかる。様々な意見はあったが、寺田先生は、林太郎・不二・儀一という人物がまだあまり世に知られていないということを考慮し、資料の整理・展示の今後の展開の深化を見据え、田中家?3?代のそれぞれの業績を紹介するという展示の基本方針を提案された。7?月に寺田先生、分館常設展担当の松本文夫先生、鶴見英成先生、永井による企画会議を経て、展示の方針からより詳細なコンセプトが決まった。林太郎・不二・儀一の業績に通底する概念として「工学」がキーワードとなり、『工学主義』というタイトル案が示された。展示のコンセプトの詳細については、寺田先生による記事「小石川分館特別展示『工学主義―田中林太郎・不二・儀一の仕事』によせて」(Ouroboros Vol.21 Number2)を参照していただきたい。
また、展示の基本方針が決定すると、寺田先生によって展示候補資料が選定され、資料の再調査が始まった。林太郎・不二・儀一それぞれの主要業績に注目するため、彼らの経歴を調査することも兼ねていた。8月18日・19日の2日間で集中して展示候補資料を確認し、それらの写真撮影とスキャンデータを作成し、詳細な採寸を行った。これらの作業を通じて、林太郎・不二・儀一の経歴が徐々に明らかになっていった。
展示設営・オープン
9月には会場レイアウトを決めるため、展示室の間取り、室内に据えられた図書カードケース棚の高さや上面を採寸し、展示会場の平面図を作成した。こうした学生ヴォランティアの作業を基に、具体的な展示室デザインについて、分館とインターメディアテクの教員が詳細を詰めた。また教員が具体的なコンセプトとレイアウトの検討によって展示候補資料を絞り込んでいき、ヴォランティアはそれを受けて、手分けして展示物の件数、採寸や詳細なデータの整理を行った。それとともに、田中儀一旧蔵品をより深く理解するために、1?月にはヴォランティア勉強会として林太郎が関わった赤坂離宮を見学した。
こうして、いよいよ2月1日から2日間、展示設営作業に入った。資料やキャプション等を設置するために、展示具に使用する図書カードケース棚板の固定方法など、教職員とヴォランティアで知恵を出し合って解決していった。図書カードケースの抽斗を取り出すなど骨の折れる作業も多かったが、展示の設営を実際に体験できる機会はなかなかないので、普段は展示解説などを担当している学生ヴォランティアにとっては刺激的な機会であった。
2日間にわたる設営作業によって完成した『工学主義』展は、2月3日に行われた内覧会を経て、2月4日から一般に公開された(図2)。内覧会の出席者からは、とても興味深い資料が多かった、こうした人物がいたことを初めて知ったので知ることができてよかった、といった好意的な意見が多く、会期に向けてよいスタートが切れたのではないだろうか。
特別展示に携わって
今年度の小石川分館学生ヴォランティア活動は、例年とは違い『工学主義』展の準備に力を入れ、分館に収蔵されている田中儀一旧蔵品の資料整理を行った。分館に収蔵されていた資料の確認作業を行えたという点では、今後の分館の展示活動を展開していく上で貴重な財産となったのではないだろうか。また、多様な資料を実際に取り扱い、特別展示が開催されるまでの過程に参加できたこと、特に総合研究博物館の教員と共に作業できたことは、ヴォランティアにとっても貴重な体験となったと考える。従来までの学生ヴォランティアは、夏休み親子ワークショップやギャラリートークなどが主な活動内容であったが、ここに展示の企画・開催に身近に立ち会い、それに伴う資料整理といった活動を加えることができたのは、今後の活動の幅を広げることになったであろう。今後も、学生ヴォランティア活動の中で、田中儀一旧蔵品に関わる機会を増やしていくことができればと思う。最後に、学生ヴォランティアの活動をいつも支えてくださった小石川分館事務補佐員の小林優香さんにヴォランティア一同からお礼申し上げる。
特別展示に関わった小石川分館学生ヴォランティア
太田萌子、垣中健志、坂口舞、杉本渚、高橋彩華、利根川薫、吉田敦則、米村美紀、米村友希
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