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東京大学総合研究博物館ニュース ウロボロスVolime22Number1



小石川分館新規常設展示
建築の記憶―資料の集成再編から見えるもの

松本文夫(本館特任教授/建築学)

 『建築の記憶』と題する模型を制作した。建築博物教室第13回「空間のアーキテクチャ−建築の記憶を環境の創造につなぐ」(2017年6月3日)の開催にあわせて小石川分館で公開された。古代エジプトから現代までの建築を立体的にコラージュし、3Dプリンタで出力した模型である。カルナック神殿、パンテオン、ランス大聖堂、東大寺南大門、桂離宮書院、サヴォア邸、森山邸など、筆者の記憶に残る30以上の建築をおおむね古い順に下から組みあげた。各建築の特徴を示すファサード、外観形態、内部空間、骨格構造を縮尺1/300で表現し、全体を25×25×40cmの直方体のシルエットにまとめている。
 小石川分館の常設展示「建築博物誌/アーキテクトニカ」では、建築物を縮小した「単体模型」が数多く展示されている。そのほかに建築都市の部分空間を切り取った「空間標本」もある。今回の『建築の記憶』は、複数の建築群を集成再編する第三の模型表現の試行である。その制作の原点には、「建築の記憶を一つの造形物にまとめたらどうなるか」という漠然とした想いがあった。それは、多くの資料が保存蓄積される博物館において、資料群の連携統合によるコンテンツの構築がいかに可能かという問いにもつながる。
 この模型に集約された建築は、歴史的・地理的に世界の建築を満遍なくカバーするものではない。建築の記憶は、主体や方法によって異なるアウトプットを示すことになる。それでも、このたびの集成再編の作業を通して見えてきたことがある。それは建築の「物象」および「空間」のあり方の変化である。古代から現代への時間の推移とともに、建築の「物象」においては量塊的なものから繊細なものへ、「空間」においては閉じたものから開かれたものへ、という緩やかな変化が見いだせる。この流れを『建築の記憶』の構成内容を通して以下に見ていきたい。

 建築の初源的形態の一つとして、石や土などでつくられた塊(マッス)がある。エジプト古王国時代のピラミッドはモニュメンタルな量塊であるが、新王国時代になると量塊にすき間を穿って柱で埋めつくした神殿がつくられる(01)。その後のヨーロッパの建築を概観すると、ギリシアではオーダーによって柱の構成が規範化され(03)、ローマではアーチやドームの技術によって大規模建造物がつくられる(05, 06)。ロマネスクでは厚い壁で支持される組積造が主体であるが、ゴシックでは壁が減退して柱梁の構造で垂直性が追究される(11, 12)。ルネサンスおよび新古典主義ではギリシア・ローマへの回帰が起きるが、それは新時代の理念による再解釈であった(15, 17)。産業革命以降の新マテリアルの増産により、建築部材は細く・軽く・薄くなり、構造は長さと高さを拡張する(20, 21)。こうして、建築は量塊の内側に人間の活動領域を抱え込み、その支持構造を軽快で繊細なものに転換していったのである。
 一方、この流れを空間の変遷として捉えるとどうだろうか。人間が環境内に定着することで「場所の空間」がつくられた。それは徐々に規模を増して奥行きと広がりを獲得し、理念的には際限なく続く「無限の空間」が構想される。一方で物理的な隣接を前提としない「関係の空間」は、現代社会の新たな結びつきを生成している。いわば、トポス→ヴォイド→ネットワークともいえる空間概念の展開は、閉じた領域の拡大と開放、および相互作用の構築につながっている。建築の歴史で閉じた内部空間は無数にあるが、ローマのパンテオン(07)はその古典的な達成といえるだろう。ゴシックの聖堂では縦に開かれた空隙に壮麗な光の物語が埋め込まれた(12)。20世紀になると、柱と壁の分離(壁の構造からの解放)によって(23)、またユニヴァーサル・スペースによって(26)、それまでの空間的な制約が解き放たれた。現代においては、ネットワーク型の空間哲学も萌芽しているように見える(30)。このように、建築が物象として繊細になるのと並行して、空間は閉じたものから開かれたものへと流動化している。

 過去の記憶の集成再編によって見えてきた以上の流れを引き継いで、建築の新たな方向性を示唆する要素を最終段階で模型に付け加えた。建築要素として、フロア(階層)、フレーム(骨格)、ボリューム(容量)、パッセージ(動線)、エクステリア(外部)を組み込んでいる。フロアは均質な空間だけではなく差異や特異点が偏在する空間に(31)、フレームは同一機能の更新だけでなく活用自体を刷新し(32)、ボリュームは極小から巨大までを自在に分節/結合し(33)、パッセージは移動用途だけでなく固有の場所が連鎖する空間に(34)、エクステリアは都市に眠る共有可能な要素を展開するベースに(35)、という提案が込められている。これらは、「物象」においては、多数の固有な存在物を生かしつつ広い共有の場を共存させることであり、「空間」においては、建築類型の枠組をこえて空間・機能・人間を柔軟に結びつけることである。記憶の形象化を介して創造のヒントを抽出する実験試行は今後も継続していきたい。

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図1 『建築の記憶』の構成を示す概要図
 (クリックして拡大)

01カルナック神殿(エジプト,BC18C-BC12C)
02ペルセポリス(イラン,BC520-BC330)
03パルテノン神殿(ギリシア,BC447-BC431)
04ペルガモン(トルコ,BC3C中-BC2C)
05ポン・デュ・ガール(フランス,BC19頃)
06コロッセオ(イタリア,70-80)
07パンテオン(イタリア,118-128)
08ハドリアヌスの別荘(イタリア,118-138)
09ディアナの家(イタリア,2C中頃)
10東大寺南大門(日本,1199)
11ランス大聖堂(フランス,1211-1311)
12サント・シャペル(フランス,1241/1242-48)
13フィレンツェ大聖堂(イタリア,1296-1436)
14パラッツォ・ドゥカーレ(イタリア,14C-15C)
15サンタンドレア教会(イタリア,1471-1512)
16パラッツォ・ファルネーゼ(イタリア,1530-1546)
17バシリカ(イタリア,1549-1614)
18エル・エスコリアル(スペイン,1582)
19桂離宮(日本,1615-1658)
20サント・ジュヌヴィエーヴ図書館 
(フランス,1843-1850)
21リライアンス・ビル(アメリカ,1890-1895)
22デッサウのバウハウス(ドイツ,1925)
23サヴォア邸(フランス,1931)
24ジョンソン・ワックス本社(アメリカ,1939)
25前川國男自邸(日本,1942)
26ファンズワース邸(アメリカ,1951)
27増沢洵自邸(日本,1952)
28スカイハウス(日本,1958)
29ガララテーゼの集合住宅(イタリア,1969-1974)
30森山邸(日本,2005)
31フロア 
32フレーム 
33ボリューム 
34パッセージ 
35エクステリア 

『建築の記憶』の解説資料
http://www.um.u-tokyo.ac.jp/architectonica/MA.pdf



図2 『建築の記憶』の模型写真
建築の記憶 Memory of Architecture
制作: 2017年6月
構成デザイン: 松本文夫
3Dデータ作成協力: 徐佳凝
3Dプリント協力: 八十島プロシード株式会社
3Dプリント方式: 粉末焼結積層法