海外博物館紹介
ウプサラ大学博物館所蔵コレクション
佐々木猛智(本館准教授/古生物学・動物分類学)
ウプサラはスウェーデンを代表する学術都市である。東京大学総合研究博物館はウプサラ大学歴史博物館(Gustavianum)と学術協定を締結し、交流を続けている。本年度は9月より、インターメディアテク(IMT)の「雲」展をウプサラ大学で開催し、来年度はウプサラ大学の「自然と芸術」展をIMTで開催予定である。昨年度、筆者はウプサラ大学に4週間滞在し、同大学博物館の収蔵品を研究する機会を得たので紹介する。
ウプサラ大学博物館は、歴史博物館、進化博物館(動植物)、進化博物館(古生物)の3箇所からなる。
(1)歴史博物館:博物館の正式名称Gustavianumはスウェーデン国王のGustav II Adolf (1594-1632年)に由来する。建物(図A)の歴史は古く、1620年代に建てられたものである。博物館の建物の中央には特徴的なドーム状の突出部がある。この内部は階段状の教室(図B)になっているが、かつてここで人体解剖の実演が行われていた場所であり、ウプサラ大学の名物の一つになっている。
歴史博物館の主な収蔵品は、考古学、美術史、科学史、大学史関係である。さらにコインコレクションが大講堂のある建物に収蔵されているが、現在は改修中のため閉鎖されている。展示は、2階では考古学関係の標本が展示されており(図C)、多数のミイラ等、特徴的な展示品が並ぶ。3階は科学史と大学史の展示である。科学史の資料は大変充実しており、大学創設以来の著名な教員の関係資料を保有する。解剖学者のルドベック(Rudbeck)、植物学者のリンネ(Linnaeus)、ツンベルク(Thunberg)、天文学者のセルシウス(Celsius)の他、数々のノーベル賞受賞者を含む。展示は研究者ごとにケースが設置されており、展示物は著作や当時本人が使用した道具類などである。
自然史の標本ではリンネ・ツンベルク時代の哺乳類や鳥類の剥製が展示されている。ただし、この標本類の展示は今年で終了し、今後はリンネ・ツンベルク標本は全て後述の進化学博物館の収蔵庫に収め、展示には一切使用せず、館外への貸し出しもしない方針を取るとのことである。
4階にはバイキングの遺跡に関する考古学の展示がある。遺跡から出土した船の模型、刀剣、ヘルメット等が展示されている。歴史博物館は2017年秋から20年振りの大規模な改修工事に入る予定であり、工事期間中は閉鎖される。それに伴い、大学史の展示は大学の本部棟へ転出し、美術史の展示に置き換わる予定である。
(2)進化博物館(動植物):動物学部門(図D)は建物全体が歴史的建造物に指定されている。1階と2階は収蔵庫、3階は改修工事のため長期閉鎖中であるが、本来は展示室であり、一般参照標本が陳列され、教育用に用いられていたものである。
この建物の警備は厳重である。正面入口は日中の入退館は自由にできるが、入館後コレクションのある領域に入るためには、カードキーを用いて2箇所で解錠する必要がある。さらにリンネコレクション(図E-F)が収められた収蔵室にはビジター用のカードキーを用いても入ることはできず、館内の対応者に解錠してもらう必要がある。従ってコレクションは4重の鍵で守られている。
リンネコレクションの管理は極めて厳格に行われている。標本の取り出しと返却は必ずキュレーターが行うことになっており、来訪者が自由に取り出すことは許されていない。この方式は、対応するキュレーターの負担になるが、標本の返却場所の間違い等を防ぐために有効な管理方法である。また、膨大な数の標本閲覧を請求するとキュレーターに迷惑がかかるため、研究対象を厳選することにもつながっている。
植物学のコレクション(図G-I)はツンベルクがウプサラ大学の教授に任命された1785年に遡る。ツンベルクのコレクションは南アフリカ、セイロン、ジャワ、日本の重要標本が多数含まれる世界的なコレクションである。標本の点数は博物館のウェブページ上の記載によれば約312万点であり、2013年4月22日の時点で62万点がデジタル化されている。
ツンベルクは1784年『Flora Japonica(日本植物誌)』を出版した。この出版物には816種の植物(菌類・藻類も含む)が収録されており、その多くがツンベルクによって初めて2名法に従った学名が与えられたものである。『日本植物誌』は伊藤圭介によって1829年に『泰西本草名疏』の書名で翻訳され、これによりリンネ式の分類法が日本の本草学者の間に広く知られるようになったという重要性がある。
(3)進化博物館(古生物学):古生物学はウプサラ大学が長い間国際的に存在感を発揮している分野のひとつである。世界各国の古脊椎動物、無脊椎動物、古植物の標本を多数収蔵しており、コレクションの規模が大きいため独立の建物になっている(図J)。
1階の収蔵庫の収蔵標本は脊椎動物と無脊椎動物が分けられ、それぞれの中は時代と産地で配架されている(図K)。ただし、アンモナイト類などある程度規模があるものは別にまとめて置かれている。全体的に古脊椎動物の分量が多く、立派な標本が多い。古脊椎動物はかつて極めて潤沢な経済的支援が得られていた時代に多数の標本を購入して基礎を築いたものである。
2階の展示室は、ウプサラ大学の古生物学の歴史の他、地質時代ごとの代表的な化石が並べられている。鉱物学のコレクションも一定の規模があるが独立の部門になっておらず、古生物学の一部に置かれている。3階は中国産古脊椎動物(図L)の大展示室である。このコレクションは1914年に鉱山技師として中国に派遣されたJohan Gunnar Anderssonが収集し始めたもので、1930年代までの研究で蓄積されたものである。大型の哺乳類、恐竜等が所狭しと並べられており、中国では失われてウプサラにしか現存しない標本群があるため重要なコレクションとなっている。
アジアにおいては東京大学が長い歴史を有しており、西欧科学の水準で作成された自然史標本は19世紀中頃まで遡る。しかし、ヨーロッパ諸国に比べれば非常に歴史が浅いのが現実である。ウプサラ大学は1477年に創立され、北欧最古の歴史を誇る大学である。そこで行われている標本の収蔵方法は非常に参考になる点が多い。今後も交流と情報交換を継続することが本館の活動を高度化させる一助になると考えている。
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図A-L ウプサラ大学博物館.A-C : 歴史博物館,D-F :
進化博物館(動物学),G-I : 進化博物館(植物学),
J-L : 進化博物館(古生物学).