東京大学総合研究博物館 The University Museum, The University of Tokyo
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東京大学総合研究博物館ニュース ウロボロスVolime22Number1



インターメディアテク特別展示
『植物画の黄金時代―英国キュー王立植物園の精華から』によせて

寺田鮎美(本館インターメディアテク寄付研究部門特任准教授/文化政策・博物館論)

 「花は野にあるように」とは、かの有名な千利休の言である。本来の姿や本質を知り、それを簡潔に表現してみせること。それこそが美に通じるという茶の湯の心得は、サイエンスの記載を目的とした植物標本や植物画を見た時になぜ自分がそれを美しいと感じるのかという理由を端的に言い表してくれているように思え、個人的にすっと腑に落ちる瞬間があった。
 サイエンスをアートに置き換えるとそこに美しさが突然見出されるのではなく、サイエンスの営みのなかにもともと美しさが存在している。この点が、今回の特別展示『植物画の黄金時代―英国キュー王立植物園の精華から』の担当の一人として、本展覧会を見てくださる方々と共有したいと私が思った植物標本や植物画の面白さである。
 植物標本が研究用に実物を保存したものであること、すなわちサイエンスのために作られることは、植物学者でない一般の人にとっても誤解の余地がないだろうが、植物画は鑑賞用として描かれたいわゆる「花の絵」「花の静物画」「花卉画」と違うことは、少し説明が必要かもしれない。
 植物画は多くの場合、植物学者と植物画家との協働により生み出されるものであり、描かれた植物が何であるのかという情報が不足なく、かつ正確でなければならない。目的としては、第一義にサイエンスのためにある。一方、このような植物画として必要な条件を満たすために画家が備えた技術はアーティストとしてのものであるという点において、アートでもある。
 標本作成者は自分をアーティストとは名乗らないだろうが、植物画が制作される際の植物学者と植物画家の役割(時に植物学者が両方を担う)と同じような図式に当てはめて、植物標本をサイエンスでありアートでもあると捉えることは的外れではあるまい。
 本展覧会は3年ほど前から構想され、東京大学総合研究博物館とキュー王立植物園との国際学術協働により実現した。キューの歴史は、1759年、当時の皇太子妃で後のジョージ三世の母親にあたるオーガスタ妃が王宮の周りに造った小さな庭園に始まる。今日では、キューは庭園として人々の憩いや楽しみの場であるだけでなく、世界中の植物や菌類について、最大でかつ極めて多様性に富むコレクションを所有する世界有数の研究機関として知られる。
 そのキューの図書館には20万枚以上の植物画が保管されている。この植物画コレクションは、世界的に著名な植物画家であるゲオルグ・ディオニシウス・エーレト(1708-1770)やフランツ・アンドレアス・バウアー(1758-1840)の作品に加え、イギリス東インド会社による植民地支配を歴史的背景にした「カンパニー画」と呼ばれるインド人画家らの手がけた一群の植物画、キューの公式初代園長で世界に通用する植物園兼研究機関へとキューを発展させたウィリアム・ジャクソン・フッカー(1785-1865)やその息子で同じく園長を務めたジョセフ・ダルトン・フッカー(1817-1911)といった植物学者自らが手がけた作品を含む。
 インターメディアテクにおける新たな連続展覧会企画「インターメディアテク博物誌シリーズ」の第一弾となる本展覧会のために、これらキュー所蔵の植物画から、18世紀から19世紀前半に描かれた優品28点が選ばれた。この植物画のセレクションは、インターメディアテクの世界観の基礎を作り上げてきた西野嘉章館長の眼によるものである。
 本展覧会では、「博物誌」の美しさと豊かさを伝えるために、インターメディアテクにふさわしい展示構成のオリジナリティを求めた結果、キュー所蔵の歴史的な植物画と組み合わせ、植物学研究の最前線にある東京大学所蔵の植物標本を展示することにした。
 この対応関係は厳密なものではないが、植物画に描かれた植物と同じかあるいは近い種のさく葉標本を組み合わせている。ひとつの組み合わせとして「ユリ科チューリップ属の栽培品種」を取り上げてみよう。
 本展覧会のポスターなどのメインヴィジュアルに用いたTulipa ‘Bisard Adelaar’は、18世紀イギリスを代表する卓越した植物画家エーレトが1740年に描いた作品である(図1)。本展覧会で展示する植物画の中では制作年代が最も古く、実はアートマーケットでの推定価格も最も高い。チューリップ特有の長く伸びる茎を裁ち、一つの画面に収めることにより、花、茎、葉といったチューリップの形態全体の特徴を正確に伝えるとともに、絵画作品としての見事な構図を作り出している。
 これに対応する植物標本として展示するのは、総合研究博物館資料部植物部門所蔵のTulipa gesneriana L. (Liliaceae)である(図2)。植物画と異なり、色彩は失われているが、小ぶりな全体の形態が実物そのままに収められており、花弁や葉の質感を知ることができる。チューリップは19世紀後半になって日本に渡来したと言われており、「鬱金香」の名で呼ばれた。本標本は、東京大学大学院理学系研究科附属植物園(小石川植物園)で植栽されていたもので、ラベルに採集年として1877年4月10日の記載があり、日本におけるチューリップ栽培初期のものであると考えられる。こちらも今回展示する標本群のなかで偶然にも最も古い標本である。
 このチューリップの組み合わせからは、それぞれの歴史が浮かび上がるのも興味深い。
 植物画に表された花の部分の複雑な縞模様の多色彩はグロテスクなまでに美しく、このような栽培品種が18世紀当時のヨーロッパで人々の園芸熱をかき立てていた時代性が今日のわれわれにも容易に想像できる。また、本作品は、ヴィクトリア朝期の化学者で画家のアーサー・ハーバード・チャーチ卿(1834-1915)が収集していた、著名な植物画家によって描かれた67枚の植物画コレクションの一つであった。卿の死後の1916年、未亡人によりキューに寄贈されたという来歴をもつ。第一次世界大戦のさなかにあたる頃の、キューの重要な植物画コレクション形成史の一端を知ることができるものである。
 一方、植物標本からは、東京大学や小石川植物園の歴史が垣間見える。標本の採集年である1877(明治10)年は東京大学創立の年であると同時に、この時から小石川植物園が大学の管理となった節目にあたる。本標本の採集者として名前が残る松村任三(小石川植物園初代園長)が師事した谷田部良吉が東京大学初代植物学教授となり、松村自身が植物園に奉職した年でもあった。
 このように、キュー所蔵の植物画と東京大学の植物標本の展示は、サイエンスとして、またアートとして、画面構成、形態、色彩、質感といった植物に関する絵画と標本との比較が可能になるだけでなく、ここに一例として紹介したように、歴史背景が見えてくる面白さのような組み合わせの妙を見つけることができる。
 植物画と植物標本を組み合わせるというコンセプトは、本展覧会に合わせて編集した図録でも楽しむことができる。本図録では、秋篠宮眞子特任研究員を中心に、キュー王立植物園人物略伝、小石川植物園の歴史と比較できるようにした同略年表を編集し、日本語で読むことのできる充実したキューの資料体として他にないものとなるように努めた。さらに、本特別展示の関連企画として「植物のアートサイエンス」をテーマに、植物学者や植物画家による連続講演会を行う予定にしている。
 本展覧会の企画全体を通じて、サイエンスにもアートにも、さまざまに関心が拡がりかつ深まるような楽しみ方を皆さんにしていただけることを願っている。

特別展示 インターメディアテク博物誌シリーズ(1)
『植物画の黄金時代−英国キュー王立植物園の精華から』
会 場:インターメディアテク2階「GREY CUBE(フォーラム)」
    東京都千代田区丸の内2-7-2 KITTE内
会 期:2017年9月16日(土)から12月3日(日)まで
時 間:11:00-18:00(金・土曜日は20時まで開館、入館は閉館時間の30分前まで)
    *時間は変更する場合があります
休館日:月曜日(月曜日祝日の場合は翌日休館)、その他館が定める日
主 催:東京大学総合研究博物館+キュー王立植物園
協 力:東京大学大学院理学系研究科附属植物園
協 賛:東芝国際交流財団、ニールズヤードレメディーズ
後 援:ブリティッシュ・カウンシル、朝日新聞社
入館料:無料
アクセス:JR東京駅丸の内南口徒歩約1分、東京メトロ丸ノ内線東京駅地下道より直結
お問い合わせ:03-5777-8600(ハローダイヤル)

連続講演会『植物のアートサイエンス』
2017年9月29日(金) 18:00-19:30
 「インターメディアテク博物誌−植物編」寺田鮎美(東京大学総合研究博物館特任准教授)
10月22日(日) 14:00-15:30
 「植物画家と植物学者」山中麻須美(キュー王立植物園植物画家)
10月27日(金) 18:00-19:30
 「植物分類学と植物画」池田 博(東京大学総合研究博物館准教授)
11月10日(金) 18:00-19:30
 「植物画の発展とキュー」大場秀章(東京大学総合研究博物館名誉教授)

会 場:インターメディアテク2階「ACADEMIA(レクチャーシアター)」
参加費:無料(事前予約不要)
定 員:各回48名 *席に限りがありますので予めご了承ください



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図1 ユリ科チューリップ属の栽培品種(Tulipa ‘Bisard Adelaar’).ゲオルグ・ディオニシウス・エーレト.
1740年.ヴェラム紙に鉛筆、インキ、水彩.
キュー王立植物園所蔵.


図2 ユリ科チューリップ属の栽培品種
(Tulipa gesnerianaL. [Liliaceae]).
大学院理学系研究科附属植物園(小石川植物園)植栽.
1877年4月10日採集.
総合研究博物館資料部植物部門所蔵.