東京大学総合研究博物館 The University Museum, The University of Tokyo
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東京大学総合研究博物館ニュース ウロボロスVolime22Number2



本館特別展示
アシューリアン石器の年代を決める

加藤茂弘(兵庫県立人と自然の博物館/主任研究員)

コンソ遺跡のアシューリアン(アシュール型)石器
 東アフリカのエチオピア南部に位置するコンソ遺跡では、両面加工された大量のアシューリアン石器が多数の地点から産出する。これらの石器は約175万年前から85万年前に製作されたもので、それらを時代ごとに並べてみると、形状の変化が実に美しく感じられる(図1)。美観だけでなく、85万年前に形状が大きく変わり、175万から85万年前の間に石器の製作技術が著しく進歩したことも良く理解できる。それでは、石器をアフリカ各地で産出する古人類の化石に置き換えてみるとどうなるか。例えば、180万年前ごろにホモ・ハビリスからホモ・エレクトスが、100万〜60万年前の間にホモ・エレクトスからホモ・ハイデルベルゲンシスが、それぞれ出現するという人類の進化史を描くことができる。しかし、石器や化石のみからはこのような歴史をひも解くことはできない。歴史を描くには、石器の製作年代や化石の産出年代をできる限り正確に決めることが必要になるからだ。

火山灰編年学による石器の年代決定
 石器からは、材料となった石材の年代はわかるが、製作年代を知ることはむずかしい。コンソ遺跡は東アフリカ大地溝帯という東西を大断層に限られた窪地の中にあり、地溝帯の内外には多数の火山が分布している。そこで、石器を産出する地層(石器産出層)の上下に堆積する火山灰層(図2)に注目し、火山灰層の重なり方や石器産出層との上下関係を各遺跡で明らかにする。コンソの遺跡群は約20km四方の広い範囲に点在するが、巨大噴火で噴出した広域火山灰層には、コンソ遺跡全体を覆う例も少なくない。まずは、火山灰層の特徴を各遺跡で記載し、共通する広域火山灰層を決める。これには、色や厚さ、粒度などの野外での特徴に加えて、偏光顕微鏡で観察される鉱物の種類や火山ガラスの色や形、それらの屈折率・密度などの物理的特徴、SiO2やAl2O3などの火山ガラスの主要成分の組成などが、重要な指標になる。次に、コンソ遺跡全体で広域火山灰層と他の火山灰層の上下関係(火山灰層序)を明らかにし、そこに石器の産出層準を当てはめていき、石器の相対的な製作順序(石器の相対編年)を確立する。
 相対編年には、火山灰層の放射年代を測定することで年代目盛が入れられる。火山灰層は40Kや238Uなどの放射性元素を含む鉱物を含み、コンソ遺跡の火山灰層では40Kを含むサニディンという鉱物がそれに相当する。火山灰層中のサニディン結晶は噴火時に急冷して生成するので、その放射年代は火山灰の噴出年代とみなせる。40Kは約13億年の半減期で不活性ガスの40Arに壊変して結晶中に蓄積されるため、40Arの蓄積量と40Kの最初の量がわかれば、サニディン結晶の放射年代が推定できる。コンソ遺跡の調査では、放射年代の測定に最新のアルゴン-アルゴン(40Ar-39Ar)法を用いた。サニディン結晶を原子炉に置いて中性子線を照射し、40Kを全て39Arに壊変させた後、レーザー光線で融解して取り出した40Arや39Arを質量分析計で定量し、年代を求める手法である。この手法は、結晶1粒1粒の年代が得られ、周囲から混入した結晶の年代を統計的に取り除けるなど、多くの利点がある。このようにして多数の火山灰層の放射年代を求めると、石器産出層の上下の火山灰層の放射年代を内挿や外挿して、石器産出層の年代を推定できる。

地球規模の年代基準層を与える
 広域火山灰層には、ケニア北部のトゥルカナ盆地など、コンソ遺跡から数百kmも離れた地域で発見される例がある。コンソ遺跡の研究では、約190万、175万、140万年前に噴出した3つの火山灰層が、トゥルカナ盆地で記載されてKBS、オレンジ、チャーリと名付けられた3つの火山灰層に対比できることが示された。その結果、両地域の化石や石器の時代関係がより正確に議論できるようになった。一方、広域火山灰層も及ばないヨーロッパやアジアなどの遠隔地で発見された石器や化石との時代関係を考えるには、地球規模の年代基準層を与えてくれる古地磁気層序学が役立つ。約46億年の地球史の中で、現在は方位磁石のN極が北を、S極が南を示すような地球磁場は何度も反転を繰り返してきた。約78万年前には最新の地磁気反転が起こり、その境界はブリュンヌ・松山境界(BM境界)とよばれている(図3)。約258万〜78万年前は松山逆磁極帯という現在と正反対の地球磁場の時代であり、その中にも、現在と同じ地球磁場を示すオルドバイ正磁極亜帯(約195万〜178万年前)やハラミヨ正磁極亜帯(約107万〜99万年前)がある。
 コンソ遺跡では、石器や化石を産出する砂層やシルト層の間に、静穏な湖底で堆積した細粒の粘土層が厚く堆積している。この粘土層から古地磁気分析という方法で地球磁場の化石を取りだし、粘土層堆積時の地球磁場の方向(古地磁気)とその変化を復元した。さらに火山灰層の放射年代を考慮して、コンソ遺跡に分布する地層中でのBM境界やオルドバイ正磁極亜帯の上限、下限の位置を決定した(図3)。約165万〜160万年前には現在と同じ地球磁場を示す期間があり、それがタンザニアのオルドバイ遺跡で発見されたギルサ・イベントに相当することもわかった。BM境界などの主な地球磁場の反転境界は、地球全体で同じ年代と考えられている。したがって、これらの古地磁気境界と石器産出層の上下関係が明らかであれば、ヨーロッパやアジアの石器であろうと、コンソ遺跡の石器との間で信頼性の高い時代比較ができる。

石器編年の意義と将来
 火山灰編年学と古地磁気層序学を用いた石器編年により、コンソ遺跡のアシューリアン石器は、BM境界の直下からオルドバイ正磁極亜帯の直上までの約100万年間をカバーしており、約175万、160万、140万〜150万、125万〜140万、80万〜90万年前の、5つの時代に分かれることが明らかになった(図3)。コンソ遺跡では同様にして古人類化石を含む哺乳動物化石群の年代が明らかにされ、約180万年前に始まる気候の乾燥化が動物相の変化を引き起こし、アシューリアン石器の誕生と進歩を促した可能性が指摘されている。近い将来には、東アフリカ周辺のアデン湾やソマリア沖で深海底コアが掘削、分析され、東アフリカ地域における過去数百万年間の気候変動が解明されるであろう。トゥルカナ湖などの東アフリカ大地溝帯内の湖沼の掘削調査も進められ、そこでの環境変動史が明らかにされることも期待される。その時、環境変動と人類進化の関係をより深く理解するうえで、コンソ遺跡の石器や哺乳動物化石群の編年は、いっそう輝きを増すに違いない。

東京大学創設140周年記念 国際共同特別展示
『最古の石器とハンドアックスーデザインの始まり』
会 場:東京大学総合研究博物館(東京大学本郷キャンパス内)
会 期:2017年10月20日(金)から2018年1月28日(日)まで(会期延長)
休館日:月曜日、年末年始、その他館が定める日
時 間:10:00より17:00まで(ただし入場は16:30まで)
アクセス:東京都文京区本郷7-3-1 地下鉄丸ノ内線・大江戸線本郷三丁目駅下車、徒歩7分
主 催:東京大学総合研究博物館
協 力:エチオピア文化観光省文化遺産調査保全庁、コンソ古人類調査隊、チョローラ調査隊、ゴナ古人類調査隊、ミドルアワッシュ調査隊
入館料:無料
ハローダイヤル:03-5777-8600

JPタワー学術文化総合ミュージアム インターメディアテク
特別展示『デザインの始まりー最古石器から握斧(ハンドアックス)へ』
(本郷本館展から石器8点を移設した特別展示
会 場:インターメディアテク2階「GREY CUBE(フォーラム)」(丸の内2-7-2 KITTE内)
会 期:2017年12月12日(火)から2018年4月8日(日)まで
休館日:月曜日(月曜日祝日の場合は翌日休館)、年末年始、その他館が定める日
時 間:11:00より18:00まで(金・土曜日は20時まで開館)入館は閉館時間の30分前まで
アクセス:JR東京駅丸の内南口徒歩約1分、東京メトロ丸の内線東京駅地下道より直結
主 催:東京大学総合研究博物館
協 力:エチオピア文化観光省文化遺産調査保全庁、コンソ古人類調査隊、ゴナ古人類調査隊、ミドルアワッシュ調査隊
入館料:無料


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図1 コンソ遺跡のアシューリアン石器の変遷  右下から左上に、約175万年前、160万年前、125万年前、85万年前の
ハンドアックス.(写真提供 諏訪 元)

図2 コンソ遺跡の地層に挟まれる火山灰層(KGA6地区)  KYT1からKYT3の3つの火山灰層が見られる.最古の
アシューリアン石器は、これらの火山灰層間の
地層から産出した.

図3 コンソ遺跡のアシューリアン石器の編年と200万年前以降の古地磁気層序.