本館特別展示
「最古の石器とハンドアックス展」における実験展示
洪 恒夫(本館特任教授/展示デザイン)
諏訪 元(自然人類学・古人類学)
ミュージアム・テクノロジー研究
本館は大学博物館であり研究博物館である。そして、私が所属するミュージアム・テクノロジー研究部門は文字通りミュージアムのテクノロジー、日本語にすると「博物館や展示にかかわる技術」を研究する部門である。大学博物館内で繰り広げる展示は学術研究に基づく内容を公開することが基本であるが、その展示活動を通して私が行う研究は、都度開催される展覧会において自身の専門である「展示を実験的に具現する」ことであり、本館ではこれを「実験展示」と呼んでいる。もう少し説明を加えるなら、展示の見せ方や表現方法によってどのような効果を生み出すのかを実践を通して検証することである。
作業は協働する学術企画を担当される研究者の先生と協議しながらテーマ・コンセプトを共有しつつ展示する内容を掌握し、展開すべき内容が効果的に訴求できる方法を構想するという手順をとることが多い。仮に伝える内容や情報、見せる標本が同じであったとしても、見せ方や伝え方によって効果や印象は大きく異なってくる。また、これは展覧会のテーマにふさわしい世界観を訴求できるかどうかにも関わってくるためこれらを展覧会の度に考案し、その効果を試してみるのである。
さて、今回の展覧会は人類学者である諏訪館長を中心とした学術チームとの協業で作り上げた石器をテーマとした展示である。コンテンツはタイトル通り「最古」のものを含んだ石器標本群であり極めて学術価値が高い。館長曰く、わかりやすい博物館コンテンツに例えるなら日本で公開される「ツタンカーメンのマスク」にも匹敵するくらいのもの、とのことである。館長との本格的な協働は2006年に開催した「アフリカの骨、縄文の骨―遥かラミダスを望む」展以来であるが、両者が協働する展示だけあって、以下本稿で紹介する実験展示のポイントはその展覧会で試行したものを発展させたものも幾つかある。
本展における実験展示の例
1.研究現場の展示化
2016年春に本館は大きくリニューアルし、これまで特別展に使用するスペースであった展示室を日々の研究に使用する収蔵庫や実際の研究室をガラス張りで見せる公開施設「UMUTオープンラボ」としてオープンした。このリニューアルによって大半は常設の施設に変わった。今回の展示に使用している特別展スペースは新館と呼ばれる奥の部屋をAMSの研究室と約半分ずつをシェアするかなり限られた面積の部屋である。
企画展や特別展は研究成果を関連する標本等を見せながら展示することが多い。これに対して前述の「アフリカの骨…展」でもそうであったが、諏訪館長らとの構想の「最古の石器と…展」はできるだけ多くの標本(石器)を展示し、学術研究現場のイメージを訴求する内容、ならびに空間の具現を目指した。結果的には前後に配置した収蔵庫や収蔵品がアピールされることとなるから常設展示「UMUTオープンラボ」のコンセプトにも通ずるものとなり、館全体の統一感も得られると考えた。詳しくは次項で述べるが、導入部では背後に位置するAMS展示室が本展の借景となり、研究現場の雰囲気をより一層盛り立てる空間が期待できると考えたのである。
2.展示の醍醐味を生み出すレイヤー効果
展示は3次元の「空間」で繰り広げられることが特徴の一つである。空間としては観覧しながら自分が進んでいく「奥行き」が存在する。また目に映る光景としては至近距離の近景、そして背後には中景、さらにその奥には遠景を積層(レイヤー)の状態で見せることができる。したがって、これらをうまくコントロールすることで空間だからできる深みと醍醐味を生み出すことが可能となる。例えば見せたい標本があるとする。その背後にプレーンな壁があれば単にその標本単体の見えがかりにしかならないが、背景に何かビジュアルがあると視覚的な融合、複合効果が生まれそれらが織りなすメッセージや世界観が生まれるのである。前述の本展導入部の見え方が背景となるAMSの展示と見えがかりとして融合され、学術研究の現場イメージを創出する効果を狙ったのはこの考えによるものである。
本展は天井から吊られた頭骨が多数あるが、この頭骨は壁などの遮蔽物なしに吊ることで背景との融合効果を生みだしている。導入部ではAMS展示の風景をブレンドする以外にも、実はガラス壁の中にある年代測定の解説のために置かれたAMSの展示標本である頭骨もこのレイヤー効果に一躍買ってもらうことを企てているのである。また、エチオピアのフィールド調査の光景の写真パネルが借景となりその前に吊られている頭骨とのブレンド効果が調査現場の臨場感を生み出す、という効果も狙っている。
さらに、本展の主役である石器の見せ方にも工夫を施した。展示には本館で頻繁に活用している長方形のガラスを組みあげた四角柱のケースを使った。これ自体透明なものなので、石器標本を立てる演示具も透明アクリル(演示具製作と標本設置は諏訪研究室の内作)を使用。また個々の標本ラベル、そして標本を置く棚に至るまで透明アクリルを使用し、標本のみ不透明であって、あとはすべて透明な展示造作による空間づくりを行った。そのことで会場を眺めると石器の存在感が際立ち、奥の方まで多くの石器が展示される様子を印象付ける空間デザインを試行したのである。これも展示ケースと標本が奥へ奥へと続くレイヤー効果の創出を狙ったものである。
3.カバーを排除した剥き出しの展示が生み出すモノの力
先にもふれたが展示室には頭骨標本が合計12個天井から吊り下げられている。これはケース内の石器と対応する人類化石のレプリカである。順番にケース内の石器の観覧を誘うようにウォークスルー形式で展示してある。ここで特筆すべきはレプリカ標本が剥き出し状態でワイヤー一本によって吊り下げられているということである。展示はケースに入れるとうまく使えば額縁効果から恭しく見えるが、ともすれば観覧者との距離や障壁による訴求効果の減衰も起こりうる。カバーを取り払うことで直に触れるような迫力が展示物の息吹を感じさせるといった効果は絶大である。今回きわめて冒険ではあるが文字通り大学の研究博物館の実験展示としてこうした展示方法に踏み切った。これは諏訪館長の発案当時の基本プランにすでに盛り込まれていたものであり、このプランには大賛成であった。何故なら既述の「アフリカの骨…展」で人間とチンパンジーの違いを見極めるポイントの展示において透明のウレタンフィルムを標本で突っ張らせた展示フレームを天井から吊って観覧に供したところ、これに注視するアテンション効果が得られたのみならず、空中に置かれた標本は天地左右360°すべてのアングルから標本が見られる、との専門研究者からも評価の言葉をいただいた。こうした経験も活かしながら、今回は更に透明素材すらも取り払った実験にチャレンジしたのである。今回の頭骨標本も当然のことながら死角のない観覧方法を提供している。また、ガラスケース内の石器の展示においても殆どのものを垂直に立てており、これもぐるりとどの方向からも観覧することができるようにしている。これに対しても来館者の方からすでに同様の評価の言葉をいただいている。尚、無防備に剥き出しにした吊り型の展示はあくまでも大学博物館の実験展示だからできることであることを申し添えておく。
4.空中に浮く虚像の映像解説装置の実験導入
最後のテーマとなるが、今回AIプレートという特殊装置により空中にフレームなしで虚像を浮き上がらせるシステムを導入し、これに実物の石器標本を組み合わせることで石器が作られたであろうプロセスをわかりやすく解説する展示を行った。さらに手前にタッチセンサーのユニットを設置することで、浮いた画面に空中タッチすることでメニュー選択ができる検索画面も採用した。
ハーフラーで虚像を映し出す虚像システムは展示に汎用されているが、通常ミラーを支えるフレーム造形を伴うため造作をのぞき込むスタイルとなってしまう。これに対して本システムは特殊プレートを介することでフレームレスの状態で虚像を宙に浮かすことが可能となる。展示効果を試すうえでこうした先端技術を実験導入したのである。公開後の反応としては、あまり見たことのない虚像技術と動きのある映像で特に若年層の興味を引く状況が見て取れた。この装置展示においては、映像制作、AIプレートの提供、設置調整等においてエム・ティ・プランニング株式会社、株式会社アスカネット、株式会社丹青社の協力をいただいた。この場を借りてお礼申し上げる。
終わりに
学術研究とミュージアム・テクノロジー研究の協働でこれまでも多くの展示を実行してきたが、今回もこれまで述べてきたような実験を盛り込みながら展示を具現した。今後も大学の研究博物館として自館の展示スペースを実験場として展示効果やデザインの可能性を追求していきたいと考える。
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