建築ミュージアム/小石川分館『建築博物誌/アーキテクトニカ』
アーキテクトニカ・コレクションの展開
鶴見英成(本館助教/アンデス考古学・文化人類学)
松本文夫(本館特任教授/建築学)
永井慧彦(本館特任研究員/彫刻・金銅仏鋳造)
5年目のアーキテクトニカ
アーキテクチャという概念には構成原理、設計思想といった非物象的な意味が含まれる。建築(建物)はその具象化の一つのかたちであるが、それを主軸として多様なアーキテクチャの可能性を探求することが、2013年12月に建築ミュージアムとしてリニューアルオープンした小石川分館の役割である。そのために常設展示『建築博物誌/アーキテクトニカ』を随時拡充し、特別展示・イベントを重ねてきた。
年3〜4回開催の公開ギャラリーセミナー「建築博物教室」は毎回40〜90名の聴講者を迎え、展示ユニット「アーキテクトニカ・コレクション」を1点ずつ増やし、しばしば学生ヴォランティアや教員によるギャラリートークが併催されるなど、館の活動の基調となっている。第6回までの講演と展示についてはウロボロス20を、通算15回の詳細は小石川分館HP上の学生ヴォランティアによるレポートを参照されたい。本稿ではまず企画者の視点から第7回以降の講演を通覧し、テーマの多様化と展示物・展示手法の変化を振り返る。
第7〜15回のテーマ
「幾何学のアーキテクチャ ―イワン・レオニドフによる新たな建築形態の探求」(第7回、2015年7月4日)にて本田晃子氏(現・岡山大学)は1920〜50年代のロシアの建築家レオニドフの理念を読み解いた。彼は航空写真・月面写真など新たな「眼」がとらえた自然景観の幾何学的な姿や、有機物の形を構成する単純で幾何学的な「根本形態」をデザインの指標とし、人工物を自然物に照応して設計しようとした。万象に通底する構成原理=アーキテクチャとして、幾何学的な形象が見いだされたのである。
小石川植物園と隣接することもあり、植物の特集を望むというアンケート回答は常にあった。山浩司氏(ふじのくに地球環境史ミュージアム)による「植物のアーキテクチャ ―いのちを繋ぐ種子のかたち」(第8回、15年11月21日)は、植物が分布域を広げる手段である種子・果実に焦点を当てた。生育環境に応じた進化により、風散布、海流散布、動物散布、重力散布など、種子は多様な拡散方法に耐えるよう構築された、精妙なアーキテクチャであることが示された。
小薮大輔氏(本館特任助教)による「胎仔のアーキテクチャ ―時間と進化をめぐる動物たちの変幻自在な体の組み立て方」(第9回、16年1月9日)において初めて、時間経過に伴うアーキテクチャの構築過程を取り上げた。哺乳類の胎仔の骨格は、有袋類なら母体のフクロまで這い上がるための前足、コウモリなら母体にぶら下がる後足など、出産直後の行動に必要な部分から優先的に形成されていく。身体というアーキテクチャの形態と機能を理解する上で、種それぞれの組み立て方は重要なヒントである。
「演出のアーキテクチャ ―歌舞伎のセリ上げを巡って」(第10回、16年4月9日)は、生国ドイツにて日本の視覚文化に関心を抱いたベンヤミン・フィツェンライター氏(現・武蔵野美術大学博士後期課程修了)の研究成果の発表であった。16世紀の劇作家・舞台美術家である並木正三は、屋上での立ち回りに続き、屋内での芝居を同時平行して見せるべく、家屋のセットが舞台からせり上がる大道具を開発した。物質的なアーキテクチャである舞台装置が、劇場の空間構造=アーキテクチャを変容させるのである。
素材の特性に規定されたアーキテクチャを取り上げたのが「石器のアーキテクチャ ―減少のデザインに秘められた人類の進化」(第11回、16年11月26日)であった。可塑的な変形や継ぎ足しが可能な粘土や金属と異なり、石材は破砕して減少させるしか成形方法がない。佐野勝宏氏(現・早稲田大学)は、技術・機能・流行という3要素のせめぎ合いがデザインを決定するという枠組みを示し、とくに技術の発達が前期・中期・後期旧石器時代を通じての石器の形態の変化に反映されていることを示した。
研究対象の空間的スケールが最大となったのが「太陽系のアーキテクチャ ―隕石に刻まれた46億年史」(第12回、17年2月25日)である。新原隆史氏(本館特任助教)は隕石の小片を構成する物質の組成や含まれる大気を、他の天体と比較し、太陽系の成り立ちを研究している。極小の隕石片が、太陽系という極大のアーキテクチャのいわば縮図なのである。双方がリンクしながら解明されていく構図に、レオニドフの思想に通じる照応関係が顕れていると言えよう。
松本が登壇した「空間のアーキテクチャ ―建築の記憶を環境の創造につなぐ」(第13回、17年6月3日)では、古今東西の建築に集積された過去の記憶から、さまざまなアイデアを抽出し、未来の環境を創造するという課題が掲げられた。トキを超える、バショをつくる、モノをきわめるという三つの視点から、分館に模型・映像の展示されたものを含む、多くの建築に検討が加えられた。「建築の記憶」を具象化した同名の展示物についてはウロボロス22(1)を参照されたい。
西アジア考古学の西秋良宏氏(本館教授)「泥壁のアーキテクチャ ―建築にみる1万年前の社会転換」(第14回、17年10月21日)にて、社会の構成原理=アーキテクチャと、建築=アーキテクチャとが結びついているという視点が示された。遊動的な狩猟採集民の居住空間に始まり、半地下式から地上式へ、柱立ちから日干しレンガ造りへ、円形建築から方形建築へと、約1万年間をかけて初期農耕が確立される過程で、多様化する活動、複雑化する社会にあわせた生活空間が実現されたのである。
運動する構造体としての生物の体に注目したのが、久保泰氏(本館特任助教)による「脚のアーキテクチャ ―化石から探る歩き方の進化」(第15回、18年1月20日)であった。はい歩き型しか見られなかった三畳紀の主竜類の動物群から、直立型や二足歩行、指行性など新たな歩き方が生まれたことが、化石の骨格からわかる。体のサイズに応じた体重支持や、歩行と走行の差など、骨格というアーキテクチャは生態に即して多様な進化をとげたのである。
展開するアーキテクチャとその展示
取り上げる研究分野はつねに多様性を意識して選定してきた。館内の教員やかつて在籍した研究者に講師をオファーすることが多いが、その際にも「アーキテクチャ」をキーワードとして新たな引き出しを開けていただいている。
館の基幹テーマである建築については、約半数の回で取り上げた。ざっと分類すると、窓の「ふるまい」(5)、設計思想(7)、建築の記憶と環境の創造(13)といった建築・空間の設計の考察、耐震構造(3)、劇場の舞台装置(10)などの建築の機能に関する研究、琉球諸島の瓦屋根(2)、アンデスの神殿(6)、西アジアの原初的なレンガ建築(14)という建築の考古学調査である。人工物という条件を外し、鳥の作る巣や構造物(4)も扱った。また考古学のテーマでは美術表現(6)、デザイン(11)、社会構造(14)などに構成原理・設計思想としてのアーキテクチャが見いだせた。これら以外の回は、生物の全身や器官、天体などの「自然形態」をアーキテクチャとしてとらえる視点から、講師と調整して内容を決めていった。
回を重ねるにつれ企画者の発想も広がった。静的・固定的な構造だけではなく、時間の経過や空間的移動、視点の移動とともに形態や見え方が変化する、動的なテーマが増えたのである。レオニドフの「眼」(7)、種子などの移動ユニット(8)、骨格の形成(9)、変形する舞台(10)、石器の形状変化(11)、隕石と太陽系の関係(12)、歩行と骨格(15)などがとくに該当する。
以上の各レクチャの内容を凝縮した展示がアーキテクトニカ・コレクションである。全高2m超の三重塔模型(3)を除き、底面35cm四方、高さ70cmの透明ケースにパックされているため、ハンズオン・ギャラリーなどの企画でモバイル展示したものもある。振り返ると研究展示の、またモバイル展示のさまざまな可能性に気づかされる。以下、まず展示物の内容を、続いて展示手法を概観する。
オリジナルの標本の展示事例は少なく、腕足動物化石(1)、屋根瓦(2)、サンコウチョウ剥製とその巣(4)、タコノキ果実とクマネズミ剥製(8)、チェリャビンスク隕石(12)の5回のみである。文化史系の展示では、琉球建築(2)、三重塔(3)、古代アンデスの石彫(6)、舞台のセリ上げ装置(10)、シリアの打製石器(11)、アゼルバイジャンの住居(14)などは対象のストレートな表現を意図した縮小模型・レプリカとなっている。資料の単一性やオーバーサイズのために、これら文化史資料は現物の展示がとくに難しいというのがその一因である。しかしアーキテクチャというテーマを表現する上で、レプリカや模型が適している例が多かったことも事実である。たとえば生物学標本の中では足の骨格(15)のみが実物そっくりのレプリカであり、体内を示した腕足動物(1)とハリネズミ胎仔(9)の模型は、テーマを伝えるために断面を設けている。また建築の設計に関わるテーマでは、理念を立体化した制作物が必要であった(5、7、13)。
これらの標本の展示方法も次第に多様化した。序盤においては、オリジナルの標本に縮尺の異なる再現模型を組み合わせ(2)、さらに画像パネルを添える(1)など、異質な物品群からユニットを構築する試みがあった。その後、標本や模型を単独で置く、もしくは同種の一群を並べる構成へと移行したのは、展示品の点数の増加やサイズの増大が直接的な要因である。のみならず「展示品群を複合させて研究の全体像を俯瞰的に、結論を説明的に見せる」ことから「研究を象徴する展示品に物語らせる」ことへと、企画者・講師の意識が向くようになったためでもある(ただし後述のように企画後半、第8回ころから再び転換する)。
企画前半の展示の特徴は「実験」性であった。腕足動物の殻の中の流体シミュレーション画像(1)、耐震実験用の模型(3)、建築形態の多様性の追求(5)、そして思考実験の極致とも言えるアンビルト建築(7)など、まさに試行・思考の過程を研究現場から切り取って展示する流れであった。後半でとくに実験性の高い展示物は、複数の建築群をリミックスした新たな建築模型表現の試み「建築の記憶」(13)だけである。
同時に「建築の記憶」は下方から上方へと、過去・現在・未来の建築の記憶が一つのオブジェクトの中に積層しており、そこに企画後半の展示手法の特徴が現れている。先述のように時間・空間・視点の変化に関連したアーキテクチャを取り上げる機会が次第に増えた。その場合は研究の過程よりも、研究の成果(暫定的であるにしても)に立脚して現象を俯瞰し、変化の全体像を見せる必要がある。こうして再び「研究の全体像を俯瞰的に、結論を説明的に見せる」展示が志向されるようになった。序盤の2回とは異なり展示物は単独、もしくは同種の一群であるが、そこから複雑な研究成果を具象化すべく模型や演示具が工夫された。ハリネズミ胎仔は成長にあわせて左から右へと遷移していく(9)。セリ上げは模型自体を可動式に仕上げてある(10)。石器は編年に即して配置され(13)、隕石は現物とその背後の拡大写真とがレンズ内に一緒に納まるように懸架され(12)、主竜類の足の骨たちは系統樹に従って立体的に分岐していく(15)。これら企画後半の演示具の多くは新規設計である(9、11、12、15)。石器の形や隕石薄片の内部組成を際立たせるために電飾を施すなど高度な工作を要する局面も多く、中坪啓人氏(本館特任研究員)の優れた技巧に何度も助けられた(8、9、11、12)。
以上、15回の企画を内観的に回顧してみた。アーキテクチャを主題にイベントと展示物を構想すること自体が、設計と構築の反復であったと言えそうである。
ウロボロスVolume22 Number3のトップページへ