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研究紹介
地球外試料を集める
三河内 岳
これまでに人類が手にした地球外試料には何があるだろうか? 多くの人がいちばん最初に思い浮かべるのは隕石だろう。実際に、地球外試料の中でその量と種類が最も多いのは隕石であり、主要な研究対象になっている(図1)。中には、JAXAの小惑星探査機「はやぶさ」が2010年に持ち帰った小惑星イトカワの塵を思い浮かべる人もいるだろう。また、NASAの彗星探査機「スターダスト」は、はやぶさよりも前の2006年にヴィルト2彗星の塵を持ち帰っている。もちろん、それよりもはるか前の1969〜1972年にかけて行なわれたNASAのアポロ計画と同時期のソ連によるルナ計画で合わせて400キログラム近い月試料が回収されている(図2)。現在のところ、これらの4種類が人類が手にしている主要な地球外物質である。
では、なぜ地球外試料を集めるのだろうか? これらの地球外試料は、太陽系がどのように形成し、誕生した天体がその後にどのようなプロセスを経て成長していったかを教えてくれる唯一の物的証拠だからである。例えば、隕石はそのほとんどが小惑星から飛来しており、元々は太陽系形成時に存在し、大きな天体に成長できなかった微惑星、原始惑星と呼ばれる天体が破壊された破片である。成長しなかったがために、昔のままの状態で保存されており、そのため、隕石は太陽系の歴史、特に天体の進化を記録した「化石」と言われる。地球にいて、地球の試料を調べるだけでは太陽系や地球が誕生した時のことや、その後に天体の進化がどのように起こったかを知ることはできないのである。これは、地球が現在でも様々な地質学的な活動を続けており、過去の岩石を刷新しては新しい岩石が作られているからである。また、隕石の中には月や火星から来たものも少数ではあるが知られており、特に火星隕石の場合は、惑星探査による地球への試料回収がまだ実現していないことから、実験室での高精度分析を行うことのできる唯一の火星試料となっている(図3)。
そのようなわけで、太陽系の誕生とその後の天体進化が知りたい我々研究者は地球外試料を集めるためのフィールドワークを行なうのである。ただし、行なう、、、と簡単に言っても、想像の通り、地球外物質を集めるフィールドワークと言うのは容易ではなく、実際に自分で地球外物質をサンプリングして、それを研究している研究者はほとんどいない。
そもそも、地球外試料を集める方法には大きく2種類があるが、どちらも容易ではないからである。一つ目の方法は、隕石のように地球に落下して来たものを回収する方法である。これは、ある意味、「運を天に任せる」ということになり、希望した場所に隕石を落とすことはもちろんできない。そのため、隕石が見つかったという話があれば、そこにサンプリングに行くことになる。ちょうど最近、岐阜県岐阜市で鉄隕石が新しく見つかり、私のところに隕石が送られてきたので、化学分析を行ない、「長良隕石」という名前で登録を行なった(図4)。国内で隕石が見つかることは滅多に無く、今回の発見は14年ぶりであり、鉄隕石に限って言えば80年ぶりであった。実際に長良隕石が発見された現場に行って少し探してみる機会があったが、残念ながら住宅地のため、探すことのできるような場所はあまりなく、新しい隕石は見つからなかった。しかし、その後、地元の人によって最初の発見場所からわずか300メートルしか離れていないところで2個目の鉄隕石が見つかった。しかも1個目の約6.5キログラムより大きい約9.7キログラムであった。この隕石が1個目の鉄隕石と同一のものかを確認するために、1キログラムあまりを切断して化学分析を行った。その結果、予想通り、1個目と同じ種類の鉄隕石であることが分かった。これら合わせて1キログラムあまりの長良隕石試料は本館の隕石コレクションに加えさせていただいた。
しかし、場所を選べばたくさんの隕石が回収できる場所が地球にはある。南極の山脈沿いやアフリカのサハラ砂漠では隕石が長い時間をかけて集まってきた場所があり、非常に効率よく隕石を回収することができるのである。特に南極は、氷河によってベルトコンベアのように運ばれた隕石が集積した場所がいくつかあり、1969年に日本の南極観測地域観測隊がそのような場所をやまと山脈で発見したことがきっかけになり、その後に大量に隕石が回収されている。この1969年という年は地球外物質の研究にとって非常に重要な年で、南極隕石の発見だけでなく、先に述べたアポロ計画により月試料が初めて持ち帰られたのもこの年であり、またアエンデ隕石という太陽系最初期の物質を含む貴重な隕石(図1)がメキシコに大量に落下したのもこの年である。 これまでに発見・登録されている隕石の数は世界中で6万個近くになるが、そのうち南極隕石は4万個ほどであり、日本は約1万7千個の南極隕石を所持している。また、南極は人為的汚染の少ない場所であるため、隕石中の有機物などの分析を行う際には適した試料となり、実際にそれを考慮して回収が行なわれている。さすがに南極は一般の人が容易に行くことができないので、各国の研究機関が隕石の回収を行なっているが、研究者が中心になって実施している。南極でのサンプリングは個人のためではなく、リクエストに応じて世界中の研究者に配分するための研究試料であり、個人で独占することはできない。回収した試料は日本では国立極地研究所でキュレーションが行なわれているし、米国ではNASAとスミソニアン博物館がその業務にあたっている。
私も隕石探査はアメリカのニューメキシコ州やテキサス州の砂漠で3回ほど実施した経験があり、実際に隕石を見つけていたが、かねがね南極隕石の探査にも加わりたいと思っていた。そうしていたところ、国立極地研究所から2012-2013年の第54次南極地域観測隊のメンバーに加わらないかと打診を受けて、南極隕石回収のための探査に参加することができた。昭和基地に行く本隊とは別働で、標高が3千メートルもある南極の内陸まで飛行機とスノーモービルで移動したが、真夏の最高気温がマイナス15度ほどにしかならず、常に風速毎秒10メートル以上の強風が吹いているような過酷な環境だった。深さが30メートルもあるような氷の割れ目であるクレバスが随所にあり、危険を伴う場所であるために、我々研究者に加えてプロ登山家が同行し、さらに出発前には様々な訓練を1年かけて行なった。危険な場所ではあるが、雪と氷しか無い世界は逆に美しくもあり、氷の表面に落ちている岩石はほぼすべて宇宙からやって来た隕石であった。
この時は氷上に約40日間滞在して日本人とベルギー人合わせて10名の合同チームで探査を行い、400個以上の隕石を回収した。一番大きな隕石は約18キログラムのもので(図5)、普通コンドライトと呼ばれる隕石の中では最も数の多いものであった。ただ、この隕石に関連しては因縁のようなものを感じている。ちょうど私たちが南極から帰った翌日にロシアにチェリャビンスク隕石という大きな隕石落下があった。地球の大気圏に突入してきた際には20メートルくらいの大きさがあったと見積もられており、落下の際の衝撃波により窓ガラスが割れたりドアが吹き飛んだりして、1500人近い数のけが人が出ている。チェリャビンスクでは数百キログラムの大きさの塊りが湖から回収されたが、その他にも非常に多くの隕石破片が見つかっている。ちょうど、南極からの帰国後は、はやぶさ探査機が小惑星イトカワから持って帰って来た塵の分析に忙しかったのだが(図6)、平行してチェリャビンスク隕石の分析も行っていた。そうすると、両者はいずれもLLコンドライトに分類される普通コンドライト隕石で、大きさの違いはあれ非常によく似た鉱物学的特徴を持っていることが明らかになった。イトカワは、現在は大きさ約500メートルあまりの小惑星で、チェリャビンスク隕石は元々20メートルほどの大きさの小惑星だった(地球に落下してもう小惑星としては存在していないが)わけであるが、元々は両者とも直径が20キロメートル以上あった同一の天体を起源としていたと考えられるのである。この天体が破壊されて多くの破片ができて、その破片が集まったものがイトカワで、20メートルくらいの天体サイズで宇宙空間を漂っていて、ロシアに2013年に落下したのがチェリャビンスク隕石だったのである。さらに南極で私たちが見つけた18キログラムの隕石もLLコンドライトであり、元はイトカワとチェリャビンスク隕石と同じ天体起源と考えられるのである。このように、同じ時期に遭遇した3つの異なった地球外物質が元々は宇宙の同一天体から来ていたと思うと非常に不思議な気分になったものである。
さて、地球外物質を集めるもう一つの方法は、宇宙に飛び出して、自ら試料を獲得する方法である。これはいかにもサンプリングと言う感じがする。本稿の最初に出てきたアポロとルナ計画、スターダスト探査、そして前章で触れたはやぶさ探査がこれにあたり、サンプルリターン探査と呼ばれている。ただし、アポロ計画以外のサンプルリターン探査は、人間が行なったものではなく、無人の探査機が行なったものであり、アポロ計画で月の上に降り立ったわずかの人数の宇宙飛行士のみが地球以外の天体でサンプリングを行なった経験者である(うらやましい!)。今後もサンプルリターン探査は世界各国でいくつか計画されているが、いずれも無人の探査であり、人間が危険を冒してまでサンプリングに行く必要性はあまり無さそうである。
現在進行形のサンプルリターン探査には小惑星リュウグウを訪問しているはやぶさ2探査があり、今はちょうどリュウグウの周りを周回し、サンプリングに向けてデータを集めているところのはずである。回収された試料は2020年末に地球に帰って来ることになっており、私もその分析に携わる予定である。また、アメリカのオシリス・レックスという名前の小惑星探査機は、2016年に打ち上げられ、小惑星ベンヌに向けて飛行中である。こちらはサンプルを回収して地球に帰還するのは2023年の予定である。リュウグウもベンヌも、有機物や水が存在していると考えられている小惑星で、太陽系にどのようにこれらの物質が分布しているか、また地球の水や生命の起源を知る上でも、有用な情報をもたらしてくれるはずである。これらの現在進行形の2つのサンプルリターン探査以外にも、今後は小惑星だけでなく、月や火星からのサンプルリターンも計画されており、2020年以降は多くの地球外試料がもたらされてくるはずである。その中で日本は、Mars Moon eXploration(略称MMX)という名前の火星衛星探査を計画しており、火星の衛星フォボスから2029年を目指してサンプルを地球に持ち帰る探査計画を進めている。
このように地球外試料を様々な方法で集め、それらを詳しく調べることで、我々は太陽系がいつどのように誕生して、そして地球やその他の星々がどのような過程を経て現在の姿になったかを明らかにしようとしており、そのための試料が着々と蓄積されていっているのである。
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図1 アエンデ隕石.本館所蔵の約4キログラムの試料.
1969年2月にメキシコチワワ州に落下したもの.
図2 アポロ15号で回収された月岩石(画像:NASA).
図3 Zagami隕石(本館所蔵)。
1962年10月にナイジェリアに落下。
火星起源の隕石で、約1.8億年前に
火星の表層近くで高温のマグマが冷えて結晶化したもの.
その後、隕石衝突などで火星から
弾き飛ばされた岩石が地球に到達した.
図4 長良隕石.国内では80年ぶりに発見された鉄隕石で、
2018年2月に正式登録された.重さ約6.5キログラム.
図5 第54次南極地域観測隊による南極隕石探査.
発見された中で最大の隕石(約18キログラム).
写っているのは筆者.画像提供:第54次南極地域観測隊.
図6 はやぶさ探査機がサンプルリターンした
イトカワ微粒子の光学顕微鏡と
試料研磨後の切片の走査型電子顕微鏡写真.