東京大学総合研究博物館 The University Museum, The University of Tokyo
東京大学 The University of Tokyo
HOME ENGLISH SITE MAP
東京大学総合研究博物館ニュース ウロボロスVolime23Number2



駒場博物館特別展
博物学に学ぶ進化と多様性 ―市民公開講座「博物標本から進化を語る」と関連して―

矢後勝也(本館助教/昆虫自然史学・保全生物学)
小薮大輔(武蔵野美術大学造形学部准教授/比較解剖学・哺乳類学)
佐々木智彦(本館准教授/貝類学・古生物学)
米田 穣(本館教授/先史人類学)
佐宗亜衣子(本館技術補佐員/古人骨考古学)
折茂克哉(駒場博物館助教/博物館学)
伊藤元己(駒場博物館館長/進化学・多様性生物学)

 2018年8月22〜25日の日程で、日本進化学会第20回大会が東京大学駒場キャンパスにて催された。この大会主催の市民公開イベントという位置付けで、東京大学にある総合研究博物館と駒場博物館の2つの博物館の共催により今回の駒場博物館特別展「博物学に学ぶ進化と多様性」(Special Exhibition ─ Evolution and Diversity Learned from Natural History)および関連イベントとなる市民公開講座「博物標本から進化を語る」が行われた。

特別展「博物学に学ぶ進化と多様性」
 明治10年の創立以来、東京大学では多くの学術標本が蓄積、研究されており、この貴重なコレクションの管理・運営・継承を担いつつ、学術標本コレクションのさらなる充実と、最先端の研究およびその公開発信に努めている。今回の展示では「生物の進化と多様性」をテーマに、標本・資料を扱った様々な進化・多様性分野の研究に触れながら、博物学に対する幅広い興味や科学する心を抱いてもらうことを目的とした。
 本特別展「博物学に学ぶ進化と多様性」(図1)の展示期間は2018年8月22日(水)〜9月24日(月)(入場料:無料)の約1ヶ月で、日本発生生物学会主催の「卵からはじまる形づくり─発生生物学への誘い」展との同時開催で会場を半々に分けあったが、相乗効果をもたらしたようで、入館者数は1ヶ月で3,000名近くとこれまで駒場博物館で開催された他の特別展と比較して盛況であった。この入館者数を曜日別(休館日の火曜を除く)に見てみると、土曜(21%)、日曜(20%)と続き、次いで月曜(17%)の来館者が土日とほぼ変わらず多かったことは注目すべきであろう(図2)。次に入館者数の推移を日毎にグラフ化すると、日本進化学会大会の会期中と重なる開催初日から数日間とその週末の入館者数は顕著で、その後は一定の水準で推移し、連休と重なった会期終了日とその前日、前々日の3日間は最高入館者数となる来館者が連日訪れていたことが分かる(図3)。
 展示自体は分野の異なる4つのパートから構成され、標本・資料の特徴に合わせて展示を行なった。それぞれのパートの展示品や展示担当者、展示概説は以下の通りである。

・「哺乳類の胎子液浸標本」、「コウモリの成長過程標本」 (小薮大輔)
 東京大学総合研究博物館、武蔵野美術大学では脊椎動物の身体構造の進化や成長の秘密、そして美を追究する研究が進められている。ここでは両機関の博物学的、比較解剖学的、美術解剖学的研究に供されてきた様々な哺乳類の希少な胎子標本や骨格標本を展示する。
・「日本産チョウ類標本」 (矢後勝也・折茂克哉・伊藤元己)
 東京大学駒場博物館と東京大学総合研究博物館に収蔵されている昆虫のうち、日本産チョウ類の全種や偶産種を含む265種の標本を展示しながら、翅の色・形の多様性を示すとともに、これらのチョウ類を用いた分子系統解析の結果などを紹介する。
・「現生・化石貝類標本」、「アンモナイト・オウムガイ類標本」 (佐々木猛智)
 現在生きている種には祖先があり、それら進化の歴史は化石記録を調べることによって推定することができる。地質時代を通じた形態変化、現在では存在していない形状の化石種について紹介する。
・「東京大学総合研究博物館人類先史部門収蔵古人骨コレクション (縄文〜古墳時代)」(米田 穣・佐宗亜衣子)
 本学名誉教授の鈴木尚が中心となって収集した貴重な古人骨の資料を紹介する。本資料は日本人研究に不可欠な資料として今日でも活用され続けている。骨に残存する核DNAを用いた集団形成史だけではなく、様々な研究から進化の背景となる適応戦略についても明らかになっている。

   各パートの展示手法として、まず展示場左手前に置かれた哺乳類の胎子標本は、ホルマリンを混ぜたアガロースゲルを用いて半球状の透明ケースに標本を封入し、裏側から光源を当てて各ステージの成長過程とその形態変化を見せるという独創的な展示となった(図4)。大型ドイツ箱14箱に収められたチョウ類標本は、展示スペースの外周のほぼ右側半分を囲むように並べられ、各標本箱の上部にそれぞれの解説パネルが設置された(図5)。アンモナイトやオウムガイなどを含む現生・化石貝類標本は、中央に配列された展示ケース内に綺麗に置かれ、ケース奥側上部に解説パネルが取り付けられた(図6)。展示場左奥には、壁面に沿って頭骨や上腕骨、大腿骨などの古人骨標本や土器、骨角器が並べられた展示ケースが配置された(図7)。
 本展示の来館者アンケートでは、「とても面白かった(49歳女性、55歳男性)」、「素晴らしい展示(40歳女性、61歳男性)」、「展示品が美しかった(27歳女性、37歳女性)」、「説明がわかりやすい(8歳男性、22歳女性)」、「またやってほしい(15歳女性、40歳女性)」などの意見をいただいており、概ね高評価であった。

市民公開講座「博物標本から進化を語る」
 日本進化学会大会主催の市民公開イベントであり、今回の特別展示の関連イベントでもある市民公開講座「博物標本から進化を語る」は、日本進化学会大会の最終日となる2018年8月25日(土)の午後に催された。近年に見られる多くの学術分野では、専門性を追求するあまりに対象の極度な細分化やミクロ化が進行しているが、知覚的・体感的に接することのできるマクロ的事象を扱った先端科学も今なお重要である。博物館にはマクロレベルの学術標本が数多く収蔵されており、このような標本に関わる先端研究ができることこそ、博物館での研究は学術的な魅力の一端を成している。本公開講座では、博物標本を用いて進化を解き明かす異分野の研究者が、それぞれの研究における魅力を語るというものである。演者は今回の展示を担当した4名で、各展示に関連した内容を講演した。それぞれの演題と演者は以下の通りである。

・「ホネから探る動物の暮らしと体作りの進化」 (小薮大輔)
 地球上には様々な哺乳類が暮らしているが、体作りの順番は動物によって異なっている。動物の胎子の体作りの多様性について、暮らしの違いという視点から探る。
・「日本産チョウ類の分子系統地理:絶滅危惧種のルーツを探る」 (矢後勝也)
 近年の環境破壊は地球温暖化などにより、チョウをはじめとする多くの昆虫が絶滅の危機に瀕している。絶滅寸前に追い込まれている日本産チョウ類3種の生息状況を紹介しながら、それらの種分化や分布の形成過程などを分子系統解析のデータから考える。
・「化石記録から分かる貝類の繁栄」 (佐々木猛智)
 貝類(軟体動物)は全生物の中で最も化石記録が豊富な生物である。そのため、カンブリア紀以降地球上で最も成功した生物であると言える。貝類の繁栄の歴史を化石記録から辿り、現在生き残っている種と比較しながら紹介する。
・「歴史系博物館で人類進化を考える:縄文人・弥生人・現代人」 (米田 穣)
 博物館は進化を身近に感じる絶好の舞台である。縄文時代や弥生時代の文化の特徴をヒトの進化の視点から考えることで、私たちヒトの生物学的特徴を理解し、これからの姿を考えるヒントを探す。

 この市民公開講座には多くの人たちが集まり、参加者数は102名にのぼった(図8)。また、講演終了後は駒場博物館の展示場にてギャラリートークも開催した(図9)。普段聞けない細かな生物の進化やその研究について、実物の学術標本を見ながら実践している研究者に話を直接聞けるという点から、この企画は大好評であった。  今回の市民公開講座では、参加者102名のうち76名からのアンケートを集計することができた(図10)。参加者の性別では男性が過半数を占めていた。年齢構成では20代が26%と最も多かったが、これは職業・身分構成で示される大学生+院生の割合(計28%)とほぼ一致することから、進化に興味を持って研究者を目指す可能性のある若者の割合を示しているかもしれない。次いで40代の21%、60代の16%、30代の13%、50代の12%で、60代を除くと計46%を占めるが、職業・身分構成の団体職員含む会社員、教員、研究員の割合が計49%とほぼ一致することから、おそらくこの多くは日本進化学会会員の参加者と思われる。その一方で、残りの年代を合計すると約30%となるが、職業・身分構成で高い割合(11%)を占めた無職、さらには公務員、主婦、中学生、その他の職業、会社員の一部などを含めると約30%となり、これはチラシ・ポスター等の宣伝効果による一般参加者と見て良いだろう。進化への理解度は「わかりやすかった」が89%を占め、満足度についても「楽しかった」が95%を示したことから、我々の目標は達成できたといえる。また、類似の市民公開講座への参加回数は「今回が初めて」と答えた割合が35%と高かったことから、ここでも本企画への誘い込みの成果が伺える。次回の同様な企画への参加希望については「参加したい」と答えた方が100%で、受講前と受講後の進化への興味の変化についても96%から98%に向上したことから、本市民公開イベントの企画は大成功だったといえるだろう。  今回の展示および市民公開講座を開催するにあたり、河村正二大会会長をはじめとする日本進化学会第20回大会実行委員会の方々には多大なご支援を賜った。関岡裕之特任准教授には本展示のチラシ・ポスターのデザイン制作で大変お世話になった。伊藤勇人、小笠原恵、勝山礼一朗、野尻太郎、Katherine Hampsonの各氏(五十音順)には展示制作の際にご助力をいただいた。また、本活動は平成30年度科学研究費補助金・研究成果公開促進費(課題番号18HP0022)からの助成により成し得たものである。各氏・各団体に心よりお礼を申し上げる。


ウロボロスVolume23 Number2のトップページへ


図1 特別展「博物学に学ぶ進化と多様性」のポスター.
図2 曜日別入館者数の割合(火曜日は休館日).
図3 日別入館者数(火曜日は休館日:会期は2018年8月22日〜9月24日).縦軸は入館者数、横軸は日付を示す.
図4 「哺乳類の胎子液浸標本」と「コウモリの成長過程標本」の展示.
図5 「日本産チョウ類標本」の展示.
図6 「現生・化石貝類標本」と「アンモナイト・オウムガイ類標本」の展示.
図7 「東京大学総合研究博物館人類先史部門収蔵古人骨コレクション(縄文〜古墳時代)」の展示.
図8 市民公開講座「博物標本から進化を語る」の様子.
図9 市民公開講座の関連イベントとなる展示場でのギャラリートーク.
図10 市民公開講座でのアンケート結果.