海外展示
現代美術における彫刻の可能性と動向 ―ZKMでの展覧会を通じて―
菊池敏正(本館インターメディアテク寄付研究部門特任助教/文化財保存学)
ドイツとフランスの国境近くに位置するZKM(カールスルーエ・アート・アンド・メディア・センター)において、2019年4月より開催中の展覧会Negative Space -Trajectories of Sculpture-に参加している。ZKMは、複数の芸術部門から構成される大型の美術館であり、旧ドイツ軍時代の武器庫を改修して造られた建造物は、驚くほど巨大である(図1)。館内には、常設展示、企画展示に加え研究部門も充実しており、特に、実験的且つ先端的なメディアアートの領域においては国際的にも非常に大きな発信源となる美術館である。
彫刻の軌跡との副題を持つ本展覧会は、20世紀から21世紀の「彫刻」に焦点を当てたものである。19世紀におけるオーギュスト・ロダンに代表される、主に人体をモチーフとし、彫刻された物体を通じて生命感、躍動感などを表現した写実的な作品とは対照的な、抽象表現による作品、約200点余りが展示されている。20世紀前半期の、ダダイストであるマルセル・デュシャンやハンス・アルプ、構成主義のナウム・ガボやアントワーヌ・ペヴスナー、デ・ステイルの提唱者の一人であるジョルジュ・ヴァントンゲルロー等の前衛芸術を一つの起点とし、作品を通じて、空間と彫刻の関係性を提示している。さらには、ラースロー・モホリ=ナギ等のバウハウスの作家による作品もあり、彫刻作品の変遷から、当時の芸術運動の展開も鑑みることができる。それらの作品には、同時代に制作された学術標本である幾何学模型の影響も十分にあることから、ドイツ国内に現存する幾何学模型(ゲオルグ・ゲッティンゲン大学、ハイデルベルグ大学所蔵、他)も合わせて公開されている。
20世紀前衛芸術運動を背景に彫刻はその後、ヘンリー・ムーアやバーバラ・ヘップワース等、抽象的な形態表現を用い、素材(物質)と空間の関係性をさらに強く意識する作品から、リチャード・セラに代表されるミニマルアートの作品へと変化していくが、それらが様々なコンセプトを持ちつつも、作品と対峙することで得られる印象は、物質と空間、観念の関係性だけではなく、作品自体が持つ質量や体積等、「塊」としての存在感があり、それらは彫刻が持つ最も大きな要素の一つである。一方で、素材や空間に対する意識も変化し始め、中谷芙二子氏や、ヘスス・ラファエル・ソトによる鑑賞者が作品の中へ入り、体感する事が可能な作品からは、これまでの「塊」としての枠組みから大きく超えた展開を示す作品であり、インスタレーションを通じて彫刻の可能性を拡大している。
さらにはアニッシュ・カプーアによる壁面に設置された鏡面を用いた作品等は、作品から質量を感じる以前に鑑賞者の視覚を大きく刺激する作品でもあり、そこには、先端的な技術を応用し、ミニマルアートとは異なる方法で見る事の優位性が保たれており、顕著な新しい動向の一つであると言える。
本展覧会は、20世紀前衛芸術による彫刻作品に加え、過去の概念を逆手に取る形で、これらの素材の質感や重力にとらわれない作品を空間に展示する事で、彫刻の軌跡だけでなく、彫刻に対する新たな視点と可能性を示す試みでもある。また、今回の展覧会の様に大きな立体物である彫刻作品を数多く一堂に集め展覧会を企画することは、展示スペースや、輸送、作品を設置していくスケジュール調整等、多くの問題を解決していかなくてはならず、準備には膨大な時間と労力を要するものであった事は容易に想像出来る。ZKMは、この様な大々的に彫刻を扱う展覧会を、1986年にパリのポンピドゥーセンターで開催された「Qu'est-ce que la sculpture moderne?」と題する展覧会に続くものとして位置付けており、ミニマルアートの出現以降、社会的な活動を伴う彫刻作品等、様々なスタイルへ変化しつつある「彫刻」を近年の新しい動向も踏まえて展示する事は、非常に実験的でもあり展覧会後の「彫刻」の動向にも注目していきたい。
私は、2017年にヴィクトリア&アルバート美術館(イギリス)において行なった研究活動をベースにした作品を、本展覧会にて展示することになった。イギリスでの研究活動は漆をテーマとしており、本展覧会に多く出品されている20世紀前衛芸術や、それ以降の近現代彫刻作品よりも大きく遡る時代に用いられた、日本の伝統的な彫刻技法を応用し制作したものである。また、作品のモチーフには20世紀初頭に制作された学術標本を用いている(図2、3はZKMでの展示と同作品を用い、アーツ前橋にて展示した際の画像である)。仏教芸術に使用された古典技法と、明治期に日本国内に輸入された学術標本の組み合わせから成る作品が、この様な展覧会に展示されていることは、感慨深い印象を持ちつつも、現代において、これまで以上に伝統的な素材や古典技法の可能性を強く感じ、国際性と地域性それぞれの持つ意義を改めて考える経験となった。
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