マクロ先端研究発信グループ共同活動
研究のモノ語りにふれるハンズオン・ギャラリー
小敬寛(本館准教授/動物分類学)
久保 泰(本館・日本学術振興会特別研究員RPD /古脊椎動物学)
尾嵜大真(本館特任研究員/年代学)
楠野葉瑠香(本館特任研究員/加速器質量分析・宇 宙地球化学)
黒木真理(本学大学院農学生命科学研究科助教/水圏生態学)
新原隆史(本学大学院工学系研究科助教/隕石学・鉱物学)
矢後勝也(本館助教/昆虫自然史学・保全生物学)
2019年8月7日(水)・8日(木)の両日、「HandsOn 10 研究のモノ語りにふれるハンズオン・ギャラリー」が本館にて開催された。普段、触れられない標本を直接手にできる「ハンズオン」型の展示企画は、全国各地の博物館で盛んに試みられている。東京大学総合研究博物館でもマクロ先端研究発信グループの共同活動として、2010年より毎年、継続的に実施してきた。この催しを通じて、好奇心を刺激するとともに、本館ならではの標本から生み出される研究の広がりを知っていただくために、毎回、各分野の研究部スタッフや関係研究者による多彩なギャラリーを展開している。一方で、すべてのギャラリーに通底する展示テーマを設けて、各回の個性を色づけてきた。いよいよ記念すべき10回目を迎えた今回、選ばれたテーマは「標本研究の軌跡」である。
このたびのハンズオン・ギャラリーは10回目という節目に当たると同時に、図らずも2019年8月10日に始まった耐震改修工事に伴う長期休館の直前、本郷本館で開かれる最後の催しものとなった。2016年5月のリニューアル・オープン以来、特別展等の展示替えによる短期休館を除き公開を続けてきた常設展示「UMUTオープンラボ」も、しばらくの間、見学できない状態となる。これまで本郷本館を会場としたハンズオン・ギャラリーでは、標本研究の世界をその現場から発信するという常設展示のコンセプトを踏まえつつも、催事として平時との差別化を考慮し、コンセプトに包摂される視点の中の一つに絞ったテーマを設けることが多かった(2016年「ミクロにせまるハンズオン・ギャラリー」、2018年「かたちを読み解くハンズオン・ギャラリー」など)。だが、今回は十年に及ぶハンズオン・ギャラリーの展開を私たちなりに省みて原点に立ち返るとともに、今いちど「UMUTオープンラボ」の展示コンセプトと真正面から向き合う機会にしようと考えた。展示図録の章立てからも分かるように、展示場では学術標本の歴史と現在、そして学術標本との対話がモノを通じて語られている。そこには、研究に取り組む私たちが社会に伝えたい、数々のストーリーが散りばめられている。そこで、参加する研究者個々人から学界までのレベルを問わず、研究の歩みに深く関わるような標本をとりあげ、そのストーリーを私たち自身の口から、標本を手にしつつ発信することに狙いを定め、「研究のモノ語りにふれるハンズオン・ギャラリー」とのテーマを掲げた。
なお、過去9回においては、各担当者が専門分野に応じたギャラリーブースを設置し、同時並行で展覧するスタイルをとっていた。だが、今回は標本のハンズオン展示だけでなく「モノ語り」を話し伝えることにも重きを置いたため、「トーク&ギャラリー」と称して、ハンズオン展示を交えながらの講演を企画講演室にて順次行う方式とした。用意された5本のタイトルと担当者は、次の通りである。。
トーク&ギャラリー@ 文明の起源を探る―メソポタミア先史考古学の今昔(小敬寛)
トーク&ギャラリーA ワニ―進化のモノ語り(久保 泰)
トーク&ギャラリーB 海研究の軌跡―ウナギをめぐる大航海(黒木真理)
トーク&ギャラリーC 隕石・月の石が語る太陽系の姿(新原隆史)
トーク&ギャラリーD 幸せの国に潜む幻のチョウを追う(矢後勝也)
それぞれ手にとったり、間近で観察できたりする標本を展覧しつつ(図2)、講演には画像や映像をふんだんに織り交ぜたプレゼンテーションが用意され(図3)、研究のストーリーを効果的に伝える工夫がさまざまに凝らされた。
本年のハンズオン・ギャラリーは、昨年・一昨年に続き「高校生のための東京大学オープンキャンパス」における本館の実施企画としても位置づけられた。過去2年は本館展示場内の限られた空間の中、ギャラリーを縫うように配置したが、多くの高校生が本郷キャンパスに押し寄せる日とあって、こちらの想定を遥かに超える来場者があり、会場は激しく混雑した。贅沢な悩みとはいえ、人だかりによって常設展示の見学が阻害される部分も生じてしまったのではないかと思われる。今回、主会場を企画講演室に限り、トーク&ギャラリーを一つずつ順に行なう方式をとったのは、そうした経験を踏まえたという側面もある。そのおかげもあってか、前回や前々回のような混乱を生じさせずに進行することができた。私たちにとってはせわしない来場者対応を矢継ぎ早に迫られる事態を避けられ、来場者にとってはじっくりと落ち着いて話を聞いていただくこと、そして講演の前後にも密な対話を重ねながら標本に触れていただくことができたのではないだろうか。
また、これまでハンズオン・ギャラリーを本郷本館で開催する際には、放射性炭素年代測定室のご協力で、展示場奥の加速器質量分析装置(AMS)が設置された研究室を開放していただき、いつもはガラス越しにしか見学できない装置を間近に見ながら解説を聞ける場を設けていた。今回もその通例に従ったが、新たにタンデム加速器分析室のご協力を得て、普段は関係者以外の立ち入りを禁じているタンデム加速器研究棟の公開が加わり、合わせて2か所の「AMSラボ公開」が次の通り実施された。
AMSラボ公開@ 炭素14を測る小型加速器質量分析装置(尾嵜大真)
AMSラボ公開A 500万ボルトタンデム加速器研究棟ツアー(楠野葉瑠香)
毎回のことながら小型加速器質量分析装置の公開は好評で、見学時間は1日あたり1時間少々に限ると周知していたものの、実際にはほぼ終日、途切れることなく来場があった(図4)。展示場のガラスの向こう側は、一般の方にとって非日常的といえる博物館の中にあっても、さらに輪をかけて非日常的な空間であって、ゆえに特別な体験となるのは間違いないようだ。普段は触れられない標本を手にするハンズオン展示と相通ずるところである。新しく試みたタンデム加速器研究棟ツアーも、あいにくの猛暑の中、本館から遠く離れた浅野キャンパス内という悪条件にもかかわらず、多くの来場者を迎えることができた(図5)。同じくハンズオン展示に通じる点でも同時開催に相応しい、確かなコンテンツになったといえる。
以上のように、今回のハンズオン・ギャラリーは、十年の蓄積に拠りつつも、新しい方向性を模索しながらの開催であった。本館によるハンズオン展示の大きな特徴は、実際に標本を扱っている研究者本人がギャラリーを企画・担当し、専門性に裏打ちされた臨場感あふれる解説を行なうことであり、それは本館が担う社会的役割の一角にも合致するものと思われる。一方、研究の世界には、個々の専門性によって差異もあれば、分野を横断して共通する部分も確かに存在する。そこに身を置く私たちにとっては、ハンズオン・ギャラリーを共同で運営することにより、多角的な標本の見方を養うとともに、分野間の学際的な接点を互いに探りあう、大いに有益な機会が得られる。こうした意義こそ、私たちが協力しあってハンズオン・ギャラリーの開催を続けてきた理由の一つであり、今回も幸いにして継承することができたといえるだろう。もちろん、地道な積み重ねだけでなく、弛まぬ改善や挑戦を忘れてはならない。その点でも、いくらかの試みは成しえたのではなかろうか。
開催にあたっては、本館ボランティアの皆様に多大なるご協力をいただいた。また、企画・立案には、鶴見英成・本館助教にもご参画いただいた。広報用のチラシやポスターのデザインは関岡裕之・本館特任准教授にお願いし、会場設営に際しては松本文夫・本館特任教授のご指導を仰いだ。写真は佐藤一昭・本館博物館事業課係長にご提供いただいた。ここに記してお礼申し上げる。
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