東京大学総合研究博物館 The University Museum, The University of Tokyo
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東京大学総合研究博物館ニュース ウロボロスVolime24Number2



小石川分館特別展示
貝の建築学

佐々木猛智(本館准教授/動物分類学・古生物学)

 貝殻は貝類が作る建築物である。展示を開催するにあたり「貝の建築学」というあまり一般的ではないタイトルを考えた理由は以下の3点にある。(1)貝殻は非常に規則正しく螺旋を描いており、あたかも設計図に基づいて作られた建築物のようである。この規則性は殻を実測してみることで確認できる。(2)貝は貝殻の中で暮らしており、自ら作り出した「家」である。殻が壊れた時には補修(再生)し、殻を守ろうとする。(3)貝殻は微小な結晶が組み合わさって出来ており、煉瓦やタイルを貼り合わせてできた構築物のようである。従って、マクロからミクロまで様々なスケールでみても貝殻は建築物としての様々な構成要素に満ちている。
 貝類は昆虫に次いで種数の多い動物であり、驚くべき形の多様性を示す。一方で、多種多様な貝殻のデザインには共通性があり、「対数螺旋」と「付加成長」の2つの用語によって説明される。対数螺旋は螺旋を中心軸の上からみた場合に、殻の縁の1点でひいた接線と螺旋軸のなす角度が一定となるような成長である。特にオウムガイの断面(図1)は螺旋を説明する際に用いられる貝として有名である。付加成長とは一旦形成した部分を改変することなく、新しい貝殻成分を付着させ、休止、を繰り返す成長様式である。
 多数の種の貝殻を集めると外形は様々な多様性があり、種数の多い形と稀なものがある。貝殻の全体の形は生息姿勢と関係があるものが多い。円錐形(図2A-C)のものは殻底を海底面に接することで安定している。低円錐形は特にその傾向が顕著である。細長い種は殻を横倒しにしながら海底に接したり、堆積物中に潜入して生活している。アワビや笠型のカサガイ類のように殻口が極端に広い種は硬い基質に付着することを優先した形であり、足の付着物の面積が大きくなるよう殻口を広げた結果、あたかも殻が巻いてないように見える。
 興味深いことに巻貝には細長い貝殻が多い。細長くなる形には3通りあり、前部(反殻頂側)が長くなるもの、後部(殻頂側)が長くなるもの(図3)、両方が長いもの(紡錘形:図2D-G)がある。前部が長いものは、殻口の前端が長く伸びて、水を取り入れるための水管を収容する(水管溝と呼ばれる)。ホネガイ(表紙)はその典型的な例である。
 殻の後部(殻頂側)が伸びる種は、非常に多い。カニモリガイ類(図3A-C)、キリガイダマシ類(図3E)、タケノコガイ類(図F-H)、トウガタガイ類など多数のグループがこの形を持つ。このことは巻貝の進化の歴史のなかで、塔型が何度も独立に進化したこと、そして、恐らくその形が適応的に有利であることを示している。塔型の貝は長い殻を横倒しにして、生活しており、軟らかい底質中に生息するものが多い。
 貝殻の機能を理解する上で興味深い構造は殻の内部にも見られる(図4)。巻貝を縦に切断すると殻の螺旋の軸(殻軸)の部分に襞(ひだ)が形成されるものが見られる。例えば、ミノムシガイ科(図4A-B)、フデガイ科(図4C-D)ガクフボラ科(図4E-F)、シャンクガイ(図4G)などが典型例である。この襞の部分は筋肉の付着部位となっており、襞は筋肉の付着面積を増やす効果があると考えられる。
 巻貝類の中で興味深い形のひとつにタカラガイ類(図5)が挙げられる。タカラガイ類は幼時は広い殻口を持つが、成熟すると殻口を塞ぐように成長し、さらに殻口の縁に多数の小歯(唇歯)を形成する。この2つの構造により、殻口から攻撃しようとする捕食者から身を守ることができる。タカラガイ類のもうひとつ特徴のひとつは殻が常に光沢を持つことであるが、これは軟体部の外套膜が大きく伸びて常に殻を覆うことにより付着物の発生を防いでいるためである。
 タカラガイの殻の断面を見ると殻の成長の特異性を理解できる。タカラガイ類は殻を均一には成長させていない。幼時は殻の厚さは均一であるが、成熟後は最外層のみを極端に厚くする。そして、種によって、殻口の周辺部を特に厚くする種(ヤクシマダカラ:図5E)、背側、側面の左右の3箇所を補強する種(ハチジョウダカラ:図5F、ハナマルユキダカラ:図5H-I)のように違いあることが分かる。
 殻の一部に棘や歯状突起を形成するものがあるが、これらは対捕食者戦略として発達したものである。殻の表面に棘を持つことは捕食者の接近を妨害する役割があり、非常に多くの巻貝に見られる。アッキガイ科にはそのような例が多く、ホネガイ(表紙)は最も顕著な例である。歯状突起は殻口内部、場合によっては殻の内部の見えない位置にまで形成されることがあり、捕食者の侵入を防ぐ。棘や歯状突起は、捕食者の存在と関係しており、熱帯の低緯度に多く、寒い高緯度や深海には少ない傾向がある。また、殻が厚いほど捕食者に殻を壊されにくくなるため、殻の肥厚は捕食者の存在によって促進されると予想される。
 殻の厚さは捕食者以外の環境要因によっても影響を受ける。陸貝は一般的に殻が薄い。陸上の大型種で外見上殻が頑丈に見える種でさえも手に取ってみると予想外に軽い。同じ大きさの熱帯の海の貝と比較すると重量に大きな差がある。このことは、石灰岩地のように特殊な例を除いて、陸上が殻の成分となる石灰分に乏しいことを反映していると考えられる。
 ホネガイ(表紙)の殻は全ての貝殻の中で特徴的なものである。特徴としては、(1)1巻に3度(120度ごと)棘を形成する。(2)以前に形成した棘を切り落としながら成長する。(3)長い水管溝を持ち、内部には軟体部の水管が伸びており、水管側を前に向けて移動する。この棘は防御戦略として最も効果的な例にあげられる。また、棘はある面にそって伸びており、姿勢の安定にも役立っている(殻がひっくり返りにくくなる)と考えられる。
 殻の厚さの調整には、グループによって様々な工夫が見られる。イモガイ科(図6A-E)では最後の一巻きが極端に厚くなっている。これはもともとは厚い殻を形成するが、後に殻の内部が再吸収されたため薄くなったものである。その成長様式は内部の狭い空間を有効に利用できるものと考えられる。  アマオブネガイ科(図6F)はさらに殻の内部再吸収を大規模に行う。殻を外から見ると螺旋状に巻いているので、内部にも螺旋構造があるべきであるが、切断面を見ると、螺旋の内部の仕切りとなる部分はほとんど失われており、壁が完全に取り除かれた状態になっている。実際に殻の内部に存在する動物体は螺旋状ではない。アマオブネガイ類にはヤマキサゴ科(図6G)のように陸上進出を果たしたグループがあるが、陸生種も海生種とどうように内部を再吸収していおり、祖先から引き継いだ成長様式を頑なに守っている。
 殻を切断して分かることの一つは模様の作り方に様々なパターンがあることである。貝殻の模様は殻の表面のみに存在しているように見えるが、実際にはそうではない。殻の断面の内部にまで色が付いているものが多く存在し、種によっては殻の内部と外部で異なる色彩を持つものがある。殻の内部の色彩は過去に研究例が少なく、未知の分類形質が隠されている可能性が高い。
 殻の断面の観察から分かることは、貝の内部にも特別な構造を作るものがあり殻の機能を強化するための工夫が見られること、貝の厚さにも多様性があり適応上の意味があること、殻を複数の層から作り分けして壊れにくくしていることである。貝は対数螺旋と付加成長という2つの基本を忠実に守りながら、生活環境に応じて、生き残るための様々な生存戦略を創出している。そして、そこには貝殻の建築物としての優れたデザインを見ることができる。

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図1 オウムガイ. A. 殻の外表面の左側面図. B. 同じ向きの正中断面.

図2 円錐形、紡錘形の殻の例. A. クルマガイ. B. キヌガサガイ. C. コシダカギンタカハマ. D. ハシナガソデガイ. E. クダボラ. F. イトグルマ. G. ホソニシ.

図3 殻頂部が細長く伸びる殻の例. A-B. ナガタケノコカニモリ. C. ツノブエガイ. D. ソデカワニナ. E. キリガイダマシ. F. タケノコガイ. G-H. リュウキュウタケ.

図4 殻軸に襞が形成される殻の例. A-B. ナスミノムシ. C-D. チョウセンフデ. E. ニシキヒタチオビ. F. ブランデーガイ. G. シャンクガイ.

図5 タカラガイ科の殻. A-C. ナンヨウダカラ. D, G. ホシダカラ. E. ヤクシマダカラ. F. ハチジョウダカラ. H-I. ハナマルユキダカラ.

図6 内部が再吸収される殻の例. A. クロミナシ. B. ニシキミナシ. C. マダライモ. D. ゴマフイモ. E. ハルシャガイ. F. ニシキアマオブネ. G. ヤマキサゴ科の1種.