文京区教育センター展示
相模湾の動物
佐々木猛智(本館准教授/動物分類学)
幸塚久典(三崎臨海実験所技術専門職員/動物分類学)
三崎臨海実験所(正式名称は東京大学大学院理学系研究科附属臨海実験所)は日本を代表する大学付属の臨海実験所であり、神奈川県三浦市三崎町に位置している。臨海実験所としては国内最古の歴史を持ち、1886年に最初の施設が完成し、1897年に現在地に移転し、現在まで途絶えること無く海洋生物の研究が行われてきた。日本における海洋生物学の発祥の地であり、現在でも海洋生物学の先端的重要研究拠点のひとつとして国際的に広く知られている。。
2019年7月、臨海実験所の建物改修に伴い、動物標本の一群が総合研究博物館に移管された。このコレクションは、現時点での集計で2605点あり、そのうち1456点はまだ未同定であるが、同定された標本は17動物門、1149点からなる(表1)。内訳は、軟体動物、脊索動物、刺胞動物、節足動物、棘皮動物、環形動物が多い。このコレクションのうち、状態が良いものの中から各動物群を代表する標本を選らび、文京区教育センターのご協力により「相模湾の動物」展を開催した(図1)。。
軟体動物は貝類、ウミウシ類、イカ類、タコ類などを含む。貝類は貝殻が保存しやすいため、貝殻の乾燥標本が多数を占める。脊索動物は脊索を持つ(個体発生の初期のみ持つものを含む)動物の総称であり、脊椎動物と原索動物(ナメクジウオ類、ホヤ類)からなるが、標本は大多数が魚類である。刺胞動物は、イソギンチャク類、イシサンゴ類、クラゲ類などを含む。ヤギ類の液浸標本が非常に多く含まれており、かつてこのグループに注目して収集した歴史があると推定される。節足動物はエビ類、カニ類が中心である。棘皮動物は、ウニ類、ヒトデ類、クモヒトデ類、ナマコ類、ウミユリ類を網羅的に含んでいる。環形動物はほぼ全てが多毛類(ゴカイ類)である。表1ではユムシ動物、星口動物を独立に集計しているが、最近では環形動物に含めることもある。。
このコレクションの最大の特徴は網羅性である。目立つ生物だけでなく、相模湾に生息する動物を網羅的に収集することを目指して集められており、一般にはあまり目にすることのないグループまで含まれる。例えば、スズコケムシなどに代表される内肛(ないこう)動物やクシクラゲ類などの有櫛(ゆうしつ)動物などは、特別に注意しなければ見る機会は無いものである。その他にも苔虫(こけむし)動物、紐形(ひもがた)動物、扁形(へんけい)動物、腕足(わんそく)動物、半索(はんさく)動物なども漏れなく集められている。従って、このコレクションは相模湾の動物の全体像を一覧できるリファレンスコレクションとして機能する。。
コレクションのもう一つの特徴は歴史的な価値である。古いものは、明治31年(1898年)に採集されており、それ以来現在に至るまで120年以上にわたる歴史を持つ。特に、古い標本はすべてガラスビンにホルマリン漬けとして保存されている(図2)。このガラスビンは標本のサイズに合わせて様々なサイズが作成されている。現在ではこのようなガラスビンは小型のものを除いて国内では製造されておらず、入手できない。近年では安価なプラスチック製容器を使用することが多いが、蓋も全てガラスでできた容器に入れられた標本は展示物として圧倒的に見栄えが良い。ガラスビンはだたの容器ではなく研究の歴史を記録する資料と見なすことができ、標本、手書きのラベル、ガラスビンの全てが一体となって特別な価値を創出している。。
三崎臨海実験所では、現在でも継続的に生物調査を行っている。特に最近では、「臨海丸」を用いた生物相調査が組織的に行われており成果をあげている。この調査では全国の分類学研究者が調査にかかわり、サンプルを研究している。その過程で画像データも蓄積されている。古い時代であればスケッチとしてしか残せなかった生時の動物の様子、特に色彩をデジタルデータとして保存できるようになったことは最近の大きな変化である(図3)。今後は、同定作業、整理作業を進め、より網羅的な動物標本の展示を将来改めて行いたいと考えている。
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