小石川分館特別展示『ボトルビルダーズ――古代アンデス、壺中のラビリンス』
先スペイン期から鳴り続ける陶工たちの音
真世土マウ(岡山県立大学デザイン学部准教授/セラミックデザイン)
小石川分館で開催される『ボトルビルダーズ――古代アンデス、壺中のラビリンス』展は、先スペイン期文化の陶芸作品と、祖先たちの工芸的DNAを受け継ぐ現代の陶工たちを見つめ直す、よい機会である。
私が先スペイン期の陶芸に初めて接したのは幼少期のことになる。生まれ育ったメキシコシティの中心部で、1978年に月の女神コヨルシャウキの巨大な石彫が発見され、大規模な発掘調査が立て続けに実施されるようになった。市内にはすでに巨大な国立人類学博物館があったが、これらの調査で多くの考古資料が出土したため、それを補完する重要な博物館である、アステカ大神殿博物館が1987年に開館することとなった。これら2つの博物館のおかげで、メキシコシティ市民にとって先スペイン期文化はより身近なものになったのである。この時期に私の研究関心の基礎ができたことは間違いない。
先スペイン期諸文化の土器製作プロセスの研究
セラミックデザイナーとして私はここ数年、先スペイン期諸文化の土器製作プロセスの研究に向き合ってきた。とくに関心を引かれたのが、技法が多様で、精巧な作品を生んだアンデス地域である。典型的な例として、エクアドル共和国カニャル県アソゲス市のサン・ミゲル・デ・ポロトス教区にあるハツンパンバ地域の壺を挙げよう。
CIDAP(米州民藝・伝統工芸センター)、JICA(国際協力機構)、岡山県立大学の協力により、2016〜17年の2年間、私はアンデス地域の陶工に向けての土器製作講座のプロジェクトに携わった(図1)。彼らとの間で技術と知識を交換したことは、お互いにとって間違いなく大きな収穫であった。ハツンパンバの陶工たちはタタキ技法を用いる。内側と外側を同時にたたくことで、土器の器壁を立ち上げる技法であるが、その歴史は古く、地球上の様々な文化・地域で使われていたものである。伝統的には内面に石を当て、外面を木製のパレットでたたくことが多い。しかしハツンパンバの陶工たちは、古代のカニャリ文化の遺産であるタタキ道具ウアクタナを使う(図2)。これは粘土を焼成して作った独特な道具で、多くの場合凹型と凸型のペアになっており、製作する器の形にあわせて様々なサイズが用いられる。
カニャル県ではウアクタナを使って様々な大きさの壺が作られるが、もっとも大きいものは高さ650ミリに達し、器壁は平均5ミリと薄く、重量は軽く、焼成温度800℃以上の野焼きに耐えられる。焼成時間は約60分とたいへん短いにも関わらず、焼成中に割れる器の数は平均して7%に満たない。エクアドル南部、とくにアンデス地域の製陶は、先スペイン期諸文化の土器製作の高い能力が、現在にうけつがれた事例と言ってよい。
カニャル県南部でのフィールド研究のおかげで、陶工と粘土のつながりと、製作の下準備のプロセス(土の準備、燃料の採集、焼成のための炉の建設、そしてもちろん道具と仕事する場所の準備)を理解することができた。これら価値ある情報のすべてが、笛吹きボトルの分析の基礎となったのである。
笛吹きボトル
先スペイン期の陶芸作品はたいへん幅広いが、その中に音を鳴らすタイプのものがある。土笛、アンタラ(パンパイプ)、マラカスなどであり、笛吹きボトルもその一つである。笛吹きボトルは、先スペイン期文化の土器製作技術がいかに複雑に発達したかを物語る好例である。
私が笛吹きボトルの構造分析に着手したのは2018年のことである。主に分析した資料は4つのコレクションのものであり、チョレーラ、バイーア、ビクス、ナスカ、チムーの各文化の10点(BIZEN中南米美術館)、チムーの2点(東京大学総合研究博物館)、ビクスの1点(東京大学駒場博物館)、クピスニケ、ワリ、チャンカイの4点(東海大学文明研究所)である。8つの文化期の17点の資料は、アンデス地域のきわめて広い範囲、さまざまな時代に対応しているため、製作プロセスの詳細な分析と、多くの仮説を統合した比較研究が可能になった。
笛吹きボトルは球形の笛「笛玉」を一体化させた陶製容器である。ごく少数ながら、笛玉を複数備えた例外的な個体も存在する。土器の開口部から直接、または通風ダクトを通り抜けて入ってきた空気が、適切な角度で笛玉に当たると音が生じる(図3Cの1)。鳴らす技法は基本的に2種類ある。一つは注口から息を吹き込んでオカリナのように鳴らす方法である。もう一つはボトル内の液体が揺れ動く際に、それに伴う空気の圧力が笛を鳴らす、というものである。ペレス・デ・アルセ (Perez de Arce 2004) は液体の動きによって生じる音について、以下のように述べている。「器に往復運動が与えられると音が生じうる。液体の動きが器内に閉じ込められた空気を圧迫し、その空気が通風ダクトを通じて吹きかけられ、笛を鳴らす。この仕組みは穏やかな空気の噴出を起こし、より興味深い音を生じさせる。」(図4)。笛玉内部の容積にしたがって、音程はさまざまに変わりうる。サイズが大きいほど重々しく、小さいほど甲高くなる。笛玉の奏でる旋律は単音だが、気圧と容器の形状によっては多様なピッチの音を出しうる。ビクス文化のボトル群がよい例である。
笛吹きボトルの構造を分析するために、私は作品のレプリカを制作するという方法をとっている。最初に作るのはインダストリアルクレイ製のレプリカである。この粘土は可塑性・耐久性にすぐれ、焼成せずに硬化するため、試行錯誤の最初の段階に理想的な素材である。続いて陶製の土器レプリカを作成するが、私は組み立ての順序と所要時間にとくに関心があるので、なるべくオリジナルと似た粘土を準備し、当時使われたと考えられる工具で試してみることにしている。そして精緻な分析とレプリカ製作のために、X線CTでのスキャンや3Dプリンターなど(図3、5)先端的な技術を援用する。こういった最新の装置のおかげで、組み立て工程の多くが理解できるようになり、個々の特徴を記載できるようになった。ビクス文化のボトルにおける「連結笛玉」はその顕著な例である。連結笛玉とは、ドーム型の通風ダクトが笛玉に接続した部品で、ダクトを通じて圧縮された空気が笛玉に送り込まれる仕組みになっている。さらにそこに「響鳴室」をかぶせ、音を響かせるための空間を作ることで、それら全体が一体となって音に多様性をもたらすのである(図4)。このような分析の結果をふまえると、ビクス文化の陶工たちは、笛吹きボトル製作技術をもっとも複雑に発達させたと言っても過言ではないだろう。
笛吹きボトルに言及した専門書は少なくない。ペレス・デ・アルセは音質について分析し(Perez de Arce 2004)、ボラーニョスは歴史的な視点から考察を示し (Bolanos 1997)、クレスポはチョレーラ文化と笛吹きボトルの起源について論考を深めた (Crespo 1966)。しかし、先スペイン期諸文化の笛吹きボトルは、南はナスカ地域から北はメソアメリカ北部まで分布しているのに、全体を見渡した研究がなされているとは言えない。
笛吹きボトルの織りなす世界と、その製作者たちを理解するための研究はほとんど始まっておらず、先は長い。この大づかみなエッセイを締めくくるにあたり、いくつかの論点を挙げておきたい。
様々な証拠から、最古の笛吹きボトルはチョレーラ文化が産みだしたということが示唆されている。そこから他の地域、後の時代に伝わるようになったミッシングリンクはどこにあるのだろうか?
どの文化であろうとも、笛吹きボトルの共通点は生物(トリ、サル、ヒトなど)をモチーフとしていることである。このことはどういう意味があるのだろうか?突き詰めて言うと、笛吹きボトルの本質とも言うべき「音」は何を目的としていたのだろうか?遊び心によるもの?信仰心のため?それとも何かを表すシンボルだったのだろうか?
そして製作者たちはおそらく、どれだけ月日が流れようとも、笛吹きボトルの旋律(およびそれが意味するもの)は永遠に変わらず響き続ける、ということを理解していたのだろう。
参考文献
Bolanos, Cesar (1997) Las antaras y las botellas silbadoras arqueologicas norandinas: una incognita a dilucidar.
Crespo T., Hernan (1966) Nacimiento y evolucion de la botella silbato. Humanitas VI (1): 66-87.
Perez de Arce, Jose (2004) Analisis de las cualidades sonoras de las botellas silbadoras prehispanicas de Los Andes. Boletin del Museo Chileno de Arte Precolombino 9: 9-34.
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