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東京大学総合研究博物館ニュース ウロボロスVolime24Number3



小石川分館特別展示『ボトルビルダーズ―古代アンデス、壺中のラビリンス』
Message in a Bottle―ボトルの迷宮への誘い

鶴見英成(本館助教/アンデス考古学・文化人類学)

Closedという謎
 考古学の土器研究ではClosed Vesselという語が用いられる。「閉じた器」であり、Open Vessel「開いた器」の対語である。胴の大きさに比べて口が狭い器形を意味しており、ボトル型土器はその最たるものと言えよう。口はあるのに「閉じている」と言わしめるほどに、ボトルの造形は強烈な矛盾をはらんでいる。
 古代アンデスのボトルは基本的に、注口部と胴部とに部品構成が分けられる。注口は単純な筒状ばかりではない。二股に分岐して胴部に接続する鐙型ボトル(図1)や、二つの注口(もしくは一つの注口と一つの立体的装飾)の間に橋状に把手を渡す橋付きボトルなど、複雑な形状の作品が多数生み出された。
 胴部が単純な形状であれば、底部から器壁を立ち上げるには粘土ひもを巻き上げたり、粘土環を積み上げたりというシンプルで汎用的な工程から始まる。しかし上方に向かうにつれ、ある程度形状を整えた複数の部品を準備して組み立てる(ビルド)作業が主になっていく。押し付けただけでは粘土部品どうしは十分に融合しないので、器の外面と内面、両方を指や布でならすのが一般的である。
 「閉じている」のになぜ内面をならせるのか?指はどこから入り、どこから抜け出したのか?推理小説で言うところの密室トリックの類型であり、私はかつてこの謎解きに熱中した。小石川分館特別展示『ボトルビルダーズ――古代アンデス、壷中のラビリンス』の根底にある、私の興味についてまず述べよう。

ボトルの迷宮に迷い込む
 1996年、私は初めてペルーの考古学調査に参加する機会を得た。東京大学古代アンデス文明調査団によるクントゥル・ワシ遺跡の発掘において、黄金製の装身具を伴う墓が続々と発見され、私は副葬品の土器片を接合・実測するという大任を預かり、ボトル研究の迷宮に迷い込む羽目になった。
 土器の製作技法研究の上で、墓の副葬品はたいへんためになる資料である。基本的にすべての破片が揃っており、そして適度に割れているので、Closedな器の内部まで観察できるからである。
 さてクントゥル・ワシ遺跡の墓(前800〜550年頃)の一つから、珍しいカエル型の鐙型ボトルが出土したのだが、その内面に奇妙な点があった。胴部の上方、カエルの背面に鐙型注口を受ける二つの穴が並んで開いているが、その中間の位置に10円玉ほどの円盤状の粘土部品が貼り付いていた。かつてここにもう一つ穴があり、焼成する前に粘土で栓をしたらしい。奇妙なのは穴に対して胴の中から栓をあてがい、指でならしてある点だ。絶対に指が届かない場所なのに。
 ボトルの内面すべてが指で平らにならしてある、という状況じたいが密室トリックであったが、開いていた穴に内側から栓をするという大胆な「犯行」を前に、私の探求心に火が付いた。その手口と動機はいかなるものなのか。

密室トリックの手口と動機
 胴の頂上部、鐙型注口用の穴二つの中間にあったこの穴を「中央穴」と呼ぶことにする。外からは存在の知れないこの穴は、同時代のほかの地域の土器にも見られるものなのか。中央穴に言及した文献は少しあり、中には製作手順の再現を試みた研究もあった(ただしその手順では穴を内側からふさぐことはできない)。私はさまざまな博物館を訪ね、ときにボトル内部を観察する機会を得て、中央穴はペルー各地の形成期の鐙型ボトルの一般的特徴だろう、という見通しを得た。
 見通し、としか言いようがないのは、博物館コレクションの大半は破損がない、もしくは修復済みの完形品であったためである。しかし1999年の本館の特別展『真贋のはざま――デュシャンから遺伝子まで』に参加し、X線CTを用いて鐙型ボトルの内部を非破壊で観察する手法に触れ、これならさまざまな完形品を分析できるという手応えを得た。だいぶ時間が経ったが、今回の『ボトルビルダーズ』展で示す成果はその実現である。  中央穴を内側からふさぐ種明かしは図2の通りである。下方から立ち上げた胴部があらかた組み上がると、ドーナツ型の蓋が載せられる。中央穴はこのドーナツの穴なのである。次に鐙型注口を受ける二つの穴が開けられ、そこから指を入れて中央穴をふさぐ。
 指を使って内部をすみずみまでならす目的があるため、蓋の直径をはじめ、部品構成とサイズは指の長さに対応している。形成期のボトルの造形は多様で自由奔放な印象を受けるが、人体に厳密に規定されて設計されているのである。
 また球形の胴部の事例に、器壁を立ち上げる際に全体が傾いてしまったらしく、ドーナツ型の蓋を頂上部よりずれた場所に取り付け、傾きを解消して球形に仕上げたものがあった。形を整えるため、中央穴から棒を差して内面を突いた痕跡も多い。この工程は、極力美しい形を追求する姿勢の現れと言える。

ボトルビルダーのメッセージ
 鐙型ボトルは複雑な形状なので、理論上さまざまな作り方が可能である。形成期よりも後の時代、たとえばモチェ王国期のボトルは、ごく少数のエリートが手にしたであろう精巧な品と、丁寧さを欠く品とに分かれる。後者のほとんどは型(分割型)を使う製法であり、同じ型から作られた製品が大量に発見される。くぼんだ陶製の型に粘土を薄く盛り付け、左右から挟み込めば即座に胴部ができ上がる。内側をならす工程を省略し、鐙型注口と胴部の接続などどうしても必要な箇所では、部分的に器面を切開し、布を巻いた細い棒を差し込んでならす。またより後代のチムー王国期には底部以外を型で作り、ドーナツ型の底面を取り付け、粘土を寄せ集めて穴をふさぎつつ指を抜く、という工法も一般化した。
 『真贋のはざま』展にて形成期の鐙型ボトルの贋作も分析したところ、中央穴を持たず、型を用いたことが示された。完成品の外見をだけを見て模倣する者は、完成後に見えなくなる穴など思い至らない。中央穴を持つ形成期の作品群は、見よう見まねで誰もが製作できたのではなく、製法を知る専業的な陶工がマンツーマンで弟子に伝授したのである。
 ボトルは酒器として使われたとされる。形成期は神殿を中核として社会が組織化され始めた時代で、祭祀を司る神官の酒器は重要な祭具であった。製作を任された陶工たちは1点ずつ祈りを込めて丁寧に作ったことだろう。一方で王国の時代には政治的な意図のもと、権力者が賓客に酒食を振る舞う場で用いられた。統一規格の酒器が大量に必要であるため、パートタイム労働で誰でもそれなりの製品を作れる、型の技法が適している。
 それぞれの時代において、求められるものが違ったのである。ボトルの内部を観察すると、時代ごとの製作者がどのような思いで作業に臨んだのか、言外のメッセージを読み取れる。

笛吹きボトルの研究展示
 仕込まれた笛玉が鳴る仕組みの笛吹きボトルについては、本誌の真世土マウ氏(岡山県立大学)の稿に詳しい。
 研究対象である北部ペルーの形成期土器に事例が少ないため、従来私は笛吹きボトルに注目していなかった。2018年、BIZEN中南米美術館と岡山県立大学より、X線CTで笛吹きボトルの内部を非破壊観察し、製作技法を解明するという計画の提案を受け、共同研究として着手した。BIZEN中南米美術館は国内唯一、中南米古美術の常設展に特化したミュージアムで、幅広い地域・時代の完形土器を所蔵している(インターメディアテクにてBIZEN MOBILEとして土器を展示している)。点数が少なくては意義が薄いが、多様な資料を体系的に比較するなら説得力がある。またレプリカ制作による仮説検証は、私にはなし得ない研究であった。
 BIZENの笛吹きボトルはペルーだけでなく、形成期において土器製作の先進地域だったエクアドルの作品が充実している。また館の方針として、実際に水を入れて音を鳴らす実験も推進しており、とくに二つの胴を筒でつなげた双胴ボトル(図3)を揺らすと、鳥のようにさえずるのには衝撃を受けた。考古学者は形で土器を分類するが、音が形を規定するなど考えもしなかったからだ。
 駒場キャンパスの駒場博物館の土器も分析させていただいた。鳥を模したパラカス文化の優美な橋付きボトルは、鳥の頭頂部に孔があるものの、笛玉を持たないことがX線CTで判明した。類品がしばしば笛吹きボトルとして紹介されるが、実際に検証する必要があるのだ。
 東海大学文明研究所もアンデス古美術のコレクションを持ち、保存修復の意図もあって同学マイクロ・ナノ研究開発センターとともにX線CTを実施していた。関心が近いため現在では共同研究を進めている。双塔型ボトルと名付けて紹介する形成期の笛吹きボトル2点は、極めて珍しい事例である(表紙のレプリカ制作風景を参照)。音を鳴らす仕組みは双胴ボトルと同じで、その原型と考えられる。BIZENのエクアドル資料1点とあわせ、形成期のボトル製作の新たな一面を見いだし、私もひさびさに高揚している。
 私が参画する科研費新学術領域研究「出ユーラシアの統合的人類史学―文明創出メカニズムの解明」では、現生人類の認知的特徴を解明するべく人工物のデジタル情報データベースを構築中である。SfM(Structure from Motion:複数の写真から被写体の三次元モデルを作成する方法)によるBIZEN中南米美術館収蔵品のデジタルデータを展示する。比較的簡便な装置(対象が大型なら大がかりになるが)によって、形状のみならず色彩まで包括的に情報化できる。考古資料分析において革新的な手法である。

ボトルのアーキテクチャ
 研究成果を展示するにあたり、建築ミュージアムという小石川分館のコンセプトとの接合を意識した。精妙な空気の誘導が求められる笛吹きボトルの製作には、完成形を念頭に置いた明確なアーキテクチャ(設計思想)があった。研究者は内部まで含めた観察、デジタル化、レプリカ制作実験を通じてそれを追体験する。本展はアーキテクチャに意識を集中させた、古代のボトルビルダーと現代のボトルビルダーの競演である。展示ケースはなるべくボトルに顔を近
づけて観察できる形にし、会場は迷宮を意識したレイアウトになっている。オリジナル、データ、レプリカを見比べながら、壺中のラビリンスを右往左往していただきたい。私もまだそこから抜け出せずにいる。

特別展示
『ボトルビルダーズ―古代アンデス、壺中のラビリンス』
小石川分館は休館中です。再開館に際して本展を開催いたします。会期とイベント開催日は決まり次第告知いたします。
主催:東京大学総合研究博物館
共催:BIZEN中南米美術館、岡山県立大学、東海大学文明研究所/マイク
    ロ・ナノ研究開発センター
協力:東京大学駒場博物館、科研費新学術領域研究「出ユーラシアの統合的
    人類史学・文明創出メカニズムの解明」
開催場所:東京大学総合研究博物館小石川分館/建築ミュージアム 2階(文京区白山3−7−1)
アクセス:東京メトロ茗荷谷駅より徒歩8分 お問合せ:ハローダイヤル 050-5541-8600
建築博物教室「土笛のアーキテクチャ」講師:真世土マウ(岡山県立大学デザイン学部/セラミックデザイン)


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図1 ペルー,ビクス文化の鐙型ボトル.鳥像の内部に笛玉を備える(東京大学駒場博物館蔵).

図2 形成期の鐙型ボトル(クントゥル・ワシ遺跡出土)の組み立て.

図3 ペルー,チムー文化の双胴ボトル,X線CTによる内部観察.(UMUT蔵).