福島イノベーション・コースト構想促進事業
福島県楢葉町で展開する本館地学系試料の収蔵と展示事業
三河内岳(本館教授/惑星物質科学・鉱物学)
佐々木猛智(本館准教授/動物分類学・古生物学)
2011年3月の東日本大震災からすでに10年近い年月が経過しているが、被災した地域、特に原発事故による影響を受けた福島県浜通りではいまだに避難が解除されていない自治体も存在しており、復興は道半ばとなっている。当館では、岩手県大槌町での大槌文化ハウスによる文化支援事業を実施することで、震災復興に取り組んできた経緯があるが、近年、東京大学ではアイソトープ総合センターを中心に福島県浜通りで震災復興のための様々な事業を展開しており、当館もこれに加わっている。この事業は国家プロジェクトである福島イノベーションコースト構想に伴うもので、「大学等の「復興知」を活用した福島イノベーション・コースト構想促進事業」(以降、復興知事業)に学内の複数組織が協力している。具体的には、当館では2019年10月から福島県楢葉町での地学系試料の収蔵と展示を合わせた構想を進めているところであるが、その過程で収蔵施設がまず稼働し始めているので、本稿ではその経緯と現状を紹介する。
福島県楢葉町は、福島県浜通りの中央やや南側に立地しており、太平洋に面している。原発事故により全町民が避難を強いられたが、2015年9月に避難区域が解除され、2020年3月には常磐線が全線開通したこともあり、かつての町民が徐々に戻りつつある。現在は4千人弱の住人が町内に居住している(2020年4月末時点の町役場データ)。町内には弥生時代中期の遺跡である天神原遺跡があり、出土品が町役場に隣接するコミュニティセンター内の歴史資料館に展示されている(震災以降は閉館中)。楢葉町には、東京オリンピックの聖火リレースタート地点になっている、サッカーのナショナルトレーニングセンターであるJヴィレッジがあると言うと場所のイメージが湧きやすいかもしれない。
楢葉町では、復興知事業により、アイソトープ総合センターが楢葉まなび館(旧楢葉町立楢葉南小学校校舎)内にサテライトを設置しており、すでに町内で多くのイベントを展開している。昨春にアイソトープ総合センターから当館に打診をいただき、2019年度復興知事業(重点枠)の公募申請に東大全7組織の1つとして加わることになった。そして、この申請が採択され、楢葉町に当館の試料を収蔵し、展示するプロジェクトが昨秋スタートした。当館では、本郷の本館建物内でオーバーフロー気味となっている地学系試料の移設を行うということで、三河内・佐々木の2名が担当として、それぞれ岩石・鉱床・鉱物と古生物の試料についての移設試料リストの作成を開始した。また、展示においては、洪恒夫特任教授に参画をお願いして、モバイルミュージアムを楢葉町に作ると言うことで、町側との議論も行っている。収蔵施設・展示施設として、それぞれ町内のどの施設を使うかについては、町側と協議を重ねているところであるが、収蔵施設は町役場に隣接する商工会館だった建物(2階建て、床面積約400平米)を占有して使用させてもらえることになった(図1)。それに伴い、この建物の名称は、商工会館から「コミュニティセンター分館」に改称された。
コミュニティセンター分館のある町役場施設一帯は、常磐自動車道のならはスマートインターチェンジから車で5分ほどの場所にあり、本郷からは車で3〜4時間でアクセス可能である。また、常磐線の竜田駅からも1キロメートル強の距離であり、公共交通機関を利用しても便利な場所に位置している。
コミュニティセンター分館には、2020年2〜3月にかけて3回に分けて試料の搬入を行った。まだ建物内には、町からの貸し出しで2部屋分のスペースが別団体に使われている状態であったが(2020年9月末には空室になる予定)、それ以外のスペースには、町の予算で収蔵棚を購入・設置してもらうことができ、効率的な収蔵が行えることになった(図2)。建物のホール部分にも棚を設置してもらったことから、建物を収蔵に特化して広く使えるようになっている。
本館から移動させる試料については、ある程度まとまったコレクションであることを考慮した。例えば、岐阜県神岡鉱山で資源探査のために採掘された600メートルボーリングコア試料はまとめて1階ホールに収蔵した(図3)。また、工学部システム創成学科(旧鉱山学科)から移管された鉱石標本群もまとめて移設した(図4)。これらは、明治時代の工科大学からの標本を含むとされ、国内外の主要な鉱山の鉱石を中心とした標本群であり、歴史的、学術的価値の高いものである。古生物試料としては、日本各地の地層の研究に用いられた岩石、ボーリング試料、過去の学内の研究者が研究に用いた歴史的標本の一部を移動した。
福島県は、鉱物・古生物の分野ともに著名な産地を有する土地であるが、移設試料の中には、学問的に福島県に縁のあるものも選ばれている。例えば、世界的に著名な変成岩岩石学者であった都城秋穂博士(1920〜2008年)が採集した阿武隈変成帯の変成岩試料である(図5)。これらの試料は、1950〜60年代に都城博士が精力的に研究を行ったもので、これにより「阿武隈」は世界的に著名な変成岩のフィールドとなり、世界を代表する高温低圧型変成帯として広く知られるようになった。
2019年度の3度の移設作業により、現在、収蔵施設建物の約7〜8割に試料が入った状態となっている。2020年度中には、建物のすべてのスペースが利用可能になることから、引き続き、復興知事業によって本郷からの試料移設を行う予定である。
展示事業については、新型コロナウィルスによる影響などがあり、楢葉町との議論がいまだ継続中であり、まだ展示スペースがフィックスしていない。しかし、これらの優れた地学系試料を生かした展示が当館のモバイル展示として展開できるようにと構想が練られているところであり、復興知事業による成果についても同時に展示を行うことが考慮されている。また、収蔵施設だけをとっても、十分に興味深い展示試料スペースとなっていることから、施設の見学も定期的に行えればと考えられている。2019年11〜12月には、コミュニティーセンター内で、隕石標本と棘皮動物・脊索動物などの液浸標本展示も行われ、町民に当館の施設が新しく展開されつつあることが知らされる機会となった。
なお、復興知事業を進めるにあたって、楢葉町と当館の間で、収蔵施設と展示事業(仮称「モバイルミュージアム in NARAHA」)についての協定書を2020年2月に締結したところで、収蔵施設、展示施設ともに今後15年間にわたり、設置されることが合意されている。まだ、当館の楢葉町での収蔵・展示事業は始まったばかりであるが、今後も長いスパンで協力して事業が継続していくことが約束されており、今後、新しい展開が続いて行くこととなる。
この事業を開始、進めて行くに当たり、当館の運営委員である理・地殻化学実験施設の鍵裕之教授(兼アイソトープ総合センター長)およびアイソトープ総合センターの秋光信佳教授に大変お世話になった。また、楢葉町の教育事業課の方々にもこの事業に関して色々とご尽力いただいた。これらの皆様に、ここに深く感謝申し上げる次第である。
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